第8ターン③
執務室で書類の整理をしていると、ヴァル君が入って来た。
いつもの風景、いつもの事なのだが、いつもと違う自分にどうしたらいいか自分でも持て余している。
その理由は大体察しが付く。
アメージンググレイスをヴァル君のために歌ったあの日からだ。
そのいつもでない事を彼、ヴァル君に気取られてはならない一心で平静を保っている。
が。
現実世界でも、この手の対処法のスキルは学生の時はそのチャンスすらなく、あまつさえ社会人になっても、社会に出て同時に社畜ブラックに陥ってしまった自分には乙女ゲームでしかそのスキルを磨く術はなかった。
なので、私にはそれが自分で何なのか、どうすればいいのか全く分からなかった。
あの私を見る時のあの潤んだ瞳。
ちょっとしたことでも気が付いたら側に来てフォローしてくれる。
気が付けば眼が合う。
この前なんか、私が二、三日地方に出張で留守にして、帰ってきたときのヴァル君の顔ったら、飼ってた犬が、主人に飛びつく顔になってて、気を利かしてコリーナやミーナが慌てて席を外す位。
要は彼の好き好きがダダ洩れの状態なのだ。
不器用な私でも分かってしまう位だから。
さて、複雑。
まずこのエクストラシナリオのクリア条件が子息からの溺愛。
ヴァル君の気持ちは嬉しいのだが。
と、そんなに恋愛にもったいないことが出来る身分か?
と、自分自身恋愛に贅沢になっているなんて。
と、我に返ると目の前にヴァル君が。
「あー。」
私は思わず大声が出てしまった。
その声の弾みで、彼は持っていた書類をバラ撒いてしまっていた。
「ごめんなさい。」
私。
「すみません。」
ヴァル君。
一緒にかがんでしまったので、もうほとんど彼の顔がもう触れるところまで。
(ヤバい、ヤバい、ヤバい)
思わず、ボクシングのバックステップで離れた。
心臓が、一ラウンドミット打ちした位、早打ちしだしていた。
でも平静を保ちつつ。
「ど、どうしたのヴァル君?」
ド、ド、ド、とまだ早鳴る心臓を押さえつつ。
するとまた、気を利かしてコリーナやミーナが慌てて席を外した。
「覚えてらっしゃい。」
と私は恨みにも似た念を送っていた。
ヴァル君は少し驚いた様子で、一枚の資料を私に差しだした。
その表紙には、(希望の山脈)とあった。
「これは?」
私、
「これは児童施設みたいです。戦で親と離れ離れになった子供や、親が戦で亡くなったりとか・・・。」
ヴァル君。
「戦災孤児。」
その言葉が頭をよぎり、言葉に出た。
「その様です、今ではもう大きな戦は無くなりましたが、やはりいまだ途切れることは無いようです。」
少し曇った顔になった、ヴァル君。
その顔を横でジッと見る私そして少し考えて。
そこで気合を入れて彼に言った。
「じゃあ、そこの子供たちが私みたいな歌を聞きたいとなったら、これはもう行くしかないでしょ。」
私は努めて元気に、ヴァル君に声をかけてみた。
すると彼は驚きとうれしさが入り混じった顔で。
「分かりました、じゃあ、私が先方と話を通しておきます。急にアナベル様が訪問したら、さぞ驚かれるでしょうから。」
と。
「お願いするわ。」
ヴァル君が執務室を離れ、姿が見えなくなると同時に。
「ヴァファー!」
と、思いっきり息を吐き、緊張の空気を抜いた。
側にいたコリーナ、ミーナも知らない間にまた、傍に寄って来てくれた。
丁度良いタイミングで来てくれたと思い。
二人に。
「人前で歌を披露する機会が出来たわ。本番練習と思って歌いに行きましょう。」
と、私を置いて逃げ出したコリーナ、ミーナに、少し悪戯っぽく仕返ししてやった。
☆
その施設は町の外れにあった。
鬱蒼とした、山の斜面にそれは立っていた。
古い洋館を改築したような感じだった。
決して綺麗なとは言い難い建物だった。
大きな鉄の扉があった。まるで監獄のそれのように重々しく開いた。
通させてもらうと、広場があって右手には大きな植樹があろ反対側には遊具と砂場、水場があり案外明るく数人の児童が広場で遊んでいた。
正面には煉瓦造りの三階建ての建物で、採光が良いように窓ガラスが大きくとってあり、扉の向こう側と印象が違っていたことに驚いていた。
すると児童の一人二人と近づいてきて「こんにちは、」と口々に挨拶をしてくれた。
そして一人が私の手を掴むと、「こっち」と言って砂場の方に連れていかれて、「これ」と言ってスコップを渡され、なし崩し的に砂場で児童と遊ぶことになってしまった。
かなりの泥団子と、砂の山を数個作ったところで。
「アナベル様。何をされてるんですか?」
打ち合わせをするため、先にこの施設の責任者、園長と合っていたヴァル君が私を呼びに来た。
園長室に通された私たちは、園長の名前をシスターアンナと自己紹介された。
この施設の歴史は長く大戦前からあると言う。
そんな、ここの園児たちに是非元気になってもらおうと。
私たちは、音楽会で歌を披露したいことを正式に伝えると。
ニコニコして聞いていた園長が、その長い髪をサラサラとなびかせ、私の手を取り新緑色をした瞳を潤ませ。
「私たちのために御歌を披露して下さるなんて。」
と、祈るように私の手を握った。
そんなに感動されるとは思わなく、ドギマギしてしまった。
その時フト誰かに見られている様な視線を感じ、フトそちらの方に目を向けるとあの時の少女が庭の方で立っていて、私たちに手を振っていた。
「あの子は?」
とシスターアンナにたずねると。
「どの子です?」と庭にたくさんの園児が遊んでいた。
探しているうちに、彼女は手を振って直ぐどこかに走り去ってしまった。
「またお会いできるでしょう。」
と、シスターアンナは向きなおり今後の日程の打ち合わせに入った。
私は走り去った後の庭に、彼女を探していた。
いつも目を通して下さり、誠に感謝いたします。




