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元人間の天狗徒然紀行  作者: 唐墨 いくら
第一章 山籠もり編
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その二十、山神様

 「―――その、声は…!」


 ばっと振り向いたその先に、いつの日にか見た、これまでの出来事の元凶が神宮の屋根の上に座っていた。いつか見た日より実体が本当に生きているかのようにしっかりしていて、体から少し光が発せられていた。


 「おおおおおおおじいちゃん!!!あの時のお爺ちゃん神様!やっぱりおじいちゃんここが本拠地だったのね?!」


 「懐かしいのぅ、その騒がしさ。本拠地とも言えるし、そうでないとも言えるのぅ。」


 相変わらず、のんびりとしたマイペースな調子で山神は言う。


 「その様子だと、あなたが山神様の眷属である天狗様という、私の考えも間違っていないようですね。」


 そう言い、近づきながら和久は山神にお辞儀をする。


 「山神様、先ほどの大変慈悲深きお言葉、誠に有難きお言葉に存じます。」


 さっきまでの態度とは打って変わって、和久の雰囲気が、静謐なものに変わった。光翼の山神に対する物言いについては強くは言わなかったものの、その態度からは彼の山神に対する深い尊敬と信仰の念が感じられる。


 「山神様の御許しがあるのであれば、彼女にしばらく安心して眠る場所を与え賜りますようお願い申し上げます。」


 「うむ!光翼はまだ眷属神ではないが、わしのここ最近一番のお気に入りの娘じゃ。祠は人一人暮らせる分のスペースはある。光翼ならいつでも使って良いぞ。」


 全然構わぬ!むしろ使ってくれと、光翼お気に入りモード全開な山神に対して、そのような姿はほとんど見たことがないのか、和久は少し困惑した顔をする。


 「てっきり、彼女はあなたの眷属である天狗だと思ったのですが…。」


 「彼女がそう望み、見込みがあれば遠くないうちにそうなるかもしれんのぅ。」


 二人の話に入ったため、光翼は慌ててストップをかける。


 「ちょ、ちょいとまったぁああ!お爺ちゃん、お家貸してくれて本当にありがとう!でもでもでも!眷属とか天狗とかそんなの知らなかったんですけど?!遠くないうちにそうなるって何!?そもそもお爺ちゃんについても私あんまり知らなかったので色々聞きたいのですが?!」


 勢いのある剣幕に二人は目が点になる。


 「…あー、おほん。そういえばそうじゃったの。いずれ話そうと思ってたしの。」


 ばつの悪そうに言う山神。


 「今、話してもよいのじゃが、そろそろお主の友が帰ってくる頃じゃろうて。」


 そういった瞬間、ドサッと大量の荷物を抱えた香音と、その後ろから香音を心配して狼狽する老夫婦が現れた。この老夫婦は、宮司である和久の御両親であると、意識が戻った時に聞いた。老婦人の方を「清美」、夫の方は「和義」という。


香音はあの買い物の大荷物を、車からここまでの階段を一人で持ち運んだのだろう。老夫婦には重たいものを持たせたくないから。


 「た、ただいま...。光翼、具合は?」


 「か、香音!言ってくれたら、荷物半分運んだのに!」


 「病気且つ怪我している人に荷物なんて持たせれませーん!」

 

 「病気はもう治りましたー!」


冗談で言い合う二人を老夫婦・和久は微笑ましく見守っている。


 「今晩は天ぷらにしましょうね。」


 老婦人である清美が優しく言う。その物腰はとても柔らかく、若い頃は優美な淑女であることを伺わせる。

 

「わーいやったー!久しぶりのがっつりした料理だぁああ!」


喜びのあまり、海老反りの大ジャンプをやったと同時に、お腹が―


ぐぅうるるるぅぅぅ


と、盛大になった。


「色々話すことはあるとは思いますが、まずはご飯のようですね。」


「そうだ!山神様に色々聞くことあったんだけど…―」


辺りを見回すと、すでに山神はいなかった。その代わりに


―夕飯の後、祠に来なされ―


あのしわがれた声が聞こえた。

後で話してくれるなら、今はすき焼きを優先してもいいだろうと、光翼は判断した。


「天ぷらが先ぃ!」


「もぅ、光翼ったらどんだけお腹が空いているのよ。でも、さっき言った山神様って光翼に翼生やした神様?もしまた会えるなら、私も会ってみたいよねー。」


言いたいこと山ほどあるし…と、親友が後ろで黒いオーラを出しながら笑うので、さっさと香音を夕飯の準備に向かわせた。


今晩は和久とその両親である清美と和義しかいないため光翼も料理を手伝うことになった。宮司、和久の母である清美と香音と共に、晩御飯の準備を始める。キッチンは様々な天ぷらの材料で所狭しと並べられている。

―海老・キス・ピーマン・茄子・みょうが・大葉・サツマイモ・玉ねぎ・ニンジンなどなど―

 天ぷらのほかにも、そうめんや小鉢を作るそうで、汁物を作る場所がなくなった。そのため、光翼は香音と一緒に汁物を庭先の野外で炊事することになった。辺りはすっかり暗くなっているので、誰にも見られることはないだろう。


 森生活で慣れた経験を活かして、光翼は絶妙な火加減を、香音は味付けを担当した。


 夜になり、フィも目が覚めたため、フィにも薪運びを手伝ってもらった。「お礼は天ぷらのキスで払ってもらうよ」とぐいぐい頭を押し付けてきたので、後で分けてやることにする。

 

 今日の汁物は天ぷらに合うようにあっさりとした溶き卵のお吸い物である。しっかりと取った合わせだしに、少々の塩と酒、醤油で味を調えた後に溶き卵を少しずつ入れる。ふんわりと薄い膜を作った卵が、あっさりとした味に優しさを加えてとても美味しい。最後に三つ葉を散りばめれば完成である。



 夕飯の支度が終わり、和気あいあいと天ぷらを頬張る光翼は、ふと、何か視線を感じて窓の外を振り向いた。


 「…光翼?」


 香音が光翼の顔を覗き込む。


 「誰か、外にいましたか?」


 和久も光翼の様子に気づいて尋ねる。光翼は外の闇に眼を凝らすが、何も見えない。


 ―気のせいかな...?今一瞬誰かに見られていたような...―


 「ううん、気のせいだったみたい!それより、みょうがの天ぷらのおかわりがしたいな!」


 気のせいと思うことにして、光翼は天ぷらを楽しむことに決め込んだのであった。


和やかな雰囲気の中に不穏が混じる。

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