その十九、宮司の和久
宮司さんと香音のおかげで光翼は数日でほとんど元気を取り戻した。川に流されたおかげで、体のあちこちを川の岩にぶつけたためまだ所々に痛々しい痣はあるが、熱は下がったため今は神社境内の庭掃除を手伝っている。香音は今買い出しへ行っている。勿論、神社の一部の人以外には内緒で滞在させてもらっているため、外に出て手伝う時間はごくわずかなのだが。
それよりも、光翼には気になることがあった。
「それにしても、あの宮司さん何者なんだろ?私の姿を見てもそんなに驚いていなかったって聞いたし、今も怖がるどころか普通に接してるし…。」
「アハハ、それはあなたが天狗様だからですよ。」
爽やかな笑顔で社の中から独り言に、件の宮司は返事をした。
―やっぱり、大きいなぁ...―
大柄で、宮司という職には似合わないほどの精悍な顔つきをしている。彼は本当に宮司が本職なのだろうか。そんな疑問が彼女の頭を過ぎる。だがそれよりも
「天狗…?天狗って、あの鼻の長い、妖怪の?」
「ハハッ、天狗と言っても、地方によって様々な言い伝えや信仰があります。私たちに獲っての天狗様は、私たちが祀っている、山神様の眷属のことですよ。」
山神様、という神様の名前にある種の嫌な予感が走る。
「あの、山神様って、お爺ちゃんみたいな恰好していませんか…?あと、何気にノリと気分でおかしな願叶えちゃったりとか…。」
一瞬宮司の顔がキョトンとしたかと思えば、ぶふっと吹き出す。
「わ、笑い事じゃないですよ!本当にノリで生きているのかってくらいに何も考えずに翼を生やしちゃう神様がいるんですって!まぁ、生やされちゃったのが私なんですけど…。」
今度は爆笑しだした。
「いや、失礼。山神様のことを尊き存在と言う人はいましたが、そんな風に直球に物申されたことはありませんでしたから。あなたの言うように、確かに我らが山神様は御心のままに行動されます。」
ひぃひぃと笑いを抑えながら、これ痛快とばかりに光翼の言葉に同意する。
―あれ、その山神様って、本当にあのお爺ちゃん…?
「あの、どうして私がその『山神様』の眷属である天狗だとわかるんですか?ただ私はある神様に勝手気ままに翼生やされちゃったとは言いましたけど…宮司さんはその前から私が山神様の天狗って思ってましたよね?」
「和久と呼んでください。天狗様と考えたのはその翼ですよ。その翼からは、山神様の力を感じましたので。」
なるほど、宮司だけあって神様であるあのお爺ちゃんの力を感じ取れ、その力が光翼にも影響しているとわかるのかもしれないと彼女は考えた。ともすれば、あのお爺ちゃん神様を見たことがあるかもしれない。
「お爺ちゃん神様を見たことありますか?」
「できれば、山神様と呼んでくれると嬉しいです。あなたにとってはそうではないかもしれませんが、この地域では非常に尊い存在として奉られているのです。私の前では構いませんが、他の人の前では気を付けてくださいね。」
「ご、ごめんなさい...。」
「いえ、良いんです。私たちだけの秘密と言う事で。」
二カッと、茶目っ気たっぷりに宮司は笑う。
「山神様は、頻繁にこの境内に姿を現します。」
神が姿を見せることを、さも普通かの様に、しかし誇らしく宮司は話を続ける。
「特に信者が良く集まる催しの日や祭礼の日、私たちが山神様のお助けを祈るときなどが主ですね。山神様は人が大好きなようで、私だけでなく信者にも姿を現すようです。」
神様がそんなに頻繁に姿を現すなんて今まで聞いたことも見たこともない。もしかしたら、ここがあのお爺ちゃん神様の本拠地であり、神様として厚く信仰されているからこそ大きな力を発揮でき、頻繁に人の前に姿を現すことができるかもしれない。そうとくれば
「では、今もここに『山神様』はいますか?!会えますか?!」
「えぇ、いつもこの地域を見守っていらっしゃいます。しかし姿を見せるのは山神様の御心次第です。」
―ぬ~…そう簡単には会えそうにないか…でも、本当に『山神様』があのお爺ちゃん神様だったら私に気づいて現れる可能性も高いはず。現れないのは人違い…いや、神様違いだったということもありえる…今のところ可能性低いけど―
「和久さん!その『山神様』が本当に私に翼を付けちゃったあのノリの良すぎるお爺さん神様か確かめるために、しばらくここにいさせてくれませんか?」
「もちろんですよ!あなたも、山神様をご覧になったらかの神の素晴らしさもわかるでしょう!山神様はいつどこでお姿を見せるかわかりませんが、それまででよろしければ是非ここにいてください!あなたからは山神様の力とおなじものを感じます。山神様が翼を与えるような人です。きっとあなたは良い人なのでしょう。」
いや、今は天狗様でしたね、とニッカリ輝くばかりの笑顔を光翼に向け、彼女は少し頬が熱くなる。
「そ、そんな良い人というほどでも…え、へへ」
緊張と照れで変な笑い声が出てしまった。それを打ち消すように彼女は少し話を逸らす。
「あ、でも皆さんが和久さんみたいとは限らないので、このままこそこそと暮らさせていただきますね。」
「それなんですが、今までは宮司権限で少人数の者しかあなたのいる館に入らないようにしたのですが、もう少ししたら「蛍恋祭」が始まるため、多くの者が本殿以外の、この神社全ての建物を行き来することになります。」
「蛍恋祭?」
「えぇ、毎年山神様の恵みで夏はたくさんの蛍が飛び交います。その蛍が想い人へと気持ちを伝えるという伝承がこの神社に伝えられてきたため、恋愛成就のお祭りとしてこの地域一帯で毎年多くの人がいらっしゃるんですよ。」
初めて聞いた祭りだが、多くの人がここを訪れ、蛍を見に来る景色が彼女の脳裏に浮かんだ。
―きっととても素敵な祭り何だろうな。恋なんてしたことはないけど、恋をしてたら、人間だったらきっとこの祭りで…でも…―
私のこの姿はあまり人に見せちゃいけない、見られたら危険なリスクが増える、そう思いながら彼女は一つの対応策を口にした。
「では、神社東側の山の中に滞在させていただけませんか?あの方面なら、蛍の出没する川から逆方向で、人は来ないと思います。」
そう、人との接触を避けたい光翼は再び森での生活を申し入れた。そして、光翼の言葉を聞いた和久は驚いた顔をした。
「良く、見えますね。ここからは川や川の音なんて見聞きできないはずですが。」
「ふふっ、実は最近目がすごく冴えるんですよ。森の緑に囲まれているおかげですかね!」
目が良くなっていることは日に日に光翼にも自覚はあった。森の生活が視力の向上に一役をかっているのは間違いないとは思うが、内心、あのお爺ちゃん神様の影響もあるのかもしれないと、和久の話を聞いて思うようになった光翼である。
視力を自慢するように少しドヤ顔をする光翼を楽しそうに見た後、和久は真面目な顔で言った。
「光翼さん、あなたの人に見られたくないという気持ちはお察しいたします。これまでの経緯や旅中の出来事のお話は、香音さんと話したときに少し聞きましたから。ですが、今回みたいに森の中の生活は光翼さんに危険が伴う可能性があります。あなたが天狗様である限り、そのように天狗様を無下にできることはできません。別の対策を考えますので!」
そうは言っても、本殿以外の神社の主な建物は祭りのため出入りが激しくなる。本殿は人が住むような場所ではないし、残る小さな建物は物置で眠る場所は無さそうだ。実直で自分が信じるものに誠実だからこそ出た言葉ではあるが、なかなか難しい問題に、和久は困った顔で悩みだした。
光翼も一緒に困った顔で悩んでみる。その時―
「わしの祠があるじゃろうて?」
どこかで聞いたことあるしわがれた声が聞こえた。
香音ちゃんお買い物から戻ってくるの遅いですね。きっといっぱい光翼のために買い込んでいるのでしょう。




