その三、山籠もり再び
山神に「迅空」という名の天狗がいたと知ってから、光翼は天狗の力の制御の修行により身を入れるようになった。山神とともに修行することで、少しでも山神の寂しさを紛らわせたなら、自分も悪しき方向へ向かわないようになどと考えた結果であった。
今日はフィも修行に来てくれたため、フィと一緒にできる修行を山神がしてくれた。
「わしは山に棲むほぼすべてのものと意思疎通が可能じゃ。なんてったって、山そのものだったからのぅ。木も、土も、水も、そして棲んでいる動物も、わしの一部のようなものじゃ。お主とて、できぬはずがない。意思疎通ができれば、より山の自然を操る方法が理解しやすかろう。」
そういって、まずは動物たちの声に耳を傾ける修行が始まった。やり方は先日と同じ、声を聴きたいものにのみ集中するということであった。
フィとはしばらくの間一緒に過ごしていることや、フィが賢く、感情表現が大きいこともあってか、何が言いたいかは粗方わかっていたが、この修行によって本当に心の声が聞こえてくるようになった。
ひと修行を終え、居候先の神社のほうへ帰る。動物の言いたいことはわかるようになった。しかし、いまだ木々や水、岩の声は聞こえてこない。山神は継続してこの修行を行うことによって、より簡単に、より多くの声が聞こえると励ましてくれた。
帰り際からすでにおいしい匂いが漂う。今日はカレーのようだ。
「お疲れ様です。今日の修行はいかがでしたでしょうか。」
「ぼちぼちです…。でも、フィや動物たちの言葉がわかるようになりました!」
「それはそれは。今度何を言っているのか教えてくださいね。」
出迎えてくれたのは和久とその母の清美であった。父の和義と香音はリビングでくつろいでいた。
毎晩、この5人とフィで食卓を囲む時間が修行の後の楽しみでもあった。家族に会えていない今、この時間が家族と過ごす時間のようだったからである。フィとともにリビングへ向かうと、香音が顔をほころばせながらソファへ手招きした。最早我が家にいるかのような態度に香音の打ち解け具合に感心する。
「光翼、修行の調子はどう?もう一人前の天狗になれそ?」
「やーねー。そんな早くなれないよぉ。そういう香音は、最近どうなの?もうそろそろ就活の時期じゃなかったっけ?ここでゆっくりしてても大丈夫…?って、香音なら心配することないか。」
「…あったりまえよ!誰に言っているのよ!」
言いながら、香音は笑顔の下にやや暗い顔を残して光翼を横目にテレビに向き直る。その変化には気づかず、光翼は清美の手伝いに回った。
カレーは中辛で、大きめに切った野菜がほのかな甘みを加えていた。中型の梟が肩の上で怨めしそうに睨んでくるので、フィには調理していない生肉を与えた。いつも通り、フィィ!と目をキラキラ輝かせて喜んだが、修行の成果ではっきりと
(うま!うま!しゃいっこぉおおお!)
(ミツバ、すっき!おにく、すっき!)
と、頭の中にフィの気持ちが聞こえてきた。喜んでもらえたのはよかったが、思いのほかフィの素のテンションが高いことが分かった。しゃべり方に癖がある。そして、自分と肉が同列にされたことに複雑な気持ちを持ってしまった。
口いっぱいにカレーを頬張り、満腹になった後に「話がある」と、和久とその両親(和義と清美)に呼ばれた。香音は先に風呂に入ったため、4人と1羽は書庫に入った。神社や地域の歴史を綴った書類を保管しているらしい。流石に4人は少々手狭な気がした。
しん…とした、古い紙の匂いが充満した空間に、和久が口を開いた。
「蛍恋祭の準備がそろそろ始まります。」
「蛍恋…祭…あっ!」
山神から天狗のことを聞かされて以来、修行ですっかり忘れていたが、この神社で近々やや大きめのお祭りがあると和久から教えられていた。そして、人目につかぬようその時期は山神の祠に身を寄せるというような話だったような気がする。光翼の頭からはそのことがすっかり抜けていて、「蛍恋祭」という単語で今、思い出したのである。
「そうです。そろそろ祭りの期間になりますので、光翼さんの滞在先について改めて離さなくてはなりません。山神様は、祠があると言っていましたが…。」
何か思うところがあるように、難しげな顔を俯かせながら和久は言う。
「祠ならおじいちゃんの加護も強いですし、何より修行をみっちりできると思います!和久さん、なんで難しい顔をしてるんですか?祠はやっぱり神聖な場所だからダメでしたか…?」
不安気に光翼が質問すると、和久と老夫妻は顔を見合わせ、表情をやや和らげて向き直った。
「いえ、天狗様になったとは言え、年頃のお嬢さんを一人山奥に押し込むのは大変申し訳なく思いまして。山神様がいるとはいえ、食事や寝床はいささか不便を強いてしまうでしょう?」
老夫の和義が三人を代表して言った。光翼を心配していたのだ。そのことに気付いた光翼は、にこーっと笑って、
「お気遣い、本当にありがとうございます!山籠もりは慣れてきたつもりですし、天狗の力によって、山を味方につけることができるようなんです!なので、天狗の修行の一環と思って山籠もりしてきますね!」
三人がぽかんとした後、老婦の清美が何かと思って立ち上がり、別の部屋から一具の神社の巫女が着る用の袴を渡してきた。
「空を飛ぶ際に万が一祭りの参加者に見られたとき、この着物を着ていれば、より天狗か何かこの世のものでもない幻覚でも見たと思うでしょう?騒ぎは大きくならないはずだわ。祭りの期間は、もしよかったらこれを着てみてね。」
「あ、あの…いいんですか?」
「私たちは、あなたが立派な天狗になられることを祈っています。どうかご無事で。」
「…!ありがとうございます!」
自分が頑張ろうとしてくれることに対して、まっすぐな応援の言葉をもらうとやはりうれしい。清美と和義、そして息子の和久は口々に「応援している」「体に気を付けて」「何かあったら、人に見られようが気にせずうちへお戻り」など激励の言葉を贈った。その後は照れ臭くなり、光翼は早めに借り部屋に戻って山籠もりのために荷物をまとめることにした。
荷物を粗方整理し終えたころに、香音が部屋へ入ってきた。
「香音、お風呂もう入ったの?今日はどんな一日だった?」
何の気なしにいつもの会話をする光翼に対して、香音は暗い面持ちで部屋のあたりを見回した。
「荷物…、ここを出ていくの?それとも、また山に籠るの?」
「え、う、うん…。お祭りが始まるから、ここで生活していたら一般人に見られるかもしれないからって。でもね!おじいちゃんが祠貸してくれるからそこでしばらく過ごすつもりだよ!修行の特訓だと思えば何も怖くないし。」
「…私、光翼が祠で過ごすのは反対よ…!」
香音ちゃんから不穏な匂いしかしません。
いつも読んでくださりありがとうございます。
今後もちまちま更新してまいります。




