第5話 私にできること
「奥様、アネットさんの言うことは、気にしなくていいのですよ……」
廊下を歩く私の後ろをおずおずと侍女長がついてくる。
「そうね。でも、彼女が辺境伯様から経営を任されていることは間違いないわ。それを私が勝手に奪うことはできない」
「では、お部屋に戻られるのですか?」
「いいえ、広間にこの城で働く全員を集めてください。あ、アネットは、いらないわよ?」
振り返って侍女長に微笑むと侍女長は首を傾げた。
「私にできることを探します。食事や身の回りの世話をただでされるだけというのは、性に合わないもの」
王太子殿下に婚約破棄された時は、私の方ができると言い張る余地はなかったが、今は違う。
私は、さっきのアネットの態度に完全にスイッチが入ってしまった。
私の方がアネットより役に立つことを見せつけて、あのデリカシーのない口を黙らせないと気がすまない。アネットをけちょんけちょんにしてやる。
そうしたら、辺境伯も愛人を虐めた私のことが目障りになって、婚約破棄してくれるかも……私って天才か?
なんだか楽しくなってきた。
私はニヤリと笑って、広間へ向かって歩き出した。
* * *
「……これで全員ですか?」
侍女長のマリーズに、女中が三人。コックコートを着た料理人が一人。最後が厩番のジャンじい……
侍女長が困ったように頭を下げながら、一歩前に出た。
「はい、これで全員です」
「少なすぎでは!?」
グラーフ城は、そんなに大きな城ではないが、それにしても人数が少ない。
この規模の城なら、家令とか執事がいてもいいと思うんだけど……
「前はもう少しいたのです」
侍女長が顔を顰めた。
「アネットさんが城の経営を担うようになって、何人も暇を出したのです」
「……辺境伯領って、そんなに貧しいの?」
「いえ、辺境伯領は国から防衛費としてまとまった額が割り当てられていますので、貧しいというほどではございません。ですが、アネットさんが『お金のことは私がやるから家令はいらない!』と」
侍女長が上手にアネットの真似をする。あなた、さてはアネットのことが嫌いね?
侍女長の後ろの女中もおずおずと手を上げた。
「女中のグレースです。発言よろしいでしょうか、奥様」
「奥様ではないけど、どうぞ。グレース」
「女中も他に二人いたのですが、奥様でもないのに大きな顔をすることをアネットさんに注意して、暇を出されました」
「お、おう……」
アネット、やりたい放題じゃない。
「本当は昨日奥様が御到着された時、全員で出迎えるべきだったのに、お迎えできず、申し訳ありませんでした」
グレースの言葉に、この場に集まった全員が私に頭を下げた。
「行かなければいけないことは承知していたのですが、アネットさんに目をつけられて、解雇されるのが怖かったのです」
「皆、顔を上げて。私はそんなこと気にしてないから」
皆が怯えながら顔を上げた。どうやらアネットの問題は、私が思っていた以上に根深いらしい。アネットの圧政を恐れて、使用人たちが本来の仕事ができないのは由々しき事態だ。
「辺境伯様には相談しなかったの?」
答えたのは侍女長だ。
「私たちは先の魔物の大量発生でお亡くなりになられた、先代辺境伯様にお仕えるする使用人だったのでございます。なので、新しい旦那様に物申すのは、恐れ多く……それに、旦那様は『アネットの言うようにしてくれ』と仰いましたから」
「じゃあ、もしかして辺境伯様は、この事態をご存じない?」
「その可能性は、ございます。旦那様は毎日魔物退治に出かけて、ほとんど城にはいらっしゃいませんから」
私は額に手を当てた。やっぱりあの男は駄目だ。
領の防衛も大事なのは分かるが、大事な城や領の経営を丸投げというのはいただけない。やってもらうにしろ、最終確認だけはしないと領主とは言えないだろう。
「分かったわ。このことは私から辺境伯様に報告する」
使用人たちの表情が一同に明るくなった。
「ありがとうございます、奥様!」
「奥様じゃないから。じゃあ、さしあたって何か困っていることはない?」
アネットのことは、辺境伯次第だから彼に任せるとして、私は私のできることを見つけなければ。ここからが本題だ。
手を上げたのはグレースの隣にいた若い女中だ。
「あの……私、ジャンの孫のジョアナです。祖父にくださった、あの石。城にも置いていただけませんでしょうか」
石……あぁ、昨日あげたサラマンダーの寝床か。
よく見ると女中たちの指先は、寒さで赤くなっていた。
料理人の丸い鼻の上も赤い。
私自身は、火の精霊が加護を授けてくれたみたいで全く寒くなかったから、城が寒いことに気がつかなかった。
「もしかして、町の人も寒さで困ってる?」
私の言葉に全員がうんうんと頷く。
「よし、じゃあ最初の仕事は、石拾いね」
* * *
「こんなにもこもこにしなくても大丈夫なのに」
「いえ、奥様に万が一のことがあってはいけませんから」
侍女長に厚手のウールのコートを着せられ、足元もブーツにはき替えさせられた。
外に出ると、天気は快晴。
張り詰めた冬の空気に吐き出す息が白くなったが、鼻から入る冬の匂いに、私の心は弾んだ。
「じゃあ、石拾いにしゅっぱーつ!」
私の号令で、アネットを除く城の全員が私の後ろをついて歩く。
「あの、奥様? 石は何でもいいのですか?」と聞きながら、侍女長が私の隣に並んだ。
「丸くて平たい石じゃないといけないの」
いつの間にか出てきたサラマンダーが私の肩の上でうんうんと頷く。
待っててね、今お友達の分もたくさん集めてあげるからね。
「私はよく川に行って、そういう石を探したんだけど、近くにあるかしら」
「それなら湖畔にたくさんあるかと」
「なら、そこに行きましょう」
城から町に続く長い坂道を下り、赤茶の瓦屋根の町へ降りた。
街の人は、皆、昨日降り積もった雪をかくのに、外で働いていた。
使用人を引きつれて歩く私が物珍しいのか、雪かきをしていた子どもたちが駆け寄ってきた。
「お姫様だ!」
「こら! 奥様に失礼ですよ!」
小さな女の子が私のことを指さすから、すぐに侍女長が注意した。
私は侍女長をいさめて、しゃがんで女の子と目線を合わせる。
「初めまして、辺境伯様の城でお世話になっているルシアーナです。これから、温かい石を拾いに行くんだけど、一緒に行く?」
「うん!」
私がその子と手を繋いで歩くと、町の中からどんどん子供たちが出てきて私の後をついてくる。子供にモテるのは、気分がいいね。皆、わくわくしたように目を輝かせて、可愛らしい。
湖畔に出ると侍女長が言っていた通り、たくさんの石が落ちていた。
私は見本に一つ、ちょうど良さそうな石を拾って、皆に見せた。
「こういう丸くて平べったい石を集めて。触った時につるつるしていて、ひんやりする石だといいわ」
子供たちがぴょんぴょんと跳ねるように石を探し始めた。
使用人たちは、まだ半信半疑といった顔だ。
私の後ろには、王都から引っ越してきた大量のサラマンダーたちが行列をなしていたが、『精霊の愛し子』の目を持つ私にしか、その姿は見えない。サラマンダーたちが今か今かと舌をちろちろ出して待っていることに、誰も気がつかなかった。
「ルシアーナさま、これはどう?」
一番に石を拾ってきたのは、私と手を繋いで歩いた子だ。
私がしゃがんで、石を受け取ると待機していたサラマンダーが私の体を上って、私の腕から石をチェックする。
気に入ってくれたみたいで、一番最初のサラマンダーが石の上で丸くなった。
「ほら、温かい石になったよ」
私がその子に石を返すと、その子はぱっと表情を明るくした。
「ほんとだ、すごい! 石があったかいよ!」
その子の反応に皆その石を触りたがった。
触ってみると本当に温かいのだから、大人たちも目の色を変えて石を探し始めた。
子供たちが石を拾って家に帰ったことで噂が広まったのか、どんどん大人たちも集まり始めた。
「新しい辺境伯様の奥様が石を温かい石に変えてくれるらしいぞ」とか「暖炉の上に石を置いたら、部屋の中まで暖かくなるんだって」と噂の声が聞こえてくる。私は、集まった全員が満足するまで、石拾いに付き合った。
町の恐らく全員に温かい石がいきわたり、侍女長はほくほく顔だ。
「奥様、ありがとうございます。これで皆、今日から温かく過ごせそうです」
侍女長のエプロンは、温かい石でパンパンになっている。
「役に立てて良かったよ。さぁ、城に帰って、温かい石を城にも置きましょうか」
* * *
「なに……あれ?」
アネットは自分の目を疑った。
いつものようにカタログを見てショッピングを楽しんでいたのに、誰も昼食だと呼びに来ない。しびれを切らせて食堂に行くとルシアーナと使用人たちが食卓を囲み、笑い合っていた。
扉の隙間からこっそり見ていたのだが、食堂から漏れてくる空気もいつもより暖かい。その空気は王都にある実家に住んでいた時のように暖かいものだった。
「どうして、あの女が女主人みたいな顔をしているの? この城も、使用人も、ロランも、全部私のものなのに」
アネットは、扉の隙間からルシアーナたちを見て、爪を噛んだ。




