第1ターン
相変わらず扉の向こうで彼女の名を呼びながら、扉を叩いていた。
騒がしい。
扉の前で一つ深呼吸をして、この先出たとこ勝負、女は度胸!そう独り言を言って扉を開けた。
同時に壁に掛けていた時計の鐘の音が鳴り、ハッと壁の時計を見ると、時を刻みだしていた。
もう、後には引けないと心の中で思い、周りを見渡すと。
心配そうに口々に、執事や侍女、メイドたちが私の周りを取り囲み口々に私をいかに心配していたのか、うるさい位、いや異常とも取れるほどの上を下に、騒がしかった。
「みんな落ち着いて」と、「ごめんなさい、返事もしなくて」、と言うと周りのみんなは、水を張ったように、シンとなった。
そして、物珍しいものを見るように目を見開いて彼女を凝視して固まっていた。
それを見て逆に、何かとんでもない事を言ってしまったのではないかと、今発した言葉をもう一度頭の中で繰り返した。
暫くして一番先頭にいた本当に綺麗な、二次元から飛び出したような美人メイドが、恐る恐る声を掛けた。
「あの、御気分でも、お悪いのでしょうかと?」と。
名前はミーナ、ミーナ神楽と言うらしい。
ミーナのオドオドした雰囲気を他所に執事やメイド、侍女の間では頭を寄せ合いコソコソと何か小声で話をし合っていた。
所々漏れ聞こえるのは、「どうしたのかしら、」とか、「謝る単語なんて聞いたことが無い」、「ごめんなさいなんて聞いたこと無くてよ」、「おお、お嬢様が・・」、とか、ある物は奇異を見る目で、ある者は涙を拭う者、ある者は驚きのあまり、口に手を当てたまま固まる者。
何が何だかさっぱり分からないまま、茫然と立っていた。
そして、先程アナベルに声を掛けたミーナがもう一度声を掛けた。
「お水をお持ちしましょうか」と。
「いや、大丈夫自分で行きます、水くらい自分で汲んできますから。」と、同時にそのメイドに「水の場所は何処かしら」と、尋ねて歩き出した。
すると止まっていたメイド、侍女、執事たちが「お待ちください。」と、行く手を阻むと言うほどに、歩き出したアナベルを囲みだした。
水の場所まで行こうとする彼女を囲むメイドや執事たち後ろの方で、何かバタバタとざわつき出した。
「なんの騒ぎかしら、まあ、ドブネズミがまだこんなところにいらっしゃるなんて、なんて我が亡き父は御心がお広いのでしょう。しかも、いつまでこの国の、自治都市連合国、代表補佐としてふるまっているのかしら。」
声を掛けてきたのは、エリザベート義姉だった。
キャンペーンは並行して進んでいる。
初期設定の自治都市連合国、代表補佐アナベル・ド・へーニング令嬢のスタート序盤から今現在の終盤のストーリーまでエピソードは進んでいて、その間のストーリーはもう、完了している。
その過程でアナベルはこのエリザベート義姉にすべてを持っていかれてしまっていた。
いや、義母マリアにもだ。
実母が亡くなり、後添いとしてこの義姉とその母が今は亡き父の前に現れた。
父が亡くなる前に現れた母娘。
黒い噂は後を絶たない。
最初から、この母娘はアナベルにつらく当たり、アナベルもそれに抗うように全く人が変わってしまっていた。
そうして、口々にこういわれるようになっていった。
悪役令嬢ではなく「悪令嬢」と。
だが、今はそんなことを言っている暇はない。
戦略パートをクリアしなければ生き残れない、この国が無くなってしまう。
知っているのは私だけ、声を掛けてきたエリザベート義姉に構っている暇なんてない。
そう思って、今は此の騒ぎを納めなければと思い、エリザベート義姉を置き去りにし、改めて目の前のメイドや、執事たちに声を掛けた。
「私、何か、気に障る事や、変な事をしました?もしそうなら謝罪するわ。もし、呼んでも部屋から出てこなかったことを咎められるのなら合わせて、この通りごめんなさい。」と、頭を下げた。
下げた頭の上から、どよめきが聞えた。
そのどよめきの中から年老いた、一番の年長であろう執事が進み出ていった。「亡き大殿様の言うとりですじゃ、(いつかは分かってくれると、信じてあげてくれ。)と、おっしゃってたのはこの事じゃ。」と私の前に跪き、ハンカチで目を覆い溢れる涙を拭っていた。
その場にいた、侍女やメイドたちが今度は寄せ合いながら涙を流し始めた。
それを見ていた、エリザベート義姉は、「フン、何があったのか知らないけれど、いよいよ最後だからと言って改心したってもう無駄なんだから。」
と言って毒気を抜かれた様に、足早に去っていった。
彼女の後姿を見送った。
見送りながら、アナベルは「謝罪の言葉や一つでこんなに感動されて、涙を流されるなんて、どんなに人格が今まで悪かったのかしら。」と思っていた。
水を汲み終わり、のどを潤すと、メイドが水飲み場で話をしてくれた。
今までアナベルと言う人間がいかに傲慢で、散財をして、贅の限りを尽くしていたか。
人を蔑み、自分以外の人間は決して信じようとしない。
悪令嬢を絵にかいたような人間だった。
大殿様の後添いの継母に辛く扱われ、連れ子の娘の方をあからさまに依怙贔屓していた、という。
あからさまに。
継母の、義姉の、酷い仕打ちに自棄になって人が変わった。
だから、たかが、謝罪や、ご自分で何かをすると言う他愛もない事だが、あの酷い時のアナベル様を知っている者ならば誰も信じることは出来なかったと言う。
そこまで言うと、また目頭を押さえ始めた。
その横顔を見てアナベルは人格が変わる位の仕打ちって。と、思っていた。
ハッと気が付きアナベルはそうだ、と言いながら、まだこのターンは終わってない、本格的に委任からマニュアルの操作をしなければ。
何を言っているのか分からない状態のメイドにこう告げた。
「この国の執務室は何処?」
「お嬢様、いくらお人が変わったとおっしゃっても、内政に口をはさむのは憚られます。」
アナベルにすがりながらメイドはいった、そう言った彼女をみると、ミーナと違って切れ長の目の、細い顔立ち、長い黒髪、あの二次元のメイドにも負けず劣らずの美少女がいた。
名前はコリーナと言うらしい、コリーナ霧島。
コリーナは、「何か私の顔についてますか?」と言ってきたので、アナベルは「いや、何も。とにかく執務室に。」と無理矢理進んで行った。
行政の各省庁の人間が詰めている行政局に乗込んで、中の人間たちは倒れるのではないかと言う位の事を言ってのけた。
それは、予算は全て内政に回す、しかも国民に、領民に、予算の全てを全振りする事を言ってのけた。
皆席からひっくり返らんばかりだった。
それと、アナベルが散財していた予算の全て。
貴族関係に分配される予算、特権階級に猶予されている税金の徴収。
王室の予算の全てを最低限残し、わが国の予算の国家運営費を、全て国民が潤うために投入する。
農工産業に力を注ぐ。
早急に、この国を他の国がうらやむほど潤っている国にする。
そう言って、全ての裁可の印を押して回った。
やっている事はほとんど無茶苦茶だった。
ほどなくして、義母マリア、義姉エリザベートが顔を真っ赤にしてやって来た、「これはどうしたことか、私の屋敷が全て他の人間の物になっておるではないか。」と、そして「新居が取り上げられているのはどういった事。」と。
まだ、義母や義姉は次期皇后予定者、だけであって、この国の権限、権力その他は、亡父から直接譲禅されているアナベルの物だった。
だから、散財が許されていたし、今回のような無茶な予算運営が出来た。
国を発展させるには、今それを元通りにしている、いや、それ以上の事をしなくては。
アナベルは、義母、義妹、周りの大臣、官僚、貴族が喚き散らすのを無視して、嵐の様に裁可しまくっていた。
ただ、ただこの国の人々の為に、ゲームクリアの為に。
もうすぐ、一ターン目が終わる。
セーブポイントに行くタイミングだ。
セーブポイントの部屋まで続く長い廊下を、喧々諤々、喧々囂々となっている執務室を後にした。
拙作に目を通していただき、誠にありがとうございます。




