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ブックカフェの店長はアライグマで神様でした  作者: 日野 祐希@既刊9冊発売中
第一話 梅と和歌とブレンドコーヒー
15/47

5-2

         * * *


 夜のあらいぐまで荒熊さんの話を聞いてから、二日。


「あ、源内さん。いらっしゃいませ」


「やあ、志希ちゃん。今日も元気だね」


 いつもと同じく昼下がりにやってきた源内に、志希は目一杯の笑顔で挨拶した。

 源内がカウンター席に座ると、志希は荒熊さんとアイコンタクトを交わす。どうやら、一昨日聞いた話を実行に移す時が来たようだ。


 タイミングがいいことに、源内に注文のブレンドコーヒーを出してしばらくしたところで、店から他のお客さんがいなくなった。

 源内がこの町にいる残り日数を考えても、チャンスはここしかない。志希は一度深呼吸をして心を落ち着け、「源内さん」と声を掛けた。


「何かな、志希ちゃん」


「この間の『もう一度奥さんと梅の花を見たい』というお話のことなのですが……」


「ああ、あれか。すまないね。この間は年甲斐もなく妙なことを言ってしまって」


 志希が話を切り出すと、源内は頬を掻きながら恥ずかしそうに笑う。


「――あの願い、私と荒熊さんで叶えさせてもらえませんか。源内さんが、憂いなく新しい生活へ向かっていけるように……」


 そんな源内に向かって、志希は真剣な表情で沿う言葉を続けた。


「……どういうことだい?」


 源内が、怪訝そうな目で志希を見る。

 志希は、そんな源内のおかしなものを見るような視線を真正面から受け止める。


 危ない人間だと思われるかもしれない。関わるのを避けようと、距離を置かれるかもしれない。いや、それよりも――ふざけるな、バカにするな、と怒られるかもしれない。

 そんな恐怖と戦いながら、それでも志希は源内を勇気付けたくて、視線を逸らすことなく見つめ続ける。


 源内も、志希の瞳をジッと見据えている。まるで、志希の心を見通そうとしているかのように……。

 そして――源内は口元を緩めてフッと息を吐いた。その口が、「もしも……」と言葉を紡ぎ出す。


「もしも本当にそんなことができるのなら、私の方こそお願いしたい。――どうか私に、前へ進む勇気をくれないか」


 源内の言葉が、カフェの中に響いて吸い込まれていく。

 源内としては、到底信じられないが最後だから戯れに、くらいの心持ちなのかもしれない。それでも、話を聞いてくれようとする源内の優しさに、志希の方が勇気付けられた気持ちになった。


「ありがとうございます、源内さん。それでは、今日の午後六時――カフェが閉店する時間に、奥さんとの思い出の本を持って、もう一度ここへ来てくださいますか?」


「承知した。では、そうさせてもらおうか」


 志希の申し出に頷き返し、源内はコーヒーをうまそうに口に含んだ。


          * * *


 そして、午後六時。あらいぐまは閉店の時間となり、志希は表のOPENの札をひっくり返し、CLOSEDに変える。

 すると、その時だ。背後から、「志希ちゃん」という待ち人の声が聞こえてきた。

 志希が振り返ると、源内がいつもの穏やかな笑顔で軽く手を上げていた。


「約束通り、来させてもらったよ」


「源内さん。お待ちしていました。とりあえず、店の中へ」


 志希は源内を閉店直後のカフェの中へ通す。中では荒熊さんもカウンターで待機しており、源内の来店を会釈で迎える。

 あらいぐまがバーとして開店するまで、一時間。店に誰かがやってくることはない。


「わざわざこんな時間にご足労いただき、どうもありがとうございます」


「いやいや、どうせ気ままな独り暮らしだ。気にしないでくれ。それと、言われた通り、本を持ってきたよ」


 お礼を言う荒熊さんへ気楽に返事をしつつ、源内はカバンから一冊の本を取り出してカウンターへ置いた。

 あしらわれた梅の花が鮮やかな、見惚れるほどきれいな装丁の本である。


「素敵な装丁ですね。まるで本物みたいにきれいな梅の花」


「それに、四半世紀が経っているとは思えないほど、きれいだ。源内さんと奥さんがどれほどこの本を大事にしていたか、よくわかります」


「ありがとう。そう言ってもらえると、私も誇らしいよ」


 志希と荒熊さんが感嘆した様子で感想を述べると、源内もうれしそうに微笑んだ。


「それで、本題だが……これから一体、どうするつもりなのかな」


 源内に問われ、志希は荒熊さんへと目を向ける。荒熊さんが頷くのを確認し、志希は源内に向き直った。


「源内さんはこの本をしっかり持って、目をつぶっていてください」


「それだけかい? では……」


 本を持った源内が、目を閉じる。

 それを確認し、今度は志希が源内の持つ本の上に手を載せた。同時にカウンターテーブルにちょこんと載った荒熊さんが、志希の手に自分の小さな手を重ねる。


 その瞬間、志希は自分の中にある何かが、荒熊さんへ流れ込んでいくのを感じた。

 そして、源内の本が光を放ち始める。カフェの中は、たちまち本が放つまばゆい光で白く染められた。


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