第8話 美味しい物は初めて
審査会が始まってすぐ。
***バンズ視点***
俺はバンズ、長年屋台審査会の審査員をやっている。
よく俺のことを辛口だとか、厳しいとか、生ぬるいことを言う連中がいるがあほらしい。
ここウェリスは美食都市としてやっていくことになっている。
そのため、その質を保証することは重要で責任を担っているのが料理ギルドなのだ。
それを微妙な料理人に屋台を出させるなど、美食都市の看板に泥を塗る行為に他ならない。
そんなことを考えながらギルドマスターがルール変更の話をするのを聞いた。
ギルマスが話し終えると、挑戦者達はみな一番にと調理台に駆けていく。
俺はそんな姿を見て、鼻を鳴らす。
「ふん。一番がいいだなんて、どうしてそんなことを信じているんだか」
「誰しも自分の店は持ちたいもの。それが屋台であるとしても。おかしくはないでしょう」
「ギルマス……」
俺のつぶやきは声に出ていたらしい。
ギルマスはそう言って柔らかく笑う。
「それに、そんなにつんけんしていては奥様にも逃げられますよ?」
「懐妊してるんで逃げられることはないですよ」
「わたしはギルドの仕事が忙しすぎた際、妻に実家に帰られましてな」
「……」
妻の実家はこの都市から割と近い、もしかして……。
「今は審査をするんです。そんなことはいいんですよ」
「ほっほ。この年になるとついお節介をしてしまう。すまんのう」
「いえ、それよりも、今回注目している料理人は居ますか? あの……貴族の令嬢みたいな子の親から圧力なんてありませんよね?」
前回は貴族の後押しを受けた料理人が、素材の良さだけを出して勝ち取った。
だが、審査員にその料理人を受からせるように……と圧力があったと聞いた。
なので、心配をして聞いてみたのだけれど……。
「問題ない。そのためにルール変更もしたのだから」
「それならいいんですが」
「気になっている人であれば、やはりあの子か」
ギルドマスターの視線は、列の最後尾に並んでいるエルフの娘。
彼女は無表情で、まるで自分が受かるのが当然というような雰囲気を漂わせている。
「まぁ……あの方の娘ですからね」
「ひいきはしなくていい。と、直々に言われているのう」
「それは圧力なのでは?」
「あの方はそんなことをするような方ではないよ。お、最初の料理がきたぞ」
そんなことを話していると、最初の料理が運ばれてくる。
料理はオーク肉の串焼きというもので、特に代り映えしない。
それでも審査をしなければ……と口に入れる。
「………………3点」
今回の審査は審査員が各自10点を持っていて、その合計点数が最も高い料理が選ばれる。
同点の場合はその時にまた話し合うことになっていた。
俺が点数をつけると、調理人は驚いて詰め寄ってくる。
「な、ふざけるな! どうしてオレの串焼きが3点なんだよ!」
「説明してやろう。まず、香草が多すぎる。癖を消すためとはいえ、つけ過ぎだ。辛すぎて食えたものじゃない。それに、最初に持ってくるということを意識しすぎていないか? 火の通りが甘い。食中毒を出したいのか?」
「い、いや……そんな……つもりは……」
「もちろん。食中毒を出すほど火が通っていないことはない。だが、お客に出すにはまだ実力が足りていない。以上だ」
「はい……」
料理人はすごすごと舞台から降りていく。
「バンズさん……」
「ギルマス。中途半端に言っても仕方ないですよ」
「まぁ……あなたの舌は信頼していますから。そろそろ満点を出してもいいのではないですか?」
「別に出し渋っているわけではないですよ。出すべき料理に出会えていないだけです」
「いつか出会えるといいですね」
「ええ」
それから、多くの料理人達の食事を審査する。
大ナタのジェバンニはその調理と同じように味付けがおおざっぱ。
不死身のマルコはいつも通りどこかの味が尖りすぎている。
エルフの娘は……。
「悪くない」
「……」
「9点」
「10点じゃないの?」
「足りない」
彼女はとても不満そうな目でオレを見つめる。
ギルマスともう1人の審査員は10点を出していて、彼女の点数は29点。
今回の審査会ではぶっちぎりで、2位とは10点差以上離れている。
「そう……」
彼女はそれだけ言うと、すぐに舞台を降りていく。
たしかに彼女の調理した肉は美味しかった。
オーク肉を切り、今回突発で作ったタレは絶品で、それを挟んだパンにもひと工夫あり良かった。
だが、何かが足りない。
そう思った。
その次に来たのはお嬢様。
新緑のドレスをまとった令嬢で、なんでこんな所に来ているのかと聞きたいくらいだ。
ギルマスはそんな彼女に声をかける。
「料理名は?」
「串オーク……とでもいいましょうか。どうぞ、ご賞味ください」
彼女はそう言って、オレ達の前に一本の茶色い串を置く。
串焼き……とも違う。
これは……なんだろうか?
オレはすぐに食べずに、色々な角度から見まわしていく。
「あの……できれば早めに食べていただけるとありがたいです。その方が美味しいので」
「なるほど」
そう言われればすぐに食べるしかない。
オレは串オークを口に入れて歯を立てる。
サクッ!
「!!??」
なんだ。
歯がとても心地いい何かを噛んだ。
「!!??」
おかしい、これは……これは本当にオーク肉か?
オーク肉は基本癖が強く、それを消すために香草を使う。
だが、この串オークの味付けには塩しか使われていない。
何年もオーク肉を食べ続けてきたからこそ分かる。
それに、調理跡を見たところ揚げたようだ。
だが、普通に揚げただけではこのような食感は出ない。
このオーク肉には一体どうやって……。
いかん。
まだ歯を立てただけ、ちゃんと食べなければ。
オレは歯で切ろうとしたところで、串の肉は既に切られていることに気づく。
それを串から千切り取り、口の中で噛む。
「…………」
柔らかい。
普通だったらかなり噛まなければ噛み切れない肉なのに、あり得ないほど柔らかい。
しかもそれだけでなく、旨味がこれでもかと溢れてくる。
どうやって……どうやってこれほどの味を……どうやって、こんな素晴らしい料理を……。
オレはそれを知ろうとして、一心不乱に食べて思考するということを繰り返す。
しかし、串オークに肉は3欠片しかついておらず、あっという間になくなってしまった。
「なぜもうないんだ!? もっと作ってもいいだろう!?」
オレは思わず叫んでしまう。
お嬢様は目を見張って驚いていた。
なぜだ。
「すみません……時間が足りず、それだけしか作れませんでした」
「ならもっと作って……」
そこまで言った時に、オレは急に我に返る。
周囲の視線がオレに注がれているのが分かった。
そして、その理由も。
普段から一口しか食わないオレが、こんなにも料理を求めたことなど、過去に一度もない。
「ほっほ、バンズ。お主も出会えたようだな? 儂は10点じゃ」
ギルマスとその後ろにいる審査員も10点を出した。
オレは……オレは……。
「怒鳴ってすまなかった。10点だ」
「ありがとうございますわ!」
彼女は嬉しそうに顔をほころばせ、舞台を降りていく。
「あれほど美味いなんて……どうやって……」
「儂もあんな美味しい物は初めてだ。いやぁ……面白いことになったのう。これからどうなるやら」
「ええ」
それからすぐに全員分の審査が終わり、ギルマスが舞台に立つ。
「今回の審査会突破者は、カレン嬢になる!」
会場はわっと盛り上がり、彼女はみんなに祝福された。
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