その二十二、 諦めないということ
「香音?!」「香音さん?!」
和久と光翼が同時に振り替える。ここは現世と幽世の境。山神が許可したものしか入れないはずだ。
「む?!」
山神も驚きに目を見開いている。どういうことだろうか、光翼は尋ねた。
「香音、ここは神様が許可したものしか入れないはずなんだけど、どうやって…。」
「どうやっても何も、なんか気になったからこっそり後付けてたのよ。そこの山神にまたろくでもないこと巻き込まれたりしないかって。そしたら、急に祠が光ってあなたたちが吸い込まれていくから慌てて…」
「光に飛び込んだというのですか?」
和久に香音がうなづく。何と無茶なことをするものだと、光翼は首を振った。
「香音、どうなっちゃうかも分かんないのに、そんなことしちゃだめだよ!下手したら、死んじゃうよ!」
「だって心配だったんだもん!翼生えていろんなことがあったのよ!今度も何かあるか分かったもんじゃないじゃない!私は、光翼がこれ以上大変な目に合うのは嫌なの!」
「もう合っているも同然なのじゃ。」
山神が申し訳なさそうに口をはさむ。その言葉に、香音が怒気を込めた目で睨む。
「先ほどの説明、お主に聞こえていなかったわけでもあるまい。光翼に与えた翼には神の力が強く宿っておる。光翼は儂の力との相性が良く、徐々にその力が大きくなり、制御しなければ暴走することもあろう。その力を制御するために、まずは眷属神となって儂の元で力の使い方を学ばせようと思うのじゃ。」
「勝手なことを!」
「香音!」
香音が山神に詰め寄る。山神は動じず、ただただ困った目をしていた。
「自分で勝手に願い叶えてこんな結果になってるなら、自分で尻ぬぐいしなさいよ!光翼をもとの普通の女の子に戻して!本当なら、今も、光翼は私と大学に行っているのよ!簡単に…光翼の未来を強制しないでよ!!!」
あまりの剣幕に、山神も和久も何も言えないでいる。
「光翼も何諦めて眷属神とかになろうとしてんの!せっかくあんたに翼を生やした張本人がいるんだから、元に戻す方法を聞き出そうよ!」
泣きそうな叫び声に、光翼も顔を歪める。その顔からは、一筋の涙があった。
本当なら、今も一緒に大学に行って、くだらない話をして、美味しいお店を渡り歩いて…。
今まで抑えていた、彼女の願望が揺さぶられていた。現状を前向きにとらえてきたつもりであったが、彼女の心の根底には、まだ今までの生活への未練があったのだ。否、前向きとしてきたものは、諦めからきていたのかもしれない。
「香音…ありがとう…私―」
顔を上げて香音を見た光翼は、絶句した。香音の姿が、輪郭が、ほんの少し透けてぼやけていた。
「え…あ…」
光翼の様子に香音も自分の体を見て同じく言葉を失う。
「山神様、まさか香音さんは…」
「説明の時に言った通り…、ここは儂の空間。無理やり入ろうとする存在があれば、長くは存在できないじゃろう…。そういう守りの結界を作っていたのじゃ…。」
「じゃあ、早く外に出さなきゃ!香音、早くここから出よう!」
香音の腕をつかんで部屋を出ようとすると、部屋の外は真っ白な空間のみ広がっていた。
縁側から出ようと足を延ばすと、白い空間を水の様に進めた。しかし、どこにも出口の先のようなものは見えない。なら、山神に戻してもらうしかないだろう。
「お爺ちゃん!香音を早く出してあげて!」
「うむ!今やっておる!」
山神が両の手を香音に向けてかざしている。その手には光が宿っているが、その間にも、香音の体が透けてきていた。
「お爺ちゃん早く!」
「やっておるんじゃが、何故か現世に戻すことができん...!光翼、和久、お前たちのことも現世に戻せん…!」
「えぇ?!ここお爺ちゃんの空間でしょ?!」
あまりのことに、どうすればよいかパニックになりかける。しかし、山神が手に光を集めても、何も起こらないということから、言っていることは本当のことだと思われる。
「何かしらの力が儂の力を阻害しとるのかもしれん。そんなことができるのはあやつくらいじゃが…。」
「あやつって誰よ!そんなことより何とかしないと、このままじゃ香音が…!」
香音の体の透明化は進んでいる。
「光翼…ごめんね…自分の尻くらい拭けって、あの神様にタンカ切ったばっかりなのに…これじゃああの神様とおんなじだ...。」
絶望したような、か細い声で香音は言う。
「でもね、私がここで消えても、ちゃんと光翼のことを見守って、応援してるから…!神様にはなれないけど、魂だけになっても、光翼のことずっと…」
「なに諦めたような、死亡フラグ満載のセリフ吐いてるの!」
朧気になっている香音の肩を掴み、光翼は言う。
「私に諦めるなってさっき叱ったばっかでしょ!私、あなたを絶対現世に戻すから!」
とはいっても、実際に現世に帰す方法を知らない光翼は焦った。自分にあるのは山神からもらった翼と、強化されていると言われた目だけだ。
「ちょっと待ってて」
香音を置いて真っ白な空間を切り裂くように飛ぶ。山神の力を持つこの翼なら現世に繋がる何かに影響を与えるかもしれないと思い、ひたすら空間の中を飛んで回った。
しかし、何も変わらず、香音の透明化は進むばかりである。和久が香音のもとに駆け寄り、香音の体を支えていた。
ひたすら目を凝らして飛んでも、何も感じず、何も分からなかった、しかし―
―絶対に現世に帰す。帰してみせる―
そう強く思った瞬間、山神の声が頭に直接聞こえた。
―翼と目に力と思いを込めなさい、光翼、お主なら境目と現世をつなぐ道が見え、突破できるはずじゃ―
祠の部屋を振り返ると、何とか現世に帰そうと光を3人に送り続ける山神がこくり、とうなずいた。
言われた通り、思いっきり翼を広げ、目を見開いた。
―香音を帰す帰す帰す帰す!絶対に帰す!諦めるな私!私ならできる!―
翼に光の粒が集まり、深緑の光翼の目が金色に光る。全身に力がみなぎる感覚が光翼の体を巡った。これならいける、と、出口の道をもう一度探してみる。しかし、あたり一面祠の部屋以外は真っ白な空間である。目にさらに力を込めて、空間を見つめてその遠くを覗こうとした。
その時、真っ白な空間にわずかな歪みが見えた。そこは祠の部屋の入り口前に合った。
見つけた、と思ったときには行動していた。
「香音、しっかりつかまってね!和久さんも!」
叫ぶと同時に香音を両手で二人の腕をつかみ、祠の部屋に猛スピードで飛んでいった。
光翼の体が歪みにあたったと同時に、ぐん、とどこかに吸い込まれる感覚があったと思ったら、ドサッとどこか地面へ落とされた。
見渡すと、山神の祠の外観が見えた。香音と和久も無事に傍にいる。
現世に戻ってきたのであった。




