05 現状把握とプレートの秘密(3)
ボールペンってどうやってできているのか。
万年筆でもいい、その構造さえ分かれば。
いっそ鉛筆でもいい。成分さえ分かれば。
この「世界」に存在しないものは検索できないという、徹底された世界観に、恨めしさが募る。ゲームのような「世界」なのだから、現代社会の情報も検索できるくらいの融通があってもいいのに。
(いっそ、魔法とか錬金術とか使えたり・・・)
自分の手をじっと見てみる。何をどうしたらいいのか分からないが、何の変化もない。プレートの検索機能でも、この世界に魔法が存在するという情報は出てこない。
つまり。
(私が記憶している情報から絞り出さない限り、羽ペンを使うしかないってことか)
また、ため息がこぼれた。
「・・・もし作れたら」
羽ペンをゆらゆらと振りながら、考えた。
ボールペンは無理でも、万年筆くらいなら、作れるかもしれない。
この「世界」では画期的な筆記具となるだろう。常にインクを付けなくても、字が書き続けられるのだ。万年筆は嗜好品でもあるから、高級感を出せが高値でも貴族たちに受け入れられる。むしろその方が売れるはずだ。
「ばか売れじゃん」
目前に札束が見えた。
だが手を伸ばしても届かない問題がある。
構造が分からない。
スマートフォンでもあれば、インターネット環境があれば、いくらでも調べられるのに。
私は前髪を掻き上げるようにしながら、前頭部を掻きむしる。
ペン先の形状は、たぶんこの羽ペンとさほど違いはないだろう。
ペン軸を空洞にしてインクを詰めて、ペン先を差し込む。
一番の問題は、どうやって適量のインクを常にペン先へ出し続けるかだ。
それほど精密なつくりをしているとは思えない。はるか昔に開発された万年筆だ、その時代の技術でも作れる形状のはずだ。
紙を汚さず、ペン先からインクが垂れ落ちることもない、それを可能にする原理が何かあるはずだ。
(それが分からない!)
理科の授業や化学の授業を思い出そうと頭をひねるが、手ごたえを感じるひらめきは全く降りてこなかった。
私はもともと、得た情報を整理して組み立て、組み替えていくことが得意なのだ。ゼロから形あるものを作り出すことは苦手なのだ。
(だから図工や美術の授業が嫌いだったんだよね)
線のない場所にはさみを当てることが苦手だ。そこを切れと言われると、怖くなる。真っ白な画用紙を前にすると、頭の中も真っ白になってしまう。塗り絵は嫌いではない、決められた場所に色を付けるだけだから。説明書のある工作キットも、プラモデルも、好きではないがそれなりに完成はさせられる。そこに個性を求められると、途端に手が止まり、動けなくなってしまう。
人間だれしも持っている向き不向きがあるのだから、仕方がない。それを知られないように隠し、得意な部分を見せることで、今まで「優秀」という評価を勝ち取ってきた。
そんな私が、万年筆など、開発できるわけがない。
考え続けて、疲れてきた。
まだ外も室内も暗く、夜は続いている。
少しずつ眠気を感じるようになってきたから、今日はこの辺にした方がいいのかもしれない。
私は羽ペンをサイドテーブルの上に置き、インクの瓶にコルクの蓋をして、ベッドに入った。
(ここにはガラスがある。鉄もある。瓶を作る加工技術もある。時代的にどのあたりの文明なんだろう)
電気はない。水道もない。ガスもない。電波もない。
紙はある。蝋燭もある。服は中世ヨーロッパあたりだろうか。スカート、ワンピース、ズボン。
(下着ってあるのかな)
自分の胸を触ってみた。
今は何も身に着けていない。身に着ける必要もないほど「ミリア」には胸のふくらみがないから問題はないが。
ベッドに値ながら、天井を見つめた。
検索ツールを表示させて、『ブラジャー』と打ち込む。
何も出てこなかった。
(パンツ・・・ショーツは?)
何も出てこない。
せめてショーツは欲しい。なんだか心もとない気恥ずかしさが消えないのだ。
服はドレスに似たワンピースの形状で、丈は足首まである。誰が見ても下着をつけていないことが知られる恐れはない。それでも、常に解放感を漂わせる自分の下半身に、どうしても不安をぬぐえないのだ。
作るものが増えてしまった。
私は寝返りを打ち、枕に顔を擦り付けた。
ショーツくらいはすぐ作れそうだ。
生地があれば・・・。
(伸縮性のある生地ってあるのかな)
また難問にぶつかってしまう。
欲しいものが多すぎて、優先順位が分からなくなってきた。
私は起き上がると、またサイドテーブルに駆け寄った。
羽ペンを握り、紙を広げる。
ペン
下着
タオル
あと欲しいものは。
バレッタ
「ミリア」の長い髪が邪魔なのだ。
洗うのも乾かすのも大変だから。
濡れた髪もいい気分はしない。
ドライヤー
(電気がないとダメか)
電気、ガス、水道
(あれは絶対に欲しい!)
ビール
(それから)
冷蔵庫
ここまで書いて、乾いた笑い声が口から洩れた。
「ミリア」の体は味覚がなかったことを、思い出したのだ。
仕事終わりに、家の家の近くのコンビニで缶ビールを買って、飲みながら帰る。あの一日のご褒美のようなビールの味と解放感を二度と味わうことはできないのかもしれない。
この「世界」に落とされて、今まで踏ん張ってきたけれど。
ビールが飲めないという現実に直面して、くじけそうになっている自分に気が付いた。
どうしようもなく、泣きたくなった。




