第3ターン➁
やがて、会場に責任者が集まり出したがどの顔も暗く、疲れ果てていた。その顔は景気が良かったり、悪かったりしても無関係だと言わんばかりの、無気力に似た雰囲気だった。
アナベルは、その異常さに、この雰囲気に似た事を思い出した。
そう、元居た会社だった、あの新人君が本社に去った後、入れ違いで上司が変わり、そこからその職場はガラッと雰囲気が変わってしまっていた。
パワハラ、モラハラ、セクハラ、とハラが付くものは何でも横行していた。
このご時世に、と思ったが、どうやら、どこかのお偉いさんのバカ息子らしく、とにかくやりたい放題だった。
おかげで、その事業所の雰囲気も悪くなり、必然成績も悪く、悪い成績を上げるためさらにパワハラが加速していく、そう言ったスパイラルに陥り、やがて、最悪な状況になってしまった。
そんな雰囲気に似ていた。
アナベルは皆に、何か問題点は無いかと、聞いて話見たが皆うつむいたままで何も話そうとしない。それどころか。
「急に手のひらを返されても、」「監視されているから無理だ、」「勝手な事ばっかり、」とボソボソと誰が言っているのか分からない。
そうしていると、会場のドアが勢いよく開き、「誰だ、仕事もせずこんなところで無駄な時間を過ごしている奴は。持ち場に戻れ、このクズども!」
と、ステッキを振り回し、怒鳴り込んできた。
見るからに肉ダルマのように丸々と太った、貴族が。
チラ、とアナベルは達に視線を向けたが何も言わず。
責任者達に向かい再度。
「さあ、クズども、さっさと持ち場に戻れ!この無駄な時間は給料から差っ引くからな。それに遅れた仕事分は残業で返してもらうからな!」
勢いよく、ステッキで空の椅子を叩きながら。
「グズはどこまで行ってもグズ野郎だ、無駄飯は食わさねえぞ!」
アナベルは、元の世界での事がフラッシュバックした。
無理な残業を、気の弱い社員や、女子社員に押し付けたシーン、成績が悪かった社員をずっと怒鳴りつけて、涙でボロボロになっていたシーン、折角、取り付けた成績を横取りする上司を黙認していたシーン、出入りの業者に無理難題を押し付けて、しかも見返りを求め、業者の人が困り果てて絶望しているシーン。
その他色々なシーンが頭を駆け巡っていた。
そして、アナベルの心にある一点に達した時。
ブチッと何かが切れた、と同時に体が動いていた。
アナベルは両手拳を顔の前に構え、風の様に、その貴族の傍まで音もなくすり足で突っ込み、気が付いた時には、顔面に左ジャブ、右ストレートのワンツーがクリーンヒットしていた。
その貴族の肉ダルマはそのまま、膝から崩れ落ち白目をむいて倒れた。
周りの責任者達一同はそれを見て、時間が止まったかのようにシンとしていた。
その静寂を破るように、側にいた召使か使用人かが駆け寄って来て、「旦那様ぁ!」と言って揺さぶっていた。
それを見ながらアナベルは言った。
「あなたのために、働いてないのです!お前なんかにクズ呼ばわりされる筋合いは無いのです!人格まで否定するいわれもありません!どれだけの人が傷ついていると思ってるんですか!」
息を継ぎ続けて言った。
「確かに、今までの私は悪令嬢と呼ばれる位、散財して、贅沢の限りを尽くしていました、みんなに迷惑ばかりかけていました、それはどうしようもない事実です。ごめんなさい。でも、だからと言って未来も悪くなりたくないのです。」
周りの責任者達は固唾をのんで、アナベルたちを見詰めていた。
「確かに、この貴族はうまいこと言って俺達をこき使って、美味しい所だけ自分の物にする。だが、アナベル様は俺達と同じ様に怒ってくれた。しかも鉄拳までくらわしてくれた。」
一人の責任者が言った。
「確かに、今のアナベル様は、本当にお人が変わったようだ、町の人間が言っていたが、この目で見るまで信じられなかった。」
もう一人の年老いた責任者が帽子を取り握り締めた。
「そうだ、今のアナベル様なら間違いないねえ。」
奥の方にいた何人かは激しく頷き、声を上げた。
「そうだ、そうだ」
会場の中の皆は声を上げた。
そしてそれは勝鬨のようにいつまでも響いた。
パンパンに腫れた顔に氷を乗せて、その貴族はベッドの上にいた。
アナベルが、様子を見に屋敷の者に声をかけ、メイド二人と一緒にその貴族の部屋に入り、声をかけた。
貴族はまた殴られるのではないかと、身構えたが。
「ごめんなさい。」
と頭を下げるアナベルを見た。
貴族は驚きで目を丸くした。もっとも、顔がはれているので喋ることは出来なかったが。
アナベルは続けた。
「これだけの規模の工業地帯を一手に運営していたんだもの、そのプレッシャーは相当なものだと思うわ、多分夜も眠れずにいた日々は数えきれない事だと思う。」
暖炉の上に飾ってある、写真の中の一人を示し。
「多分ストレスで、過食してしまったからでしょう。そこにある写真のアナタはとってもスリム。」
向き直って、
「なぐってごめんなさい、でもあの人たちに対する言葉の暴力はどうしても許せなかったの。私の元いた所がそうだったから。」
一呼吸置いて、
「あとの事はお願いします。」
ペコリと頭を下げ、はにかんで笑った。
貴族は言葉を発する代わりに、敬礼をした。その目は心なしか穏やかに見えた。
後日、アナベルはその工場地帯の新しい製品のテレビジョンと、レイディオと言う画像音声受信装置と音声受信装置が開発され、生産が本格化し、瞬く間に景気は跳ね上がった、とヴァルから報告を受けた。
拙作に目を通していただき誠にありがとうございます。三話は二分割になりましたが、申し訳ありません。




