第12話 油商のエレウム
「ちょ、それ以上近づくな!」
「えー。いいじゃない……あなたは磨けばもっと光るわよぉ?」
「いいよ……魚扱っててそんな時間ねーし」
「あの……どういうご関係で?」
わたしは思わずそう聞きたくなる間柄だ。
それに答えてくれるのは真っ赤な目を細めるアミアさん。
「別に関係とかねーよ! 仕事の関係で油を届けたりするだけだ!」
「そんな冷たいわぁ、あんなにしてあげたのにぃ……」
「ふざけんな! 人を油まみれにしやがって」
「普通の子なら大喜びなのよぉ?」
どういうことだろうと思っていると、もしかして……。
「油っていうのは、食用だけでなく、肌に塗ったりするためにも販売しているのですか?」
「そうよぉ。だからこうやって、油を塗れば肌が綺麗になりますよーって見せているんだから」
彼女はそう言って身体を見せつけてくる。
確かに肌はとてもきめ細やかで美しい。
濃い金髪も艶やかで、指を通せばサラサラと流れて行きそうだ。
身長もかなり高く、現代でモデルをやってもいけそうに見えた。
「なるほど、素敵ですわね」
「でしょー? あなたも素敵だからいいのを選んであげましょうかぁ?」
「いえ、わたしは食用油がほしいのですわ。無味無臭に近い物はありませんか? 何種類か味見もさせていただけると助かるのですが」
「そんなこと言わずに……貴族の令嬢もみんなこぞって買っていくのよぉ?」
「今は必要ありませんので」
「アミアちゃんとは違った意味でさっぱりしてるわねぇ。でも、そういう子もお姉さん好きよ」
そう言って細い目をさらに細くし、柔らかく笑う彼女の笑顔は確かに引き込まれそう。
彼女に一歩でも近づけるなら、油を顔に塗りたくるのもいいかもしれない。
と、考える女性が出てきてもおかしくはないだろう。
「ありがとうございますわ」
「それじゃあ案内するわねぇ」
そう言って、彼女は踊り子のような袖を振り、わたし達に背を向けて歩き出す。
すると、アミアさんがこそっと耳打ちをしてくる。
「お前すごいな……普通のやつだったら間違いなくあいつに魅入られてるぞ」
「確かに魅力的な方ですからね。でも、わたしは料理の方が大事なので」
「……ますます気に入ったぜ」
そんなやり取りをしつつ、案内されたツボを見る。
「この油が一番風味は少ないかしら。といっても、あんまり食用では使われないから」
「そうなのですか?」
「ええ、油はオークから結構取れるし安いでしょう? それに、冒険者や海の男達はがっつりしたものを食べたがる。オークの力強い油はそういう意味でも人気なの」
「なるほど、味を見ても?」
「ええ、もちろん」
彼女はそう言って細くきれいな手を伸ばし、ひしゃくで小さな皿に油を取って差し出してくれる。
わたしはそれを受け取り、一口舐めた。
「!」
これは……素晴らしい。
オークの油は確かに美味しいが、オークの油だという主張が強すぎた。
だが、これは植物油のようにサラサラしていて、自己主張も全くと言っていいほどない。
わたしが求めていた油だ。
「ちなみに、これはなんの油なのですか?」
「ふふ、最近入ってきたものでね。つい入れてみたの。北方の方で取れる、ひまわりという花から取れる油だそうよ」
「ひまわり油……」
なるほど、そんな物がこちらにもあったのか。
そして、名前まで同じ……という所に少し驚きつつも、同じならそれを利用しない手はない。
「これがほしいですわ。おいくらですか?」
「あら、即決していいのかしら?」
「一度調理をして試してみたいのです。そして、今後も……ということであれば、大量にほしいと思いますわ」
「うれしいわぁ、商談成立ね」
「はい」
これで商談が成立し、手で抱えられるくらいのツボの油を購入した。
すると、ソラが前に出てくる。
「ニャニャ! ボクの毛並みを良くする最高の油はないかニャ!?」
「おやぁ、ソラさんは興味がおありで?」
「あるニャ! いい物があったらほしいニャ!」
「なるほどぉ。ですが、従魔用のは置いていませんねぇ。今度少しだけ仕入れてみましょうか?」
「お願いするニャ!」
「ソラ? そこまで懐は温かくありませんわよ?」
それどころか大分きつい。
明日から屋台を開いて稼がないとまずいくらいなのだが……。
「大丈夫ニャ! カレンの料理ならぼろ儲けニャ!」
「ソラ……」
まぁ……従魔がほしいと言っているのなら、それくらい買ってあげるのも必要か。
「ほらほら、しっかりと撫でるニャ」
グレーの綺麗な毛並みを差し出してくる彼の背を思い切り撫でまわし、両手を脇の下に入れて持ち上げる。
「ニャニャ」
「すぅ……はぁ……」
「ニャにをしているニャ!? ニャにを吸っているニャ!!??」
ソラが叫ぶが、暴れるようなことはしない。
だが、これくらいはしても許されるだろう。
ああ、最高。
ただのもふもふではない。
彼のお腹側は背中よりも吸い込まれそうなくらいもふもふ、もっふぁもっふぁなのだ。
「時々カレンが怖いニャ……」
「何か?」
「なんでもないニャ」
ということで、油を手に入れたわたし達。
結構街中を移動したりしたので、そろそろ日も落ちそうだ。
「油を確かめるのは明日になりそうですわねぇ」
「どうしてだ? 宿で借りられないのか?」
「わたし達が泊っている宿は朝にしか借りられないのです。夜は居酒屋になっていまして」
「なるほど、じゃあ、これからウチに来るか?」
「流石に戻るのが遅くなりそうなのでやめておきます」
別に多少は遅くても問題ないのだけれど、ソラは寝る時間を気にしている。
睡眠不足は毛に悪い! と言うのもあるのと、フェニックスが小さいからか夜は早いのだ。
「そっか……なら、あそこなら近いか」
「料理が出来る場所があるのですか?」
「ああ、こっちだ」
そう言って彼女が案内してくれたのは、料理ギルドだった。
「ここで調理ってできますの?」
ハンナさんからはそんな説明を受けていないのだけれど……。
「いや、あ、ちょうどいいタイミングだ。ハンナ!」
「ん? アミア……と、カレンさん達? どうしたの」
「ハンナ、これからお前の家に行くからキッチンを貸してくれ」
「突然過ぎるでしょ……誰か来る予定あったらどうするのよ」
「ないだろ。行くぞ」
結論が早い。
けど、ハンナさんも相手はいないのか、黙ってまとめられた髪を揺らし歩いていく。
ハンナさんの家は料理ギルドとわたしが泊まっている宿の間くらい。
そして、屋台を出している所からかなり近い場所にあった。
「さ、入って。散らかってはないから」
「おじゃましまーす!」
「お邪魔いたしますわ」
「ニャ」
「ピ」
「失礼するよ」
と思い思いの言葉で家に入る。
玄関から入ってすぐの所にリビングがあり、そこにキッチンも併設されていた。
「キッチンの食材はなんでも使っていいわよ。カレンならなんでも美味しいものを作ってくれるでしょ」
「お任せくださいな」
わたしはそう答えて深緑のドレスの上からエプロンをかけてキッチンに立ち、すぐ近くの木箱の中身を見る。
そこには様々な野菜が入っていて、見た目はどれも地球の物と同じだ。
「これは……野菜ですか?」
「ええ、あたし実家が野菜農家なのよ。だから時々送ってくれるの」
「なるほど……この……ピクルスは……」
「ああ、酸っぱい奴でしょ。たまに食べるにはいいんだけどねぇ。毎回はきついから割とあまるのよね」
一応野菜の名前と特徴を聞いていくと、地球の物と同じ感じらしい。
木箱の中にあったのはかぼちゃ、玉ねぎ、さつまいもだった。
「これは色々と作ってみたい所ですわね」
「え? 何ー?」
「ですが、まずは海鮮料理を安定して作れるようになることが先ですわね。少々お待ちください。最高の物をお出しします」
それから、わたしが作った料理を食べたみんなの反応は。
「カレン、ここに住んでずっと料理を作ってくれないかしら? こんな料理なら毎日でも、いや、毎食でも食べたいわ!」
「いやいや、カレンはオレの家に来るんだよ。こんな料理があるんならもっと早く知りたかったぜ! 最高に美味いぞ!」
「カレンはボクの主ニャ。勝手は許さないニャ!」
「ピー!」
「美味しいねぇ」
と好評だったので、その後も何回か食材で調整をしつつ、翌日から屋台で出すことにした。
その結果は……。




