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志希が祖父に電話を掛けてから、およそ一時間。志希と荒熊さんは、カフェのテーブル席に座っていた。電話を掛けた際、祖父が『大事な話だからね。直接会って聞かせてもらうよ』と言うので、ふたりで彼の到着を待っているのだ。
「お祖父さんの家、確か隣の市だよね。車だと、そろそろ到着する頃かな」
「そうですね。先程電話した時は、『一時間くらいで着く』と言っていましたので、そろそろかと」
と、ふたりでそんなことを話していた時だ。
噂をすれば影がさす。カフェの入り口が開かれて、祖父が入ってきた。
「二日連続でわざわざ足を運んでもらって、すみません」
「言い出したのは、私の方だ。君が気にすることはないよ。むしろこちらこそ、無理を言って申し訳ない」
志希がテーブル席から立ってお辞儀をしながら出迎えると、祖父は少し困ったように笑いながら、手を振った。
こういう時の顔は父と似ている、と志希は思った。
「いらっしゃいませ、小日向さん。すぐにコーヒーの準備をしますので、席に掛けていてください」
「お心遣い、どうもありがとうございます。では、失礼いたします」
志希が祖父を出迎えている間にカウンターへ入った荒熊さんが、コーヒーを淹れる準備をしながら言う。
程なくして三人分のカップがテーブルに並び、志希と荒熊さんは祖父と相対するようにテーブルについた。
祖父は荒熊さんへもう一度礼を言ってコーヒーをブラックのまま飲み、志希へと目を向けた。
「では、答えを聞かせてもらおうか」
「……はい」
祖父を真正面から見つめ返し、志希は短く返事をする。それから心を落ち着けるように一度深呼吸をし、自らが出した答えを祖父に告げた。
「せっかくの申し出、すごくうれしかったのですが……ごめんなさい。私はここに残ることにします」
志希の明確な意思が、カフェの中に響き渡る。
対する祖父はもう一口コーヒーを飲み、ゆっくりと口を開く。
「差し出がましいことだが、理由を聞かせてもらってもいいかな」
「私はまだ働き始めて一か月くらいですけど――この店が好きなんです。いつも見守ってくれる店長、妹みたいにかわいいお手伝いの女の子、温かく私を迎えてくれた常連さん……。みんながいるこの店で、私はもっと働いていたい。だから……“家族”と暮らせるのは魅力的ですけど、今はここに残りたいと思います」
選択の理由を問う祖父に、志希は両親へ語って聞かせたのと同じことを告げる。
それを真剣な眼差しで聞き届けた祖父は、「なるほどな……」と納得した様子で息をついた。
「これはまた、盛大に振られてしまったな。愛希さんの手紙をもらって、今度こそ後悔しないようにと思ったのだが……。いやはや、私はいつも一歩遅いようだね」
「後悔……ですか? それは一体……」
「君の父親――拓真とのことだよ」
志希が問うと、祖父は肩を竦めてみせた。
「実はね、私も拓真と愛希さんの結婚に反対していたんだ。それ故に、拓真とは喧嘩別れになってしまってね……。だから、拓真が病気になったと愛希さんに聞かせられた時も意地になって……なかなか会いに行こうとしなかったんだ」
後悔先に立たずとはこのことだよ、と祖父は嘆くように語る。
「そして、ようやく会いに行く気になった矢先に、拓真は容体が急変してこの世を去ってしまった。葬式で拓真の死に顔を見た時に、私は自分の愚かさを思い知ったよ。なんであんなしょうもないことで意地になっていたんだろうとね」
言葉通り、祖父の顔には今なお拭い去れない後悔が滲んでいた。
そして、そんな祖父の姿を目の当たりにして、志希は悟った。祖父も、自分と同じだったのだと……。
理由や背景は違えども、母が亡くなるまでに謝れなかった志希と同じく、祖父も父が亡くなるまでに仲直りできなかった。そのことを、祖父は十三年間ずっと悔いてきたのだ。
だからこそ、祖父は必死になって志希を探してくれたのかもしれない。息子の忘れ形見である志希を、息子の代わって守るために……。
「…………。ごめんなさい」
志希は、祖父に対して申し訳なさそうに頭を下げる。
結果的に、志希は祖父が父へ贖罪する機会を奪ってしまったのだ。同じ後悔を抱えてきた者として、謝らずにはいられない。
だが、祖父は謝罪する志希を豪快に笑い飛ばした。




