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チュートリアル

 あ、という間に高く跳ね上げられ、そのまま意識はどこかへ飛んでいった。


 車にはねられたのだ、そう思いながら、空に浮きながら、スローモーションのように空がゆっくり回転して、夜空に輝く星々をゆっくり眺めていった。


 そして意識は強制的に閉じられた。



 次の瞬間、彼女が目を覚ますと、体には真っ白な柔らかい、シルクのような、布が体に、胸まで覆い被さっていた。


 いい香りのする、頭が沈み込むくらいの柔らかい枕、そして胸の辺り迄かけられている布。

 それが寝具だと分かるにはそんなに時間はかからなかった。

 天井は見えない、正確に言うと天蓋の布が敷き詰められているため、天井は見えない。

 視線を左右に振ると右側で人影があった。

 状況が飲み込めず、病院に担ぎ込まれたのだろう、跳ね上げられた感覚が残っている。そう思い、看護師に声を掛けた。

 途端に天蓋から垂れかかっている布をサッと開いて、人影が確かなものになった。


 驚いた。


 彼女の表情と、私自身が。

 メイド喫茶のメイド服そのものの女性が、勢いよく覗き込んだからだ。

 そして、

「ッギャー。」

「アナベル様、アナベル様が、眼をお覚ましになられましたー。」

 と、叫んで視界から消え、ドアの開ける音がして、足音が遠ざかっていった。


 ゆっくり起き上がり天蓋付きのベッドから降り、部屋を見渡し、再び驚愕した。

 ゴシック調のどこかで、否、何度も見た事のある風景の部屋。

 そして壁に掛けられている、鏡に映った自分自身を見て。


 ここは。


 鏡を見て、いつも見ている風景、景色だった。


 乙女ゲーム『ホライゾン・クロニクル群雄闘戦記~戦国令嬢と王子、彼方へ~』のセーブポイントとなる令嬢の部屋だ。


 或る群雄割拠の異世界で各国が勢力を広げつつ、その勢力を拡大して、統一を目指し、主人公令嬢が各国の王子、子息、侯爵などから溺愛される、戦略シミュレーション要素を盛り込んだ、乙女ゲーム。

 シミュレーションゲームと乙女ゲームを一緒に楽しめる触れ込みで思わず買ってやりこんでいた。


 その主人公令嬢の共通の部屋だ。


 帝国、共和国、議会国、貴族国、諸国連合国、諸侯連合国などの国々の、そこの王子様とか、イケオジ領主とか、帝国元首とか、数多のイケメンが文字通り綺羅星の如く、ちりばめられていてイチオシはやはり第二帝枢機卿国のヴァインツアール様と、聖王国のケーニッヒ様がイチオシで。


 それらイケメンたちがあらゆる主人公をめぐって争う所まできて、あと数ターンで決着がつく。

「もう、早く帰って、この土日で攻略して、いや、攻略されてみせるわ。

 ソウソウ、それにはガソリンよ、ガソリン。」

 そう心の声がダダ洩れのままイソイソと、会社帰りにコンビニ行って、たらふくお酒と言うガソリンと、食い物を外に出なくても良いように買って帰る。


 と、意気揚々と自宅に帰る途中、車に跳ね上げられたのだ。


 鏡を見て思い出した。

 そうだ、ここはスタート兼セーブポイントの部屋、全ての主人公令嬢の共通の作りになっている、ここはその部屋だ。


 このゲームをずいぶんやり込んでいたので憶えている。


 気になることがあった。


 先程から名前を呼んでいた。

 その名は、主人公たちのその中でもいくつかある国の中で、弱小国の令嬢アナベル・ド・へーニング。

 たしか、先程のメイドがその名を叫びながら出て行ったはず。

 何度もやっていたから覚えている、まさか彼女に転生するなんて、いくつもある主人公の中でよりによって彼女だなんて。


 殆ど噛ませ犬程度で出てきてあっという間に、退場。

 と、言った主人公だったはず。


 群雄割拠の国の中でも超が付くぐらいの弱小国の令嬢。

 ほとんど彼女のそのシナリオ、キャンペーンシナリオは最高難易度のキャンペーン。

 やり込んだヘビーユーザーでもなかなか手を出さない。

 ふと窓の外を見ると、窓から見えるこの国の国旗がはためいていた。

 この国旗はやはりあの弱小国、自治都市連合国の旗、じゃあ、私は。


 やっぱり。



 扉の向こうでノックする音が響き、そこから先の思考はストップした。

 そして扉の向こうから呼ぶ多分私の事だろう、「アナベル様、どうかなさいましたか?」と女性の声、そして扉を叩く音、再び私と思われる名を呼び続けた。


 その内扉の向こうでは一人が二人、気配で、三人と、話声でだんだん増えていくのが分かった。

 その内男の人の話し声も加わり、扉を開けなくても扉の向こうが分かってしまう位騒がしくなってきた。


 とにかくここは何とか取り繕わなければ、ええと、思い出せ、思い出せ、この弱小国の令嬢アナベル・ド・へーニングが主人公のシナリオはどうだったか。

 記憶の隅にあったこのキャンペーンを思い出そうとして。

 同時にサーと血の気が引くのが分かった。


 それは絶望的なキャンペーン。


 ガイドブックにもあった、キャンペーンの一番最後のおまけのようなキャンペーン。


 上級者向けの・・。


 そうだ、確かこんなシナリオがあったなんて、元の世界で何気にチュートリアルも進めていた。

 こんなのあるんだーといった程度で、何回か途中まで進んだ覚えはあるけど。


 このゲームの大筋の終盤時期、ほとんど勢力が決定して、後はいかに勢力を出来るだけ大きくするかと言った戦後処理ような時期の、エクストラシナリオ。


 それだった。


 状況は、

 確か、第二枢軸帝国、第一枢機卿子息ハインリッヒ・ド・ヴァインツアール。

 諸侯連合国、親王クルト・フォン・ルードリッヒ令息。

 貴族盟約国、第一後継者ハンス・オーゲン・ユルゲンス侯爵子息。

 ラプス王朝国、後継第一位アントン・ゲオルク・ラプスとその弟後継第二位のユルゲン・ゲオルク・ラプス。

 その四カ国が最終的に数多の国々を束ね、覇権を制した。

 その四つ巴の戦いの後日談、自治都市連合国と言う最後の勢力範囲の外の弱小国がいかにして生き残るかと言った、キャンペーンシナリオのはず。

 その自治都市連合国、代表補佐アナベル・ド・へーニング令嬢、あっという間に大国に摺りつぶされてしまう役割の弱小国。

 確か10ターン内の勝利条件をクリアしなくては。


 その勝利条件は。



 10ターン目までに、

 ①四カ国と同盟を結ぶ②他国、自国令嬢の断罪を防ぐ。③自国の民の支持率を上げる。そして、最大の難関④その時点での強国の王子から溺愛、モードに入る、またはプロポーズを受ける。

 どう考えても無理。

 10ターンなんて、到底無理。


 絶望していると。


 暫くして、アナベルは気が付いた。

 扉の外ではさわがしいが、中々こちらに入ってこない。

 おかしい、こちらの返事がないのに入ってこようとしない、いや、扉を叩いているが、同じタイミングで叩いている、そして彼女を呼ぶ声も。


 ハッと壁に掛けてある時計を見た。音はするが動いていない、これは。


 ゲームがまだ進行していない状態、つまりチュートリアル。


 だったらまだゲームは進行していない、彼女は今の内と、この部屋のありとあらゆるところを探しヒント、アイテムを探しつつ、情報と知識をまとめることにした。


 第二枢軸帝国、ラプス王朝国は軍事力が互角。

 そして、経済国力は諸侯連合国、貴族盟約国、第二枢軸帝国、ラプス王朝国はほぼ横並び。

 戦も長く続き終盤だから、内政は互角と言ったところ、のはず。 


 一方、我が国は全てに置いてすべて最下位。


 何か、無かっただろうか。


 何か。



 彼女は暫く考えて、もうこれしかない、ある決心と結論を得た。

 コンピュータに任せている戦略内政の委任モードを解除して、自分で操作、差配するマニュアルモードで進むしかない、と。

 今まで戦略内政パートを委任、オートでコンピュータに任せて、乙女パートしかやってこなかったから、戦略内政で失敗してどうしても先に進めない。


 しかし、だからと言ってマニュアルで進めたからと、勝つ見込みは全く分からない。


 だが、どうせ、10ターンしかない。


 ならば、持っている知識と、やり込んだ知識と大胆な方法でこのゲームをクリアしていくしかない。


 彼女はそう決心し、テーブルの上で光っているクリスタルに触れ、セーブして扉に手をかけた。

 今まで柱時計は動いていなかったが、その瞬間時を刻みだした。


 スタートだ。

 もう行くしかない、彼女は目をつぶり扉のノブを回した。

 扉が軋みながら開け放たれた。


 だが、この時彼女は、自分の手荷物も一緒に転生転移されたことは知らなかった。


拙作に目を通していただき、誠にありがとうございます。

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