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元人間の天狗徒然紀行  作者: 唐墨 いくら
第一章 山籠もり編
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その十五、千里眼

月光が滝つぼを照らし、水流によって水面の月がうろこ模様になっている。なんとも幻想的な光景に目を奪われて、食事を終えたばかりの光翼はなんとなしに洞窟を出て、滝つぼの淵を岩伝いで歩いていた。フィは本来夜行性だが、今日の昼にしこたま遊んだため洞窟奥でぐっすりだ。


 今日は久しぶりに快晴だ。都会ではこんな星空は見えなかった。最初の山でも自分の生活が精いっぱいで、あまりゆっくり空を見なかったな。そういえば、星をじっくり見るのはいつ振りだろう。


 そっと、星に手をかざす。何となく、手が届きそうだ。そう思って、まっすぐ、上へ。

もう自由にコントロールできる翼は、光翼を容易く夜空の海へと運んでいく。でも、その星が手に触れることはない。どこまでもつかむ手は虚しく泳ぐばかりだ。

 

 この山籠もりの生活で、最初、確かに自分は一人で生活できると思った。何とかなるものだと。だが今は、違う。フィはいるが人間との関りがないと時々、こんなにも世界が悲しく、虚しく、あの夜空の様に無常な気がする。そしてその孤独を話す人もいない。


 当たり前の感覚が、場違いに山に独り歩きしているみたいで、自分が何だったかも忘れてしまいそうになる。


 わかっていたけど、と、静かに吐息を零してうつむく。だが、そのうつむいた先には彼女が多少気を紛らわすことのできる発見があった。


 「わぁ、あそこに村か街があるんだ。」


 山の向こうのふもとに、小さな明かりの集団があった。山の向こうと言っても、とても距離が離れているため、今まで気づかなかったのも無理はない。自分が単純で切り替えが早くてよかったと、光翼は思った。張り裂けそうな心が、皮を引き延ばしながらも少し落ち着いた。

 しかし、光翼は自身の異変に気付いた。


 「あり?私ってこんなに目、良かったっけな。」


 光翼は元々視力は悪いほうではないが、一山離れたふもとの、しかも夜に家々の明かりの一粒一粒がはっきり見えるまでよかったわけではない。それが、高度高く風が強い中でもはっきりと見えるのだ。

 車を持っている人ならば誰でも夏に窓を開けたことはあるだろう。そこから入り込んでくる風は気持ちいが、高速道路に入ると強風が目を襲う。


 光翼はまさにその強風が真正面から顔面を襲っているのに平然と目を開けていられるのだ。最初の旅立ちの時は風が辛くて度々目を細めていたはずだったのだが。


 「山の緑で良くなったのか、あの爺ちゃんのおかげなのか、ぜんっぜん分からんなぁ。」


 でも、こんだけ見えてれば千里眼よね、役に立つでしょ!と、あくまでポジティブ思考でいようと決めて深く考えないようにした。これ以上考え事増やしたくないというのが本音である。


 後にこの千里眼は、光翼が考えた通りにあらゆるところで力を発揮していくのであった。


――――――――


 光翼に優しく照らす月は、同様に香音をも照らしていた。彼女は今日、新幹線から電車へ、そしてバスを使い光翼が旅立った初めの山の近くまで来ていた。


 連絡が取れなくなって2週間目、5月が終わりに近づいても何も反応も既読もつかない彼女に、香音は焦りと恐怖を感じた。


 光翼に何かあったのかもしれない。


 その「何か」は、彼女の命にかかわることかもしれないと考えることが恐ろしかった。光翼は賢く、図太い女性だ。多少ほんわかした口調と不思議な感性は垣間見ることはあるが、山での生活も、途中まで順調に言っていたはずだ。


 その彼女が携帯に連絡つかなくなった理由として最初に考えられるのは、「他の人に見つかった」ことや、「自然災害に巻き込まれた」ことである。しかし、天気予報やニュースではそのような自然災害もなく、まったくもって平穏だったため、香音は一抹の不安を覚えたのだ。


 だから香音は直接探しに来た。滞在していた場所はピンポイントで分かる。あとはそこから手掛かりを探すだけ。


 「待っててね、光翼。すぐ会いに行くから。無事でいてね。」


 呟きながら、目的の山のふもとにある小さな村に入っていった。あの、光翼を見つけた人々がいる村のところに。



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