第4ターン➁
「この、盗撮野郎!」
言うセリフより早く。
両腕拳をボクシングのファイティングポーズから、すり足でステップを踏みながら、その男の懐に入り、左右のフックで男の顎先をかすめた。
大きく瞬時に頭を振られたことになり、頭の中の脳はかき回され、脳震盪を起こしアッと言う間に、その場に崩れ落ちた。
ドウ、と、受け身も取れず倒れた男を見下ろし、次の瞬間アナベルは「また、やってしまった。」と後悔の念がドッと押し寄せてきて、今度は彼女が青くなった。
所が変わり、男が搬送された病院の一室でアナベルと、メイド二人は心配そうに男を見舞っていた。
首が勢いよく左右に捻られたので首が捻挫、つまりムチウチ症となってしまって、首を固定する器具をはめられ、見るからに痛々しかった。
「でも、盗撮するあなたが・・・。」と、男を非難する言葉を投げかけようとするミーナを、アナベルは制し。
「本当に、ごめんなさい。」
とアナベルは深々と頭を下げた。
下げながら元いた世界での出来事が頭をよぎった。
それは、会社の給湯室で同僚女子社員との雑談の中で、満員電車での痴漢や、知らない間に盗撮された事、勇気を出して、警察に突き出す事も出来るが、それでもまだまだそれは少数、自分ではどうする事も出来なかったり、泣き寝入りして悔しい思いをその給湯室で自分の事の様に聞いていた事を思い出していた。それが有ったから、雑誌の事も相まって体が先に動いてしまった。
言い訳にもならないが、とにかく殴ってしまった事は謝らなくてはと、誠意を込めて頭を下げているアナベルがいた。
話題を変え、ミーナとコリーナは口をそろえていった。
「もしかして、雑誌とかで私たちの事が書かれている事について、何か知ってますか?」と。
暫く三人を見比べていたが、
「ここでは、憚れますのでどうぞ、わがオフィスに。」
思い立ったように、早々に病院を後にし、スチームモービルでそのオフィスに向かった。
かなりの成功者で無ければスチームモービルなど手に入れる事なんて無理と車窓から、市井の人々の顔を見ていた。
好景気になりつつあると言っても、戦に明け暮れていた人々の、その疲弊した表情が流れていった。
そんな人々から、笑顔を取り戻したい。
自分だけじゃない。
ゲームなんかじゃない、今ここに在る現実を。
流れる景色を眺めながらアナベルは思った。
王都中心のビジネス街の一角、三、四階建てのオフィスビルに着いた、広々としたオフィスには、壁一面に人物の写真、ポスターが貼られていた。ブロマイド写真と言う物だろうか、先程の雑誌に似たような写真が飾られていた。
ソファに座らされているアナベルとメイドがいた。
「いや、申し訳ない。」
と扉を開け放ち、その男は入って来た。
そしておもむろに口を開いた。
「戦が終わって、まあ、厳密にいえばまだ戦の火種は残っていることは否めない、が、しかし今、この国は復興の最中、長い戦いで人心は疲弊して、思う存分力を出し切れていない、そこで何が必要か?そう、エンターテインメント、社会に潤いが必要。
社会は欲していると思うのです、確かに国力は、農、産、工、そして科学分野、軍事など大事です。
でも心も豊かにするのも大切です。」
思いの外、彼は真剣に熱弁を振るっていた。
「あなたは誰ですか、あの雑誌の事を聞きたかったのですが。」
アナベルは言った。
男は、
「申し訳ない、あの雑誌の一部がその、あなた方のプライベートに踏み込んだところをチェックできなく申し訳ない、私から各社に声をかけておく。」
謝罪した後。
彼はズイとソファから身を乗り出し、そして、
「でもそんな低俗な雑誌ではなく、私は有名な歌手達を輩出して、歌謡祭では一番にアーティストを送り出しているプロデューサーなんだ。」
彼は、壁にある写真を指差し言った。
「彼も、彼女もあのアーティストたちもみんな私が手掛けた、いや、手掛けていた。」
目を伏せ、寂しそうに、
「しかしこの戦争でその開催は暫く中止され、そもそも、エンターテインメントそのものがそれどころの話ではなくなっていた。
が、戦争も終りに近づき、国の再建にはこの力が必要なんだ。今度、国をあげて、再び戦前の歌謡祭開催することになった。
しかもこんどは新たにテレビジョンと言う媒体も加わり国そのものが大いに盛り上がる、元気付けることになる。
それに参加するにあたってそのアーティスト、歌手、アイドルを探していたんだ。」
そして、思い切ったように。
「いま、この国では噂が持ちきりなんです。」
「噂?」
とアナベルは返した。
「ええ、この国の、自治都市連合国、代表補佐令嬢アナベル・ド・へーニンはおひとが変わられた、と。」
何だか複雑な心境のままアナベルは聞いていた。
「今までとは打って変られてこの国のため、今まで、浪費、散財、奔放さが嘘のように財産をすべてなげうち、国の発展のためご尽力しだしたと。」
そこまで聞いて。
「もし」
と、ユリアは言った。
「もし、私がその自治都市連合国、代表補佐令嬢アナベル・ド・へーニングだったら?」
男はソファから転げ落ちた。
「そそそそんな?」
驚いたのも当然だった。誰もあの、騒動の詳細は知りえなかった、貴族盟約国、第一後継者ハンス・オーゲン・ユルゲンス侯爵子息に一泡吹かせた事の方が大きく、あまりにも騒動が大きすぎて、誰がアナベルの顔を満足に覚えているものはいなかった、ただ、メイドたちの美貌の方が先走ったと言っていい。
アナベルは続けて言った。
「私が誰だろうがどうでもいいのです。あなたの今の言葉信じていいのですね?」
真正面を向いて言った。
「と、言いますと?」
ソファからずれたままプロデューサーは言った。
「歌で、エンターテインメントで、この国を豊かにすると言う事。」
「そうです、私に任せていただければ、この国はおろか世界に名を轟かせて見せます。そしてこの国を豊かにしてみます。」
プロデューサーは居ずまいを正し言った。
「何だか変な事になっちゃったけど。」
帰りの列車の中で、メイドにアナベルは言った。
「大丈夫です、歌には自信がありますから。」
メイド。
流れる車窓を眺めながら、試しにそのプロデューサーの前で歌って見せた事をおもいだしていた。
最初はコリーナとミーナがあの夜の湖畔で歌っていたように。
そして途中からアナベルが二人の歌っている間に入った。
「ローレライ」だった、その三人の歌声は、男の心の琴線に触れ、涙をさそった、そしてこれならいけると確信した。
それぞれの思いを乗せて、列車は煙を上げ、城に向かって帰路に向かっていた。
続けて、目を通していただき、感謝に堪えません、誠にありがとうございます。




