第31話 責任者の要求
「今回の大会の安全部門の責任者として、わたしがそう決めた。分かったら屋台をたたんで家にでも帰るといい」
貴族の男はそう言い、去ろうとする。
しかし、その背に待ったをかける声があった。
「ちょっとお待ちください! どういうことが説明してください!」
近くで料理ギルドの人と話していたハンナさんが、慌てて彼に駆け寄る。
彼はうっとうしそうに振り返り、口を開く。
「説明は今しただろう? この屋台で出されているものの安全性が確保されていない。よって中止だ。以上」
「料理ギルドでは通っています! 問題ないことは説明済みのはず! それを今更になって取り消しなど認められません!」
「提出がギリギリだったのだろう? こちらでの回答は許可できない、だ」
「その管轄はこちらのはず! それをどうして今更になって!」
「以前そちらだけに任せていたら、実際に事故が起きた。間違いないな?」
この事故……というのは、わたしがここに来た直後に来たことの話だろうか?
確か、料理で有名だからこそ、食中毒などには気をつけねばならない。
ということで、料理店はおろか、屋台ですらも規制が入っているようになった。
そして、店を出すためには、料理ギルドに認められなくてはならない……ということだったか。
「ですからそのことには対策を講じていて、今では問題が起きていません!」
「起きてからでは遅いのだ。それに、そこの娘はこの街にきてまだ日が浅いとか? この街の料理にかける重さを知らないのだろう。だからこそ、重要な大会の場で新しい物を出そうとなるのだ。それに、実際にわたしも中身を確認したが、赤かったな? 火の通っていない肉を出すなど許されるものではない。話は終わりだ。以上」
彼はそれ以上いうことはない。
背中でそう物語っていた。
でも、言わなければ。
「火はちゃんと通っています! 実際、それで問題が起きた人はいないのですわ!」
「問題が起きてからでは遅いと言っているだろう。これ以上は時間の無駄だ」
彼はそう言って去ってしまった。
そんな彼の背を見つめることしか出来なかった。
最初に声を上げたのはハンナさんだった。
「はあああああ!!!!???? ふっざけんじゃないわよ! カレン! 仕込みは続けなさい! あたしがギルドマスターに直訴してくるわ!」
ハンナさんの怒り具合に、わたしは思わず冷静になってしまう。
「あ、ありがとうございます」
「こちとらあの件から対策につぐ対策でてんてこ舞いで洒落にならなかったのに、それを今になってほじくり返してきて……あああああイラつく。ちょっと、あたしは行ってくるから、ここは任せたわよ!」
「は、はぁ」
ハンナさんはそう言って、急いでどこかに去っていく。
おそらく、料理ギルドの本部にでも行っているのだろう。
「とりあえず……わたしがやることは決まっていますわ」
明日のための料理の仕込みだ。
これを疎かにすることはできないし、急がなければ時間も足りなくなる。
わたし達は裏のテントに移動した。
わたしは新しいタルの中に小麦粉とバターミルクを入れ、オールのように大きな木べらでかき混ぜる。
翌日の分の準備を今の内からでもしておかないと間に合わないからだ。
これをひたすらに全力でやらなければならない。
力がいるが、それを後2時間くらいはコネ続けることになる。
それをやっていると、バサッ、テントが開かれる。
そこには、鉄仮面を身に着けた身長2mくらいの大男達が5人ほどいた。
エプロンには返り血がこびりつき、両手には大ナタを持っている者もいた。
「ああ、来てくださいましたか。昨日と同じ要領でお願いします」
コクン。
先頭の男が頷き、全員がテントの中に入ってきて作業をはじめる。
彼らはハンナさんが紹介してくれた肉ギルドの皆さん。
ミノタウロスの肉とオークの肉をひき肉にしてくださっている。
正直、わたし達だけでは絶対に間に合わないので、彼らがいてくれて助かる。
「そろそろ交代するニャ」
「ソラ、ありがとうございます」
「いいてことニャ。ニャ~!!!」
ソラがわたしと代わって生地をコネ始めてくれる。
彼の身長だと200L入るタルには届かないので、木箱で身長をかさまししていた。
アイ〇ーみたいで可愛いな。
いけない、調理に集中しないと。
わたしはひき肉になった物をまとめてハンバーグの形に成形していく。
そして、ある程度数が揃った所で、下焼きをする。
これによって肉汁を閉じ込め、雑菌などが繁殖するのを防いでいるのだ。
こうやってしっかりと対策を取っているから食中毒など出すわけがないが……。
いや、それでも油断は禁物だ。
少しの油断が命取りになる。
わたしは気を引き締めて作業を続ける。
ちなみに、トマトソースは数日は持つものではあるので、保存はしっかりとして寝かせてある。
これがなかったらわたしは死んでいただろう。
「やっと……終わりましたわ……」
「もう……明日の力は残っていないニャ……」
「いえ、後2日。頑張りますわ!」
「カレンはすごいニャ……」
作業が終わったのは、深夜2時だった。
肉ギルドの皆さんは12時を超えた辺りでひき肉にし終えたのですでに帰っている。
こんな遅くにまで申し訳ないが、話す所を見たことがないのでどう思っているのか分からない。
「今日は……もう……寝に行きましょうか……いえ、もう……ここでいいです」
「そうニャ……流石にもう……無理ニャ」
「起きてから……綺麗にしますわ……」
ソラもずっと肉の成形と下焼きを手伝ってくれていたので、かなり体力は限界に近い。
「では清潔魔法だけはかけておこうか」
「ありがとうございます」
九尾が服や身体の汚れを綺麗にしてくれる魔法をかけてくれた。
わたしはそうして眠りにつく。
******
翌日。
「カレン! いる!?」
「ハンナ……さん。どう……されました?」
わたしは寝ていた所を叩き起こされた。
相手はハンナさんで、ちょっと目が血走っている。
「とりあえず、ギルマスから話があるわ!」
「は、はい。すぐに行きますわ」
わたしは眠たい頭をなんとか動かし、立ち上がろうとする。
けれど、身体がぐらつき、うまく力がはいらない。
「俺に寄りかかれ」
「ありがとうございます」
わたしは九尾に寄りかかると、彼は魔法で持ち上げて背中に乗せてくれた。
「すみません。少々身体の疲れが……」
「あ……ごめんなさい。また後にした方がいいかしら?」
「いえ、おそらく重要なことでしょう? すぐに聞きますわ」
わたしがそう言うと、九尾はテントから出る。
外には料理ギルドマスターがいて、申し訳なさそうにしていた。
これは……。
「申し訳ない。今回君に迷惑をかけてしまった」
「いえ……」
「それで、なんとか交渉して、今日の分の品を出すことには許可をもらった。けれど、明日の分に関しては、別の物を作ってもらうことになる」
「今日はいいのに、明日はダメ……ということなのですか?」
正直意味がよくわからない。
ダメなら今日からダメということになるのではないだろうか。
なのに、1日だけいい……? なら、もう明日もいいのでは? と思ってしまう。
「それに関してはこちらで手を打ってなんとかしてもらっただけのこと。申し訳ないが、明日のことについてはなんとかしてほしい」
「別の料理を考えろ……ということですのね。いえ、既存の料理を作れ……ということですか」
「火をしっかりと通した料理であれば新しくとも問題あるまい。今回問題になったのはハンバーグの中身が赤みがかっていたことによるものだからな」
「あれは問題ないくらいに火は通っていますが……言っても仕方ありませんわね」
しっかりと火を通している。
その程度のことは当然やっている。
現代日本で安全基準を徹底することの大変さを知ってほしいとすら思う。
まぁ……そんなことを言った所で、現状が変わるということではない。
それよりも、明日の料理をどうするのか。
これを最優先で考えなければならない。
「何かあればハンナに言ってくれ。出来る限りの対応を約束する」
「ありがとうございます。とりあえず仕込みをしながら考えますわ」
「ああ、それでは、失礼する」
さて、明日の料理を……しかも、大量に作れる料理でなければならない。
わたしは重い体を動かして九尾から降りる。
どうしようか考えながらテントに戻った。
「少しよろしいかしら?」
「はい? どちら様でしょうか?」
これから考えなければいけない時に……。
そう思っていると、テントに入ってきたのはユリ様だった。
彼女の後ろには執事とメイドさんが控えている。
「えーと、ユリ……様でよろしいのでしょうか?」
「ええ、好きに呼んで頂戴」
「ありがとうございます。それで、どのようなご用件でしょうか?」
今から作れと言われたりするのだろうか?
まだ生地が出来上がっていないので、出すことはできないのだけれど……。
「今、お困りのようですわね」
「ええ……実は明日の料理を変えろと言われてしまって」
「その問題。解決して差し上げましょうか?」
「本当ですか?」
わたしは目が覚めるのが分かる。
これなら明日もこのまま営業を……。
しかし、そう単純な話でもなかった。
「ええ、ですが、あなたには宣言をしていただきます」
「……どのような?」
「わたくしの専属の料理人となる……という宣言をしていただきます」
「わたしが……ユリ様専属の料理人に?」
「ええ、そう宣言してくださり、これからもそのようにしてくだされば。今回の問題、解決して差し上げますわ。カレン。わたくし専属の料理人になりなさい」
これは……わたしへの脅迫だったりするのだろうか。




