第32話 ユリの提案
「カレン。わたくし専属の料理人になりなさい」
ユリ様はそう言って、わたしに提案する。
「お嬢様、お待ちください」
しかし、後ろに控えていた執事がそれを止める。
「なにかしら?」
「お嬢様にはもっとふさわしい方がいらっしゃいます。それをどこぞの者とも知らない小娘を専属料理人にするなどありえません」
「いいのですわ。わたくしは彼女がほしいのです」
「しかし……」
「くどいですわ。黙っていなさい」
彼女はそう言って執事を黙らせる。
「それで、どうでしょうか? わたくしの専属料理人。店を構える料理人がなりたいと殺到する地位ですわよ?」
「ちなみに、わたしが専属料理人になると、どうなるのでしょう」
「もちろん。毎日わたくしのために料理を作っていただきますわ。城にも部屋を与えますし、高額な給金も出します。それに、料理人なら扱ってみたいと思う食材に触れることもできますわ。ドラゴンの肉ですとか」
「ドラゴンの肉!」
それは正直そそられる。
ドラゴンの肉……一体どんなすごい肉なのだろうか。
ミノタウロスよりもすごい肉……。
わたし気になります。
気になります……。
気になりますが……。
「さぁ、どうかしら? わたくし専属の料理人になりなさい」
「申し訳ありせんが、お断りさせていただきます」
「へ……」
わたしの言葉に、ユリ様がポカンと口を開けて目を大きく開く。
「わたしは街の料理店を構えたいのです。ですので、ユリ様の専属の料理人になることはできません」
わたしはそう言って頭を下げる。
折角の申し出だけれど、断らせてもらう。
わたしがここで料理をしているのは、今もわたしを探してくれている両親にみつけてほしいから。
そうなるために、この街で料理店を開き、有名にして多くの人に来てほしい。
それと……我がままではあるのかもしれないが、わたしは、誰か1人のために作り続けるのではなく、多くの人のために作りたい。
だから、彼女専属の料理人にはなりたくないのだ。
「……そうですか。分かりました。行きますよ」
ユリ様はそれだけ言うと、背を向けてすぐに立ち去っていく。
彼女の後ろにいた人にはかなり睨まれたけれど、それは当然だろう。
貴族の誘い、とてもいい条件を断って……と思っているはずだ。
「それにしても、彼女が黒幕かね?」
「九尾……」
テントの中で丸まっていた九尾がのそりと起きてくる。
何か起きないか警戒してくれていたのだろう。
「彼女の指示で屋台の運営を止めさせ、専属の料理人になった所で解除させる。マッチポンプだけれど、納得はできそうじゃないかな?」
「……ユリ様はそのような方には見えません。なんとなくですが」
なんとなく……でしかないが、ユリ様がそんなまどろっこしいことを仕掛けているようには思えない。
確たる証拠はないので、そう言えないのだけれど……。
「なるほど、そうかもしれないね」
「ええ、というか、そういうことは今は後回しにしなければ」
「新しい料理……だね?」
「それも大量生産出来る料理です。少し歩いて考えてみます」
「分かった。気を付けて」
「ええ」
ということで、目覚まし+他の屋台を見ようと思い公園の中を歩く。
「流石に朝は寒いですわね……」
季節は既に12月。
屋台の中で火を炊きまくっていたから寒さを感じなかったが、朝もやのかかる公園内はとても寒かった。
それでも、時刻は早朝の5時なのに、すでに準備をはじめている屋台もある。
まぁ、わたしも昨日はその時間に準備をはじめていたのだけれど。
今は少し明日のことを考えなければ。
屋台は開いていないので、どんな料理を出しているのかの確認をしていく。
屋台の上にはでかでかと看板が立ててあり、売っているものが書かれている。
オークケバブ、オークとミノタウロス焼き、野菜の天ぷら、ミノタウロスサンド、クラーケン焼き、オークピザ……。
等々色々とある。
そんな時、ある料理の名前にピンと来る。
「クラーケン……入荷しているんですの?」
わたしはダメ元でクラーケン焼きの屋台に近づく。
屋台は開いていないけれど、テントではごそごそと音がするので仕込みをしているのかもしれない。
「あの、すみません」
「んーなにか用?」
テントから出てきたのは猫獣人の女性だった。
「あの、クラーケンは最近とれたものですか?」
「そうだよ。ギリギリだったから間に合って良かったよー」
そうか、なら……もしかしたら……。
「突然で申し訳ありませんが。クラーケンをひとかけらでもいいので、いただけないでしょう?」
「クラーケンを? 食べたことないの?」
「ええ、お恥ずかしながら」
「いいよ。ちょっと焼いてあげるねー。入っといで」
彼女はそう言ってわたしをテントの中に入れてくれる。
テントの中では絶賛仕込み中らしく、台の上には多くのクラーケンらしきものを切っている最中だった。
彼女は切っていたクラーケンをちょっと手に火にかける。
「あんまり焼くと良くないから炙る程度がおすすめだよー。通な人は生でいくけど、炙った方が美味しいかな。ほい」
彼女はそう言って焼いたクラーケンを皿にのせ、爪楊枝をさしてわたしに差し出す。
「いただきますわ」
わたしはそれをひとつつまみ、口に入れる。
「!」
パキュっ! そう音がしそうなほど弾けるこの感覚。
イカともタコとも似ても似つかない感覚だ。
ただ、どちらの旨味も持っていて、すごく美味しい。
そして、これなら……もしかしたら……。
「美味しいですわ」
「ほんと? ありがとうー」
「こちらこそありがとうございます。とても助かりました」
「困った時はお互いさまってねー」
「ええ、何かありましたらわたしの屋台に来てください」
「オッケーちなみにどこ?」
「ハンバーグクレープを売っていた場所ですわ」
「ええ!? あそこの人なの!? すっご、ミノタウロスサンドの所にも勝つかもって言われてる?」
「それは知りませんが、ハンバーグクレープの所はわたしの所だけだと思うので、そこです」
「うわぁ……すご、握手して?」
「ええ」
という訳でなぜか握手をして、わたし達は別れる。
助かった。
彼女に食べさせてもらったこれなら、ちゃんと火を通していいものができるかもしれない。
わたしは急いで料理ギルドの仮説本部へと向かう。
そこでほしいものを告げると、すぐに準備すると言って動いてくれた。
明日までに準備しないといけないものもある。
急いでわたしは自分の屋台に戻り、作業をはじめる。
「おかえり。どうだった?」
「思いつきました! なので、九尾、あなたの力を貸してください!」
「何をしたらいいのかな?」
「こういう形のを作ってほしいのです!」
わたしは身振り手振りで説明する。
「不思議な形だね……でも、分かった。やるよ」
彼は疑問に思いながらも、すぐに動いてくれる。
そうしてできたものを準備して、その間にできること。
今日の屋台の分の下準備を進めていく。
トマトソースを温めなおしたり、味の調整等々色々とある。
そうしている間にも、ギルドの人が頼んだ品を持ってきてくれた。
とりあえずということでクラーケンを5人前ほど。
後はニシーンの干し魚だ。
わたしは干し魚を茹でて出しをとる。
クラーケンは色々と調整が必要だ。
軽く炙ってみたり、茹でてからにしたり、色々とどうしたらいいのか味見をしながら試していく。
そんなことをしていると8時半。
そろそろオープンの時間が迫る。
それでも、明日のために味の調整は続けなければならない。
「とりあえずはこれで試してみないと……」
わたしはクレープの生地を鍋に取り、そこに出しを生地の倍の量を注ぎ込む。
そして、それを混ぜ合わせ九尾が作ってくれたタコ焼き器に注いでいく。
作るのはとりあえず4個。
クラーケンも軽く焼いたもの、炙っただけのもの、茹でた物、生。
という感じで作ってみる。
アイスピックでクルクルと回して焼き、火が通った所でトマトソースをかけて味見だ。
「なるほど、軽く炙ったものが一番美味しいですわね」
「もっと試食はしなくてもいいのかい?」
「しますわ。でも、それはとりあえず今日が終わってから、明日までに、より美味しさを高めます」
そう決心して、わたしはたこ焼きの味調整を終える。
まずは2日目をしっかりと乗り切らなければ。
もし、昨日よりも余裕があれば途中で考えたりしてもいいかもしれない。
しかし、そんなことはなかった。
昨日以上の人がひっきりなしに押し寄せ、クレープの生地を焼くマシーンとなっていた。
気づいた時には、大会2日目が終わっていた。
「何も……何も考えられませんでしたわ!?」
明日どうしようか……。




