05 現状把握とプレートの秘密(2)
お互い、声をかけられずに相手の出方をうかがった。
その沈黙に負けたのは、マレンダの方だった。
「ご要望の紙と羽、インクをお持ちしました」
不機嫌そうに言うと、手に持っていた荷物をどさりと、サイドテーブルに置いた。
最初の頃みたいに床にばらまかないようになったのは、良い変化だろう。
「ありがとう」
素直にお礼を言えば、マレンダはさらに怪訝そうな表情を深めた。
「それでは私はこれで失礼いたします」
丁寧な物言いではあるが、頭も下げずにマレンダは部屋を出て行った。
私の過去、この世界の情報、私を取り巻く周囲の現状などを、忘れないようにメモにしたくて、筆記具が欲しいとマレンダに頼んでおいたのだ。
書庫への入出許可の時もそうだったが、頼めば動いてくれるマレンだが不思議だった。
「ミリア」に仕えている気持ちなんて持っていないだろうに、私のために動いてくれる。一体何を考えているのか分からないけど。
(あの青字が本当なら、少なくとも敵にはならないってことだよね)
マレンダの頭上に浮かぶグレーのプレートを思い浮かべた。
マレンダの説明書きの最後に、青字で初見の文が加えられていたのだ。
『生涯、ミリアの専属メイドとして従事した』
青字は追加修正された内容だと推測できる。最初に見たマレンダのプレートには書かれていなかった一文だからだ。そうなると、プレートの内容は、状況によって変化するということだ。未来は変えられるということだ。私の行動が、未来に影響を与えるということだ。
それによって生まれる弊害があるかもしれないが、そんなことを私が心配する必要を感じられない。
ピンクプレートはピンクプレートと仲良くやってればいいのだ。わき役のグレープレートは、ピンクプレートに関わらないように隅の場外で、自由にやらせてもらう。
私はサイドテーブルの上の筆記具を見て、ほくそ笑んだ。
(これ、ほんと、使えない)
私はこの世界に来て、思いつく限り一番苛ついていた。
書いては、付け、書いては、付け。
羽を手に、私は盛大な溜息を落とした。
最初、羽の先端にインクを付けて書こうとしたが、インクが染みのように紙に落ちるだけで書ける状態ではなかった。
そこでプレートに頼ることにした。
羽をじっと見つめると、『羽ペン』という文字が現れた。検索機能で調べると、筆記具としての羽は、先端を加工して、ようやく羽ペンになるという。
作り方の手順を見つけた私は、その通りに作ってみることにした。
マレンダは、羽ペンを作るためのナイフもそろえてもってきてくれていた。普通よりも小さいナイフは、羽ペン専用なのかもしれない。その機転に驚きと、わずかな感謝を感じた。だが、今すぐその思いをマレンダへ伝えることはないだろう。プレートに書かれた文を信じてはいるが、内容の変更が可能であると考えれば、うかつなことは言えない。いつ裏切られるか分からないから。
私は手順に従って、羽ペンを作ってみた。
まず羽の先端をナイフでそいで、さらに先端をとがらせていく。とがった先端の中心に、1cm程度の切れ込みを入れて、完成らしい。
万年筆の先端のような形状だ。
(そっか、万年筆が、羽ペンをもとに作られたんだ)
自分で作った羽ペンは、なんだかとてもかわいく見えた。
そんなほっこりとした気持ちも、すぐに失せてしまった。
羽ペンでは、インクを付けて書ける字はせいぜいが2、3文字。
私の作り方が下手なのか、そういうものなのかは、判断できない。
インクを付けては書き、すぐに字はかすれ、またインクを付ける。その繰り返しがとても面倒だ。掠れた字も美しくないから、さらに苛つきが増す。こういった中途半端な形状が、私はものすごく嫌いなのだ。でも、直すことも、羽ペンを改造することも思うようにはいかず、さらに苛つきが増す。負の無限ループに陥った感覚だった。
今、切実にボールペンが欲しい、と切望する。
この「世界」にボールペンが存在しているのかどうか。私は試しに「検索」を使ってみた。やはりというべきか、プレートは現れない。
(筆記具を頼んで羽が来た時点で、ボールペンなんて存在してるわけないか)
それでもあきらめきれずに、今度は「万年筆」を検索してみる。が、やはりプレートは現れなかった。
(これを使うしかないってことか)
手にした羽ペンを見つめて、ため息を吐く。
現代社会で当たり前のように使っていたものが、どれほど画期的な発明だったかがよく分かった。学生の頃に史学で学んだ情報では理解しきれなかったことを、まさか実感する日が来るとは。その画期的な発明の理論、構造、構成をもっと学んでおくべきだったと後悔ばかりが押し寄せてくる。




