5-2
「謝る必要はないんだ。君が今幸せなら、それに越したことはないのだから。振られた今だからわかるが、どうやら私は君を拓真への贖罪の道具にしようとしていたらしい。君を見守ることができれば、天国の拓真もきっと許してくれるだろう、とね。いやはや、君に対して失礼この上ないことだった。むしろ、私の方こそ申し訳ない」
突然大笑いされて呆然とする志希へ、今度は祖父の方が謝罪の言葉を述べてくる。
祖父の顔は、先程までとは打って変わって晴れやかだ。志希が誘いを断ったことで、祖父の中で何か吹っ切れたものがあったのかもしれない。父へ謝るダシにされたという意味で志希は怒るべきなのかもしれないが、そんな祖父の笑顔を見ていると、怒りはまったく浮かんでこなかった。
そして、志希への謝罪を終えた祖父は、荒熊さんへと視線を移す。
「荒熊さん、私が言えた義理ではありませんが、孫のことをよろしく頼みます」
「はい。確かに承りました」
丁寧に頭を下げる祖父へ、荒熊さんは両親の時と同じく即答ではっきりと頷いてみせる。
祖父も荒熊さんの迷いない返事に満足したらしく、安心したように微笑みながら顔を上げた。
「さて、話はここまでだろう。私は、これで失礼させてもらうよ」
そう言って、祖父は荷物を持って店から立ち去ろうとする。
ただ、志希は店から去ろうとする祖父の背中へ、「あの!」と呼び掛けた。
「もし迷惑でなければですが――今度、おうちへ遊びに行ってもよろしいですか? もっとお父さんのお話、聞かせてもらいたいです」
立ち止まった祖父の背中へ、志希はおずおずと尋ねる。
せっかく見つかった家族の縁。一緒に暮らすことはできなくても、このまま切れてしまうのは悲し過ぎる。
そう思いつつ志希が待っていると、振り返った祖父がうれしそうに頷いた。
「ああ、もちろんだ。いつでも来てくれ。家内と二人で、待っているよ」
「――ッ! はい!」
祖父へ笑顔で返事をした瞬間、志希は両親との約束を少しだけ果たせたような気がした。
祖父が「それでは、また」と帰っていき、定休日の店内には再び志希と荒熊さんのふたりだけになる。
「あ、そう言えば……荒熊さん、さっきはすみませんでした」
「ん? 何が?」
志希が使っていたテーブルを台布巾で拭きながら謝ると、カウンター内で新聞を読んでいた荒熊さんが不思議そうに首を傾げた。何のことを謝られているのかわからないと言った様子だ。
「私の今後のことです。荒熊さんに相談することもなく、この店に残ることを勝手に決めてしまって……」
「ああ、そのことか」
志希に言われて合点がいったらしい荒熊さんは、読んでいた新聞を畳んでカウンターから出てくる。
「謝る必要なんかないさ。志希ちゃんが店に残ってくれて、僕はうれしいよ。これからも、志希ちゃんのおいしいごはんが食べられるわけだしね!」
志希の前まで来て、むしろウェルカム、と胸を張る荒熊さん。
そんなかわいらしい店長に、志希も「食べ過ぎるとまた丸くなっちゃいますよ」と冗談めかしたことを言って笑う。何の陰りも感じさせない、すっきりとした明るい笑顔だ。
志希の晴れやかな笑顔を喜ばしげに見上げ、荒熊さんはさらに続ける。
「それに何より、君のご両親とお祖父さんに頼まれちゃったからね。あんな真摯なお願い、縁結びの神様として聞かないわけにはいかないでしょ」
「なるほど。つまり私がこのお店にいられるのは、家族みんなのおかげでもあるわけですか。これは責任重大です。お母さんたちに胸を張れるよう、より一層頑張って幸せにならなくては!」
「その意気だ。これからも期待しているよ、看板娘二号ちゃん」
「任せてください、店長さん」
サムズアップしてニヤリと笑う荒熊さんへ、志希は前向きさの中にほんのりと自信を滲ませて応える。
もう過去を理由に前へ進むのを躊躇ったりしない。自分が進みたい道をまっすぐ全力で突き進む。
両親と祖父の願いを胸に、志希は新たな一歩を踏み出した。




