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第8ターン④

 今度は正反対の態度に戸惑っていた。


 ヴァル君が、急によそよそしくなってしまっていた。

 特に心当たりはないけれど、施設から帰って来てからだ。

 特にこちらから言うことでも無いと思って、そのままにしておいた。


 でも時間が経つにつれ、何だかそれが不機嫌に映って、そしてもやもやになっていき、ついにはピリピリしてきた。

 それはコリーナや、ミーナ、執務室のみんなにも伝わり変な空気になっていった。

 たまりかねて、ミーナが私に言った。

「アナベル様、申し訳ありませんが、痴話げんかはプライベートな時にしてください。」

 そう言うと、コリーナも参戦してきて。

「そうです、みんなの空気が最悪です。」


 私は確かに機嫌が悪くなっていたかも。

 でも、痴話げんかって、別に恋人でも何でもないヴァルくんと、なんでそんな喧嘩しなきゃならないの。

 みんなに勝手に理解されている事に戸惑いと怒りが沸き上がった。

 ここはひとつ、元凶のヴァル君に凸った。

「あの、私があなたに何かした?」


 少し間があった。


 そして次の瞬間、心のどこかにズキッとうずくものが有った。

 嫌な気持ち、あの独特の気持ちが混みあがって来た。

 告白をして、断られるあの時の気持ちのような。

 いやいやいや、告白も何もヴァル君とは何もそんな関係じゃないのに。


「ごめんなさい。」

 ヴァル君。

(あれ?私告白してたんだっけ?そこで断れてるんだっけ?)

 と自分の思考が追いついていなかった。

「あの施設は実は、」

(え、え、え、施設?)

「良からぬ噂がありまして、どうお伝えしたらいいのか悩んでいました。」

(ああ、あの施設ね。希望の山脈ね。)

 なんだかドッと疲れた。


 それを見てなのだろうか余計に恐縮して。

「本当にごめんなさい、もっと早く、詳しく調べるべきでした。すぐに警務兵を呼んで取り締まりに当たらせます。」

 そう言って飛び出そうとする彼を引き止めた。

「とにかく、もう一度私たちで行ってこの目で確かめましょう。」

 と、言ってふと気づけば、周りの人たちが思いっきり私たちの言動を耳を死ぬほど大きくして聞いているのが分かった。


「あー、じゃあ近いうちにあの施設に行きましょう。」

 と、わざと大声で周りのみんなに痴話げんかじゃ無い、ただの打合せと思わせるのに顔から火が出るほど恥ずかしかった。


「そう言えば、警務兵に取り締まってもらわ無ければならない事って?」

 アナベルは今更ながらと思いながら、スチームモビルの中でヴァル君い聞いた。

「え?」

 少し驚いた様に聞き返し言葉を繋いだ。

「人身売買です。」

 アナベルの地が一気に怒りでたぎった。


 ザワッと。


 怒りが拳にみなぎって来た。

 子供たちを食い物にするなんて、私はあの時のシスターの笑顔が偽物だなんて思いたくなかった。

 でも、もしそうであるならば女性と言えども、この私がこの拳で沈めてやる。

 そう心の中で叫びながら、その施設に向かった。

 (せっかく衣装を用意して、みんなのために歌おうと思っていたのに。)

 子供たちみんなを護るため、ギュッとアナベルの拳に力が再び入った。

 畳まれた衣装が、もの悲しくそこにあった。


 やっぱり鬱蒼とした扉が目の前にある。

 ヴァル君が

「一応確認してからお願いします。」

「分かった。」


 シスターアンナは相変らず素敵な笑顔だった。

「いらっしゃい、みんな楽しみにしていました。」

 そして、その顔はすぐ曇った。

 アナベルの表情が尋常ではない事がそうさせた。

「お伺いしたいことがあります。」

 アナベルは、押し殺したように言った。

 周りの子供たちはその雰囲気を察したのか。

「どうしたの?」

「お歌聞かせてくれるんでしょ?」

「おねえちゃん怒ってるの?」

「お姉ちゃん怖い!」

 その声を聞いてハッとした。

 シスターアンナは、アナベル達を別室に促した。


「多分、悪い噂をお聞きになったのでしょう。」

 別室で、シスターアンナは静かに言った。

「噂かどうか、詳しくお聞き願えませんか?」

 アナベルはしずかに落ち着いて、出来るだけゆっくり言った。

「大丈夫です、そんなことはしておりません、というかそんなことは出来ません。」

「証拠は?」

 アナベル。

「そうですね、ご覧ください。」

 そう言うと、シスターアンナは、アナベルの側まで来て手を差し出し。

「触ってみて下さい。」

 そう言ってアナベルを促した。

 アナベルは恐る恐るその手を触ろうと、手を差し出すと空を切った。

「え?」

 アナベルの手はむなしく空を切った。

 何度も触ろうとしたが同じだった。


「どういうこと?」

 アナベルは混乱してシスターアンナに言った。

 その言葉に答える代わりに、彼女は子供たちをこの部屋に呼んだ。沢山の子供たちがあっという間に一杯になった。

「この子達は前の大戦で、私共々この世の者でなくなりました。」

「え、え、え?」

 アナベルは、目の前のシスターの言っている事を信じられなかった。

 だが、実際触ることが出来なかったことを思い返し、目の前のことを信じるしかなかった。


「私が先に死んでこの子達を残して、フォルクヴァング(天国)に行くことが出来なかった、この子達を導かなければならなかったから。」

 シスターアンナはまとわりつく子供たちを、優しい瞳で眺めながら続けた。

「その内、この地に縛られてしまった。あまりにもこの世に長居しすぎたから。そんな時あなたの歌声を町で聞き及んで。もしかしたら私たちを救ってくれるのかもと思って。」

「それで私の歌を聞きたいと。」

 アナベル。


「ええ、お願いします、私たちをフォルクヴァング(天国)へ導いてくださいその(善き力)で。」

((善き力)そんなものなんて私にあるのだろうか?

 私は学生の頃多少コーラス部で歌をかじってただけ、しかも社会人になって単なる社畜のストレス解消のため、始めたボクシングが上手なだけ。

 ただそれだけなのに。)

 気が付くと、子供たちみんなはアナベルを静かに見ていた。

 シスターアンナも。


 アナベルは。

 心を落ち着かせ、心の底からその歌を歌った。 


 アヴェマリアを。


(アヴェマリア 我が聖なる乙女 一人の娘の祈りが厳しいここから届いますよう。


 どんな厳しくとも日単位暮れる娘の願いを聞き届け下さい。 


 我が聖なる乙女 あなたの穢れ亡き愛に包まれれば 厳しいこの世はあなたのおかげで花の匂いに包まれる 我が願いを聞き届けたまえ。


 我が聖なる乙女 どんな悪魔が来ても あなたの聖なる微笑みで退け従わせることが出来るでしょう。

 我が娘の願いをあのかたのもとへお届けください 我が聖なる乙女)


 と、心を込め、この空間の全てが浄化する様、喜びに満ちるよう。


 歌った。


 光が眩しかった。

 涙が自然にあふれ出してきた。


 陽の光が差し込みその光はまぶしく、この日の光以上の輝きが辺りを包み込んだ。

 シスターアンナの周りにいた子供たちがみるみる光り輝き出し、浮かびだした。


 まるでそう、絵画にある天使のそのものだった。


 歌いながら涙が流れるままだった。

 彼女、彼等はみんな満面の笑みでシスターアンナの周りを飛び回り、そして一緒に浮かび飛んだ。

 シスターアンナは私たちに向かい微笑みながら。


「ありがとうございます、これで私たちは旅立てます。心優しいあなた方のおかげです。」

 周りの子供たちを見て、纏わりつく子供たちを見ながら。

「願わくば、私たちのような子供たちを増やさない様にしてください。」


 子供たちに手を引っ張られながら。


「それが出来るのは、貴女しかいません。」

 そう言い終わると、周りの子供たちは笑顔でこちらに手を振りながら、空に舞い上がり光の束の方に進んで行った。

「ありがとう。」

「またあそぼう。」

「またね。」

「さようなら。」

 と、みんな口々に挨拶をかわし一人また一人と空高く舞い上がり光の中に消えて言った。

「来てくれて、歌ってくれて、約束を守ってくれてありがとう、遊んでくれたこと忘れないよ。」


 あの子だ。


 彼女が最後の挨拶をすると、みんなと同じく光の束の中に消えて言った。

「きっとあなたは幸せになれます。ほんとうに有難う。」

 子供たちが光の束の中に消えて行ったあと、最後にシスターアンナがそう言ってみんなの後に続き消えて言った。


 一層光ったかと思うと、目が眩み暫くは何もにも見えなかった。

 目が慣れてきて、周りを見渡すとそこは鬱蒼と雑草が生え放題の荒れ地がひろがっていた。

 いや、厳密に言うと、何か建物が立っていたであろう跡はあった。

 朽ちた柱が数本延びていて、その根元には崩れた煉瓦造りの壁が崩れたうず高くなっていた。

 それらを隠すように雑草や木々が生い茂っていた。

 ただ、あの鬱蒼とした門だけはそこに形を留めていた。


 アナベルはそこを後にしながら、(もう、エクストラシナリオとか言ってられない、私がこんな戦を止めて見せる。あんな子達を増やさないため。)

 そう思いながら歩むその歩みは、ここに来るとき以上に力強かった。


 その時、

「ありがとう。」

 もう一度そう聞こえたのは空耳では無かった。


拙作に目を通していただき誠にありがとうございます。感謝いたします。

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