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志希が昼食を取って戻ってくると、荒熊さんはカウンター席に座った老人と談笑していた。
「すみません、荒熊さん。今、戻りました」
「ああ、志希ちゃん。お帰り」
志希の声に反応し、荒熊さんが手の代わりに尻尾を振ってきた。……かわいい。
志希が荒熊さんのフリフリ動く尻尾を目で追っていると、カウンター席の老人が穏やかな目で彼女の方を見た。
「荒熊さん、この子は新しい店員さんかい?」
「そうですよ。今日から働き始めた期待の新人、志希ちゃんです。――志希ちゃん、こちらは源内明義さん。うちの常連さんだよ」
「はじめまして、小日向志希と申します」
荒熊さんの紹介を受けて志希が挨拶すると、源内は「よろしくね」と微笑んだ。何だか見ていて安心してしまう笑顔だ。
すると、不意に何かを思い出した様子の荒熊さんが、志希の隣で手を叩いた。
「そうそう! 源内さん、確か梅が好きでしたよね。今週から手作りジャムのひとつを梅ジャムに変えたんですよ。いかがですか? 今年もいい出来ですよ」
「ほほう、それは心惹かれる。荒熊さんの梅ジャムはおいしいからね。じゃあ、今日はスコーンとその梅ジャムをもらおうか。あと、いつもと同じブレンドを」
「ありがとうございます。――志希ちゃん、スコーンの準備、お願いね」
「了解です!」
源内の注文を受け、荒熊さんが早速コーヒーを淹れ始める。
お湯で温めたサーバーとドリッパーを用意し、ペーパーフィルターをセット。荒熊さん特製ブレンドのコーヒー豆を挽いたコーヒー粉を入れ、お湯を少し注いで蒸らす。
源内は濃いコーヒーが好みなので、蒸らしはじっくり長めに。
十分に蒸らし終わったら、いよいよ抽出。真ん中から円を描くように、ゆっくり途切れることなくお湯を注いでいく。
そうやって荒熊さんがコーヒーを淹れている間に、志希はスコーンをオーブントースターで温めていく。最適な温め具合は荒熊さんがマニュアル化してくれているから、志希はそれに倣ってオーブントースターを操作するだけ。今日が仕事始めの志希にも十分こなせる。
ホカホカサクサクに温まったスコーンをお皿に盛り、梅ジャムを入れた小皿を添えれば、スコーンの準備は完了だ。
「荒熊さん、スコーンの準備できました」
「ありがとう。こっちもできたよ」
荒熊さんから、淹れ立てブレンドコーヒーのカップを受け取り、志希はスコーンと一緒に源内へ給仕する。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーとスコーンです」
「うん、ありがとう」
源内が読んでいた本をカウンターテーブルに置き、志希にお礼を言う。
カウンターテーブルに注文の品を並べた志希は、何の気なしに源内が読んでいた本に目を留めた。どうやら、短歌集のようだ。
「短歌、お好きなんですか?」
「妻の影響でね」
志希が訊くと、源内は一際優しい顔でそう答えた。どうやら源内は、愛妻家であるらしい。
「さてさて、それでは荒熊さん自信作の梅ジャムをいただくとしようかな」
源内は温かいスコーンを割って梅ジャムをひと匙塗り、パクリと頬張る。その顔は、すぐに満足げにほころんだ。
「なるほど。確かにいい出来だ。今年も絶品だね、荒熊さん」
「恐縮です」
梅ジャムを絶賛する源内に、荒熊さんが殊勝な態度で応じる。
いつものお気楽極楽な荒熊さんとのギャップに、志希は思わずお盆で顔を隠して笑ってしまった。




