その二十三、光翼の決意
現世に戻り、お互いの安否を確認し合った後、香音がおずおずと光翼に近寄った。
「光翼、ごめんね、勝手なことして、光翼に迷惑な目に合わせちゃって。結局、私は光翼の為に動こうとして、空回りしちゃっている。」
「ううん、心配してくれて嬉しかったよ、香音。でも、今度からはちゃんと私だけじゃなく宮司である和久さんの言うことも聞かなきゃだめだよ。ここには来ちゃいけないって言われてたでしょ~。」
バツが悪そうな顔でうなずく香音に、優しく和久が言う。
「香音さんが心配して乗り込むのも、気持ちはわかりますよ。気まぐれに一人の人間を眷属神にするようなお方です。私達は慣れていますし、当事者ではありませんのでそこまで焦りや驚きはありませんが、親友がこれ以上なにかに巻き込まれないか心配になるのも無理はありません。今回だけは、私の両親に良く言って、ここだけの内緒にしておきましょう。」
「はい、すみませんでした...。」
いつも元気はつらつで自信を持ってものを言う香音が、今はとてもしおらしくしていてなんだか新鮮さを感じる光翼。
不意に、香音は「あっ」と声を上げ、光翼に振り向いた。
「眷属神といえば、光翼は眷属神に結局なるつもりなの?さっきはつい、光翼の考えも聞かずに私の考えだけ言っちゃって、光翼が眷属神になるのは人間に戻ることをあきらめたからだと決めつけちゃったけど...。」
「そのことなんだけどね…――」
光翼は自分の考えを口に出す。正直、人間に戻る方法があるのであればまだ人間に戻りたいという気持ちは大きい。しかし、幽世と現世の境で山神に元には戻れないと言われた。
そうだろうとは思っていた。元に戻せるのであれば、とっくに戻せているはずなのだから。変化への順応は得意な方だ。翼が生えてからの山籠もりの生活にも楽しみを見出していた。いっそ元に戻れない、しかし神の力が宿り、それを扱えるようになるというのであれば、その力を使って新しい道を進んだほうが良いのではないか。天狗となって香音や皆の役に立てることが多くなるなら、それに越したことはない。
「私、天狗になるよ。隠れてばかりの生活より、自分の与えられた今ある力を使って、香音や皆の役に立ちたいの。元の姿に戻れないのは、ちょっと寂しいけど、でも、これは諦めなんかじゃないよ。ただ、今できること、やるべきことの道がはっきり一本になったと思う。」
「そっか...。光翼がそれでいいなら…いいんだろうけど、さ。」
「香音も見つけよう!香音の道!」
「え、私?!」
「香音はさ、今まで私のことばっかり考えてくれてたけど、私も、香音が幸せになってほしいと思っているんだよ。香音のやりたいこと、今はないかもしれないけど、それを見つけた時に私が足枷になるのは嫌。香音を後押しできるようになれるよう、私頑張るよ!」
「光翼…。」
二人の間に暖かい空気が流れる。そこへ和久が近づき、
「さぁ、もう帰って寝ましょう。夜も遅くなりました。帰りはこの行灯を使って、夜道に気を付けてください。」
と、帰りを促す。遠くから、聞き覚えのあるフクロウの声が聞こえる。
「フィィイイイ」
「あっ!フィ!心配して来てくれてたんだ。」
光翼の考えを肯定するかの様に、フィは光翼の肩に降りて頭を光翼の頬に摺り寄せる。その様子がなんとも愛らしいので、周りの二人も癒されたような顔をした。
「フィ、これから私達お家へ帰るよ。一緒に帰ろう?」
フィが案内をする!と言わんばかりに頭上を旋回し、段々と神社の中にある光翼たちが滞在している家へ誘導する。
「和久さんは?」
「後で行きます。もう一つ行灯はあるので、ご心配なく。」
和久はそう言って、二人を見送った。
二人と一羽は、ゆっくりと山を下っていた。光翼の翼と瞳からは、すでに光の粒子は消えており、今は一つの薄橙の行灯が、初夏の山道を照らしていた。
二人はこれまでの旅路に思いを馳せていた。その思い出をぽつぽつと振り返る。全ては何の気なしに思ったことを叶えた気まぐれな神様であった。そこから山籠もりの生活に向けた準備をしたこと、山籠もりでの魚を獲る日々。
「フィも、山籠もりして慣れ始めたころに出会ったよね。」
「フィ!」
フィに出会い、寂しさが和らいだこと。村の人たちに見つかり、危うかったこと。
「その、光翼を捕まえようとした村の男ども、今聞いてもホンットむかつくわ!私も会ったことあるけど、話しててあまり心地よい人ではないことは話した瞬間分かったわ。」
次会ったらとっちめてやるわ!と、腕をシュッシュッとパンチの練習をする香音に光翼が笑う。
「でもね、私も光翼追いかけてその村に行ったときに、優しくて気が合いそうなお婆さんが一人だけいたのよ。一緒におにぎり作ったの。」
「そうなの?!あそこの村の周りの山には長く滞在したからなぁ。お買い物でもお世話になったしなぁ。あんな形で旅立ったのがちょっと残念よね。」
「でも、今の村の方がよそ者の私にも親切な人が多いから、好きだな。宮司さんも優しいし。」
「だよね!和久さんとっても優しい!あの人の笑顔はまぶしいよねぇ。」
「おやおやぁ?いつの間に名前呼びとは...?私の知らない間に随分仲良くなったようで...?ついに光翼さんに春が来ましたかねぇ?」
ぐふふっと、手で口元を押さえてからかう香音に、光翼はポコポコと香音の肩を叩いてごまかす。
「もー!そんなのじゃないですぅー!香音こそどうなのよ!和久さんと仲いいのは私だけじゃないでしょ!」
「私は、なんにもないでーす。あの人が単に人好い性格なだけだと思いまーす。」
自分のことはどこ吹く風と言った感じだ。
「私は、正直恋なんてしたことないから分かんないよ...。和久さんはただ私に優しくしてくれるから、いい人だなって思っているだけだし...。」
光翼がそう漏らすと、香音はしょうがないなぁというような表情を浮かべ、
「じゃ、これから知ってこうよ!和久さんでも、別の人でも、いい人見つけちゃおー!光翼が眷属神になれば、恋愛対象が神様や人間以外のものにまで広がっていくかもよ!?」
「ちょっとなにそれー。」
神様がイケメンかもよ?、お爺ちゃんばっかりでしょー、と、かつて大学でやってた時と同じように、二人は笑い合った。場所や状況が違っても、二人の親友としての間柄は、変わらなかった。
――――――
静寂な祠のそばによると、祠の中から声が聞こえた。
「強い子じゃ。光翼は。」
「えぇ、あの子の心は強く、優しい。あなたが気まぐれに目をかけたくなるのもわかる気はします。しかし...。」
「あぁ、わかっとる。もう、こんなことはせんよ。人間としての生をあきらめさせることになる、そんな簡単なことも考えずに術をかけてしまった。その責任は取るつもりじゃ。」
「わかっていらっしゃるのであれば、もう何も言いませんよ。」
反省した様子に苦笑いする宮司。
「あなた様の気まぐれは慣れているつもりでしたが、今回のようなことは初めてですね。それはそうと、結界の御様子は如何でしょうか。何者かが干渉したとのことですが...。」
「心配には及ばん、時期にこの干渉を跳ね除けることができよう。じゃが、ちぃと時間がかかりそうでな。しばらく外に出られぬ。光翼なら、自由に出入りができるじゃろうが、今は儂の力が制限されておる。」
「…あの眷属神の仕業ですか。」
「いや、あやつは眷属神から追放した。今は妖怪となり果てておる。しかし力はあの頃のままじゃ。」
「光翼さんを狙ってのことでしょうか。」
「おそらくじゃが、儂と光翼、両方じゃ。早く光翼に力の制御の仕方を教えねば...。」
「人々の願いを叶えるあなた様ほどの力を持つ神に、今更大きな脅威とはなりえないでしょうが...。光翼さんが境内にいる間は、私が守ります。」
「儂も全力で守る。光翼を頼んだぞ。」
「御意。」
声が消え、祠周辺の光の粒も地面へと還っていくのを確認すると、宮司は社内の祓殿の方へ向かっていった。
妖怪に堕ちた天狗とは一体...?
ここで一旦区切りです。読んでくださってありがとうございます!
次からはチラッと話に出ていた蛍恋祭が絡んできます。




