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元人間の天狗徒然紀行  作者: 唐墨 いくら
第二章 蛍恋祭編
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その四、喧嘩

「え、香音、でも…もう決まっちゃったの。それに、祠以外にどこで過ごせばいいか…。」


 「そんなの!この部屋にずっといればいいでしょう!私が匿ってあげる!光翼をだれの目にも触れさせないようにする!別にいいでしょ!?見られても私が何とかするから、だから、せっかく会えたのにまた離れるなんてことしないでよ!ただでさえ修行、修行で会えてないのに…。」


 香音の声がざわざわと光翼の体に、心に、部屋中に響いてくる。はっきり言う質の香音だが、こんなに苛立った感情を光翼に向けているのは初めてだ。


 光翼が知る限り、香音は大学の中でも群を抜いて優秀で、常に鋭い分析で現状を把握して何事にもあたっていた。行動力には驚かされるが、感情的に訴えて行動を起こすようなことはあまりしない人と認識していた。だから、今の香音に何か変化が起こっているのではないかと思った。


 「香音、どこか様子がおかしいよ。一旦落ち着こう!?なんかいつもの香音じゃないよ!」


 だが、その言葉は、香音の神経をさらに逆立ててしまったらしい。


 「私がおかしい?いつもの私って?おかしいのはあんたの方じゃない!天狗になるって言ってもついこの間まで私と同じただの女子大生だったじゃない!なんでそんなにコロッと切り替えられんのよ!なんでそんなに前向きなのよ!なんで…。私はあんたのためにここまでついてきたのに…!」


 涙を流しながら、感情をぶつけてくる香音。少し前から感じていたが、彼女は私にやや依存してしまっているのではないか、だからこんなに苦しいんだろうか、と光翼は思った。

 

 「香音…あのね、香音は私の人生を香音自身の人生と重ねすぎてないかな…。私だって香音がここまで来てくれて本当にうれしいんだよ、でも、香音の人生を犠牲にしたいとはこれっぽっちも思ってないの。香音だって、やりたい仕事や、もっと学びたいことだってあるだろうし、その足枷に私がなるのは嫌なの。」


 なるべく香音は私なんかに依存せず、自分自身の人生や幸せを大事にしてほしい、だから私のために自分の人生の選択を狭めるようなことはしないで、そう思いながら発した言葉は、香音の感情をさらに荒らしてしまった。


 「その言い方…!まるで私が余計なことをしてるみたいじゃない!私はあんたのためならなんだってするくらいに信用してるし、一番大切な人だと思ってる!だから私の人生くらいちょっとやそっと投げうったって…よかったと思ったのに…。」


 涙を流しながら呟いた香音の次の一言で、光翼は彼女が傷ついてしまったと分かった。


 「…光翼は、私が邪魔なの…?」


 「ちがっ…!誤解だよ香音!私、そういう意味で言ったわけじゃ…!」

 

 駆け寄って、香音の手を取る。天狗になってしまっても変わらない友情があると、そう言って聞かせたかったが、香音は冷たく手を振り払う。


 「…もういい。光翼はいいよね、神様に選ばれてさ。「選ばれし者」って感じだから、選ばれたとおりに突き進んでいけばいいじゃん。特別扱いな人は、一般人なんか足手まといなんでしょ。特別なんだから、なにも悩まなくていいよね、お気楽でさ!他と違って、そんなに気分いい?!」


 その言葉に、思わず硬直してしまう。そんな言葉だけは、友人と思っていた人からは言われたくなかった。昔の記憶が一気によみがえる。


 「そんな…こと…なんで…」


 言葉にならない言葉を震えながら紡ぎだす光翼から顔を背けて、香音は部屋から出て行った。


 「なんで…こんなことに…どうして…」


 一人残された部屋で、零れ続ける雫をぬぐいもせず、光翼はそっと荷物を抱えて部屋から飛び立った。

 

 

 星が輝く静寂で暗い空を、光翼は泣きながら飛んでいた。以前、山籠もりするために都会の部屋から旅立った夜は山神に対して文句を言いたい気持ちと荷物が重いという気持ちだけで、なんとも呑気な旅立ちであったなと自嘲する。今の状況は、あの時と似ていて、でも気分は全く違っていた。今日の夜空はあの人違ってとても寂しく、冷たかった。


 ―――『他と違って、そんなに気分いい?!』―――


 いいわけないじゃん、違うから、あなたと会うまではとても寂しかったのに。嗚咽をあげながらも、先ほどの香音の言葉が耳に反芻する。


 光翼は、生まれつき新緑の目を持って生まれた。肌も一等透き通って白く、どんな日差しを浴びても変わることはなかった。幼少から、目の色についていろいろ噂をされた。同年代からも、大人たちからも。


 ―――『海外の人と浮気してできた子だそうよ。』―――


 ―――『ま、なんて卑しい子供!』―――


 大人たちは、光翼を不貞の子と噂して光翼とその家族を孤立させた。


 ―――『お前、目だけ変な色だよな!気持ちわりぃ!』―――


 ―――『俺の母ちゃんが言ってた!お前の目が変なのは忌み子だからなんだってさ!』―――

 

 男の子たちからはからかいの対象とされた。 


 ―――『見た目がちょっと変わって、ちょっとかわいいからっていい気になんないでよね!』―――


 ―――『自分が人と違って、そんなに気分いいん?』―――


 女の子たちからは嫉妬やいじめの格好の標的だった。ある子の好きな男の子が、私のことをかわいいと言ったとの噂がきっかけだった。


 大学に入っても、深くは追及されなかったが、目の色があまりにも綺麗な森の色を映していたため、最初カラーコンタクトと疑われたが、自前と分かってから興味半分の人と、気味悪がる人とに分かれた。


 香音だけだった。光翼の目の色や見た目を気にせず屈託ない関係で入れたのは。彼女の存在は光翼の中でも大きかった。


 だからこそ、余計に涙が止まらなかった。自分自身をちゃんと見てくれると思った人から、あんな言葉を聞きたくはなかった。




 今は誰とも話したくない気分であった。だから祠から少し離れた、山の中腹あたりの川辺に降り立った。川のせせらぎが月光と星の光でまるでスパンコールのようにきらめいているのをじっと膝を抱えて眺めることで、何とか落ち着いてきた。


 何時間経っただろうか。ふと、誰かが隣に座っている気がした。そっと横を向くと、淡い、夏虫色の着物と光をまとった幼い少女が同じ膝を抱える姿勢でこちらを見ていた。


 「お姉ちゃん、なんで泣いてるの?」


いつも読んでくださりありがとうございます。

次話は、香音視点に入ります。

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