その二、迅空
前の天狗さんの話メインです。
練習は苛烈なように思えた。とにかく数をこなし、今生やしたものより大きな木を目指す。山神の力は使うたびに減るわけではないが、自身の体が疲弊していくのを感じた。
そして何より、明確なイメージと共に心から強く願うことが意外と大変だった。明確なイメージと、願いだけに集中し、沸き起こる力を余すことなく使うには、ほかの思考や感覚がとにかく邪魔した。何度行っても、一つのことに集中することは光翼にとってはまだ難しい。
「はぁ、、はぁ、、、、ふぁあああ疲れたぁあああ」
「ふぉっふぉ。まずまずの出来じゃのぅ。今日はこれで及第点にしとくわい。」
「思ったより大変だったわぁ。。」
息を切らしながら祠の縁側に寄り掛かる。祠の後ろには大木があり、常に日陰となっているので今はひんやりとしたこの祠の質感が心地よい。初夏のみずみずしくも青々と茂る森の木漏れ日から気持ちばかりに差し込む日差しがかすかに祠周辺を照らしていた。
「まぁ、初めてにしてはこれだけの樹木をよぅも生やせたもんじゃのぅ。」
しみじみとつぶやきながら山神はあたりを見渡す。以前はまばらで様々な種類があった祠周辺の森が、今や大量の桜の若木に埋め尽くされている。はじめこそ光翼は細い若木しか生やすことができなかったが、最後に生やした桜は幹の直径が50cm程度のそこそこ大きめなものであった。山神が出すような大木を出せるのも時間と経験の問題であろうと、山神は満足そうに光翼の努力の結果達を眺めた。
「一つの願いの力に集中することに慣れたとき、複数の力に集中する修行に入るかのぅ。」
「おじいちゃん~。まだ一つのことに集中するのさえできてないのにそれ言っちゃうの~。」
光翼はバテたようで、祠にもたれかかったまま汗だくの顔を山神に向ける。
「力を複数同時に出せることは、できておいて損はない。いろんな局面で機転が利くようになるぞぃ。」
ほれこんな感じじゃ、と、山神は水をだし、葉で創った器に入れ光翼に渡してやる。
「ありがとう。確かに、山で遭難した人を助けたりとかするためにもいろんな力を一度に扱えたほうがいいかもね。」
ぐいっと水を一気に飲む光翼。源流から来たように冷やされているその水は、わずかに甘く、柔らかく、のどを優しく癒しながら体に入っていった。
「それじゃ、ちと休憩するかの。前の天狗の話をすると言ったから、その話を休憩がてらしようかのう。」
「あ、その話、、うん!聞きたい聞きたい!」
さっきまで気を生やすことに集中するあまり忘れていたというのは隠しておき、山神に話をねだる。
「そやつはなぁ、もともとは白いカラスだったんじゃよ。」
「人間じゃなかったんだね。」
「うぬ。珍しい白い体を持ったために他のカラスとは群れず、ただ一匹、儂の祠の周りに棲みついておった。」
―――そのカラスはなぜか、山神が姿を現さずとも山神がそこにいるのを分かってか、常に2匹分のえさを祠に持ってきては食事し、寝る時も祠の縁側を寝床としていた。
いつもの気まぐれで、山神が姿を現した時もその白いカラスは前から親しくしていたように、山神になついたそうだ。よって、気まぐれで山神の眷属にしたわけだ。
眷属になり、山神は白いカラスに「迅空」(じんくう)と名付けた。人型になることができてから分かったことは、迅空はもともと人に飼われていたとのこと。そして、山神に対する異常な忠誠心、いや、執着心と言ったらよいだろうか。天狗としての修行の努力を怠らず、常に山神のそばにいて守ろうとした。その反面、人間が社を訪れ、祈る際に身勝手な願い事ばかりを祈った時には、勝手にその者に仕置きをしたこともあったそうな。
迅空は教えたことはすぐに理解し、力の制御も山神に認めてもらうため不断の努力で粗方身に着けた。
しかし、ある日を境にして迅空はまるで変わってしまった。あんなに山神に対しては忠実で、山神を慕いそばを離れようとしなかった迅空は突然山神に対して否定的な言葉を浴びせるようになった。その言葉は火を重ねるごとに苛烈になり、罵声に変わった。
ついに、山神の意思・命令に反して人々に無差別に危害を及ぼすようになった迅空に対し、山神は眷属神としての地位を奪い、二度とこの地を踏まぬよう言い放った。
「―――それが、つい300年前の出来事のことじゃよ。わしは迅空に対して破門を言い渡し、二度とこの一帯に近づけぬよう結界を張ったのじゃ。」
「300年前が最近かどうかはわからないけど。。。でも、とても悲しいお話ね。迅空は何でおじいちゃんに対して反抗期に入ったのかな。」
「それがわしにもわからんのじゃ。じゃが、今回わしの力に干渉した奴は迅空の可能性もある。奴は破門にされた後、妖怪と化し各地を放浪して力をつけてるやもしれん。」
「妖怪に堕ちた…。おじいちゃん、妖怪にならずに済む方法なかったの?」
「力を奪うには消滅させればよかったのじゃが…。わしの甘さよな。迅空は変わる前は少々人間嫌いではあったが、わしにとってはかわいい弟子であり、家族のような距離で接してきておった。情けをかけてしまったようじゃ。」
消滅――つまり、死。弟子と言ってたけど、きっとおじいちゃんにとって息子も同然だったかもしれない。そんな子を殺すことはきっと、私でもできない、光翼はそう思った。
「ううん、おじいちゃんにとって大事な天狗だったんだね。それに、天狗としての力は消滅することでしか奪えないなら、その対応になったのもうなずけるよ。」
「うぬ…。眷属神は基本消滅をもってして、その力が神に返される。じゃからこそ眷属神を選ぶ際には細心の注意をもって、良く教育をせねばならぬ。わしの判断に誤りがあったのやもしれん。」
光翼はまだ迅空にあっていないため、それに対してうまくは答えられなかった。香音なら、慰めの一言でもうまく言えたのだろうが、結局、なんて声を掛けたらよいのかわからず膝を抱えて座ったまま、山神の言ったことを考えるほかなかった。
――なんで突然変わったの?以前からおじいちゃんに不満があったのかな?まぁ、私もなくはないけど…――
――妖怪に堕ちた後、迅空はどう過ごしたのだろう――
――もし、今回のおじいちゃんの力に干渉した件が迅空なら、目的は?
様々な疑問が浮かんでは消え、山神に質問したい気持ちでいっぱいになった。しかし、山神は何を言うでもなく祠の後ろの年季の入った大木を寂しそうに見上げながら佇んでいた。それが泣きそうな、悔しそうな、そんな感情を今にも抑え込まんとしているように感じれられ、光翼はただじっと山神を見ていた。
ふいに強めの風が吹き、大木の枝をゆらし、木漏れ日がキラキラと祠のみを照らしていた。
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