第30話 大会初日
ウェリス侯爵が屋台料理大会の開催を宣言してすぐ。
ドドドドドドドドドドドド。
地震かと勘違いする程の地鳴りがした。
しかし、それは地震ではなく人の波だ。
人々が津波のように屋台に押し寄せ、あっという間に囲まれる。
「こっち一つ!」「こっちは10個くれ!」「持ち帰り用の箱とかない!?」「中身だけとかあったりしないの!?」「外側はこれどうなってんだ!?」「初めてだけど美味しいのこれ!?」「ちょっと値段安くならないの!?」
わたしもだけれど、他のみんなも気圧されてしまう。
それくらい、圧倒的にみながみな好き勝手にしゃべり、どう対応していいか分からないくらい押し付けてくる。
ただ、こういう時に頼りになるのはアミアさんだった。
「はいはい! ちゃんと並んで1人ずつ話してくれよな! じゃないと提供が遅れるぞ! 話も聞くからちゃんと並んでくれ!」
アミアさんはいち早く圧倒的な状況から立ち直り、お客様達を整えていく。
その後先頭に並んだ人がまず口を開く。
「で、こいつはなんて料理だ? ガレットに似てる気がするが……」
「こいつはハンバーグクレープっていう代物だ。この街で初めて出す最高に美味い料理だ、あんたついてるぜ」
「ハンバーグクレープ?」
彼はそう言ってわたし達の手元を見る。
まず、わたしはタルで大量に作った生地をおたまですくい九尾に造ってもらった鉄板の上に広げる。
ただ、この時は現代日本のような薄くは出来なかった。
小麦粉の問題で、全粒粉になるのため少し厚め……3㎜くらいの厚さで作る。
ここも少し問題があり、厚みがあるということは焼ける時間がよりかかるということ。
1枚焼くのに2分弱はかかるので、3つコンロを同時に使うことで量を生産することにしていた。
それが焼けたらアミアさんの前に置く。
アミアさんを挟んで反対側では、ソラがハンバーグに最後の火を入れてくれている。
ハンバーグに日が通ったら、それをクレープの上に乗せ、隣の鍋からトマトソースをかける。
そしてクルクルと巻いて、九尾に造ってもらった専用のスタンドで保存。
後はアミアさんがそれにクルクルと葉っぱで包んでお客様に渡す。
という流れだ。
ちなみにモミジはずっと火の調整をしてくれていて、九尾は後ろで様々な雑用を魔法で片づけてくれていた。
ミノタウロスの肉とオークの肉をあいびきで使っている都合上、少々お値段が高くなる。
1000ゴールドとお高めだけれど、決して手が出ない程ではない。
というか、儲けとかほとんど出ないようになっている。
食材の原価と売値等も作る料理から最低限の値段にするなど、細かい取り決めがあるのが、それのギリギリだ。
この街では見ない食べ物だし、これなら売れると踏んだ。
「ハンバーグにクレープ……どっちも知らねぇや」
「なら食べていってくんな! はい! 一つ!」
「あ、ああ」
彼はお金を払ってアミアさんからクレープを受け取り、脇にずれる。
そして、ひとくち食べる。
わたしはクレープ生地を3つのコンロで同時に焼きながら彼の様子を伺う。
「うっま! 美味いぞこれ! 肉と赤いソースの旨味が絶妙にマッチしていてやばい! そんで、この包んでるクレープ? これも……うわぁ! まじか! 肉とソースとパン? これを全部食べるともう……止められねぇよ!」
「ほんとだ! これすごい、すごいわ! これだけの味をたった1000ゴールドでいいのって感じ!? お肉から湧き出る脂とソースの酸味と甘みがほんともう……たまらないわ! クレープっていうこの生地? これも噛み応えがあって食べ応え抜群! すっごい!」
「おいおい! これ最後の方まで食べ進めると、底にたまったソースとかあふれだした肉汁が混じり合って最後まで美味さたっぷりだぜ!? 上だけ食ったら終わりじゃねーってところがまた最高だな!」
という感じで、とりあえずはみんなに好評なようで嬉しい。
そうやって機械的に自分の仕事を分業としてはじめて、徐々にならしていく。
という感じでやっていたんだけれど……。
昼が近くなると、より人が増えて対応がきびしくなる。
「早くしてくれよ!」
「こちとら朝から待ってんだぞ!」
「おい! 横ぬかしするな!」
という感じで、人が増えると厄介ごとも増える。
その対処にアミアさんが屋台を離れると、わたしが会計などもやることになり、クルクル巻くのもソラがやる。
結果、クレープ生地を焼く量が減り、ハンバーグの火入れも遅くなる。
そしてどんどん遅れていくという自体になってきた。
そんな所に。
「あら、とても楽しそうね?」
エレウムさんが来た。
わたしは即座に屋台から出て彼女の腕にわたしの腕をからめる。
反対側はわたしと同時に出てきていたアミアさんが押さえていた。
「あら、積極的ね2人とも。どうしたの?」
「「手伝って」」
「え」
わたしは彼女を屋台内に連行し、そのまま売り子をしてもらう。
「えーっと、何を……」
「とりあえず1つ1000ゴールドで販売担当をお願いします。アミアさんは列の整理や、呼び込みをお願いしますわ」
「任せとけ!」
アミアさんはすぐに頷いて屋台の外での問題解決に当たる。
エレウムさんも商売をし続けていたので、問題なさそうだ。
わからなさそうな時にはわたしが口で説明をすると、エレウムさんも覚えて次からは自分で言えるようになっていた。
クレープの包み方もすぐに上達し、接客も完璧だった。
これならなんとかギリギリ回せる気がする。
正直、この大会が始まる前は、どこか隙を見て他の屋台を見にいこうと思っていた。
ミノタウロスサンドの所も何を出しているか気になるし、他の屋台の出している料理の調査もしたかった。
でも、そんな時間はない!
はっきり言ってない!
目の前の生地を焼き続けることだけで限界だった。
というか、生地はある程度多く造っていた。
そのために自由時間も使って生地をひたすらに焼いていたのだから。
けれど、来客のピーク時は生地が残り3枚になるなど、かなりピンチな状況に陥った。
なので3つのコンロで全て焼き続けても、余りができることはほぼなかった。
そして、気づいたら大会1日目が終わってしまっていた。
「はい。それでは本日の分は終了になります。売り上げの確認をさせていただきますがよろしいですか?」
「ええ、構いませんわ」
礼儀正しいモードのハンナさんにそう言って、わたしは屋台から出る。
「確認しました。売り上げは101万5000ゴールドですね。記録しました」
「そんなに出ましたの……」
自分でも実感がない。
というか、焼いていた実感しかない。
「とてもすごかったですよ。コンロ3つで薄い生地を的確に焼いていくのは見ていても楽しかったです。この調子で明日も頑張ってください。今日はお疲れ様でした」
「お疲れさまー」
「お疲れ様。それじゃあ今夜はみんなで飲もうかしら? これだけ頑張ったんだからいいわよね」
エレウムさんがそう言ってくれる。
けれど……。
「エレウムさん。わたしはやることがありますので、申し訳ないですが参加できません。というか、まずは今回は手伝ってくださってありがとうございますわ」
「いいわよ~。私の店だとゆっくりと話すのが基本だから、こういうのはいい刺激になるわ。というか、明日も必要かしら?」
「よろしいのですか?」
願ってもない申し出だ。
「いいわよ。アミアが明日も来いよって顔してたし」
「そんな顔してたか!?」
「してたわよ。ま、明日は何時にくればいいの?」
「9時開始ですので、それよりも前に来てくださると助かりますわ」
「そ、じゃあその時間のちょっと前に来るわ。いやー今日は頑張ったわ。それじゃあ私は帰るわね」
エレウムさんがそう言うので、頭を深く下げる。
「本当に助かりました。明日もよろしくお願いします」
「ふふ、そんな頭を下げないで。でもそうね、なら今度はあなたが私の店で化粧用の油を買っていってね」
「明日の分の仕込みをしないといけないのですわ」
「明日じゃなくてもいいのよ。それじゃ、またね」
「ありがとうございます。このお礼はいずれ必ず」
わたしはそう言って申し出てくれるエレウムさんに感謝する。
流石に夜遅くまで準備を手伝わせる訳にはいかない。
というか、すぐにでも明日の準備をしなければ。
「と、明日の準備がありますので、とりあえず今日はこれで……」
「その準備は必要ない」
「?」
初めて聞いた声がわたし達の耳に届く。
誰だろうと思ってそちらの方を見ると、貴族の格好をした男性が立っていた。
「聞こえなかったか? 貴様らは明日、屋台を開くことはできない」
「え……なぜ……でしょうか?」
「今回の大会の安全部門の責任者として、わたしがそう決めた。分かったら屋台をたたんで家にでも帰るといい」
わたしは、彼が何を言っているのが意味が分からなかった。




