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第2ターン

 その日は朝から忙しかった。


 忙しさはこの上もないほどだ。


 急に国の根幹から変える事になった、変えたのはアナベル本人だが、とにかく何かしら変えなくてはと、必死の策だった。

 でもやる気が出る、こんなもの、元居た世界では日常茶飯事だった、それも超が付くほどブラックな所にいたからそれほど苦には成らなかった。


 が、しかし一方で自分がそうだったからと言ってこの国の人々にはこんな苦しみを味合わせたくないと思っていた。

 普通にサービス残業、普通に祝日出勤、有給休暇って何?美味しいの?と言う位の取り難いと言うか取れないことなどが、まかり通ってほしくなかった。

 そんな、誰かの犠牲で成り立つ国にしてほしくなかった、と言うのもある。

 だから、この国の行政庁や役所、その他携わっている人びと、みんなには、家庭のある人、待っている人がいる人、用事がある人は出来るだけ早く帰らせるようにした。

 彼ら、彼女達の後の残りはアナベルのブラックパワーで何とか。


 そう決意していると。


「あの、アナベル様、」と言って声をかける者がいた。


 そうは言っても、何人かは有志で残っていた。


 声をかけた者が続けた。

 この行政庁の奥の仕事机で資料を広げていると、「ここの数字ですが、」とアナベルより先に行政庁に出勤している年下の男の子が説明してきた。

「えっと、」

 名前が分からなかった、アナベル。


「ハイ、今度新規で入庁しました、ヴ、」

 彼は言いよどんだ。


「ヴ?」

 アナベル。


「いえ、ヴァルと言います。」

 ヴァルと名乗る彼は言った。

「ヴァル君か、よろしくお願いしますね。」

 アナベル。


「はい、それでは、お配りした資料をお読みください。」

 そしてヴァルは、

「ここに示しました通り、将来負担比率、財政力指数、経常収支比率、実質公債費率、鉱工業生産指数、第三次産業活動指数、全産業活動指数、国内総生産、国民総所得、の数字を加味し、当該担当者に示し且つどれだけのマイナスを、よりプラスに転換できるかタイムスケジュールを・・・・。」

 など、おおよそ聞いたことのない数字の羅列を、この国の数字を、説明しだしていた。

 要は、とんでもない位の数字を叩き出している、と言う事だった。


 頼もしくそれを聞きながら、そう言えばアナベルが元の世界で初めて後輩が付いた時の事を思い出していた。

 とっても素直で、何かしらのスポーツ選手でナショナルチーム選抜メンバーに入っていたと言うほどの男の子。

 そう、男の子と言ってもいいくらいの。


 仕事に純粋で。


 そう言えば、優秀だったからすぐに本社勤務になったあの子、どうしているかな。

 最後の送別会の時に告白されて・・・。

 まあ、墓場まで持っていくお話は女をやっていたら、一つや二つあって当たり前。

 と、勝手に思い出して、勝手に真っ赤になっているアナベルがいた。


「あの、」と呼ばれた。


 急に呼ばれたものだから飛び上がってしまい。


「は、はひ!」

 と変な返事をしてしまっていた。

 それを見た年下の男の子は「御免なさいと、」私よりもっと真っ赤になっていた。


 説明はいつの間にか終わり、次の話題に移っていた。


 話とは、


 貴族盟約国、第一後継者ハンス・オーゲン・ユルゲンス侯爵子息が経済大使として、表敬訪問したいと打診があったと言う事だった。

 あれから、ほとんど重商主義と言っていいほどの政策の大方向転換をしてからこの方、経済水準が爆上がりして、株価がびっくりする位上がり、日々好決算、業績の上方修正のニュースばかりなので、本当の所はどうなんだと、現地を見てその真偽を確かめるために来る、という事だ。


 貴族と国の名前が示す通り、ほとんど経済に対しては素人同然。

 だから、それらやり方を視察に来る。

 いずれにしても、この国に興味を持ってくれている事は、とにかく幸先がいいことだと、今はなりふりかまってられない、残り8ターン。


 ヴァルには、残業も適当に切り上げて帰るように言付けた。


 自分は居ても立ってもいられず、とにかく町に出て市井の状態をこの目で見なければ、と、メイドであるコリーナとミーナを引き連れこの国のリサーチに出かけた。

 バタバタと出かけるアナベルの後姿を、ヴァルは熱い視線で見送っていた。

 が、その事にユリアはまだ知らなかった。


「来賓はどうするのですか?」と執事が慌ててやって来た、「国賓級の客人を無下にできません!」と、言う者だから、あの義母と、義姉にでも相手させたら?と、控えていたメイドと、侍女に合図をしながら、城下町に出かけた。


 あの悪名高かった悪令嬢が改心して、己の財産を全て投げ打ってこの国を立て直す、と言う話でもちきりだった。

 その事と、国全体が好景気に沸きあがっていて、今や時の人となってしまっていた。


 極端な資金注入が功を奏し、今や、好景気の真っ只中の町に出たものだから、あの令嬢が、やって来た、あれが噂の悪令嬢、一目見てみたいと、あっという間に群衆が押し寄せて夜の帳が下りそうな町には、人々が集まり塊となって、一種の酔ったようになっていた。


 そこで、事件は突然起こった。


 叫び声が群衆の奥から聞こえたかと思うと、群衆がさっと二つに割れ、その間に黒い衣を身に纏った、騎士が集団で立っていた。

 その中心には、人が居て黒騎士が護衛するかのように盾となっていた。


 その黒騎士の内の一人が、市民を押さえこんでいるのが見えた。

 と、同時にその黒騎士の護衛の真ん中にいるのは確か貴族盟約国、第一後継者ユルゲンス侯爵子息。


 なぜここに?そう思いながらアナベルはその近くに駆け寄った。


 まだ黒騎士に取り押さえられながら、その市民は必死に謝罪していた。

 が、黒騎士は大音声で「この無礼者、この方をどなたと心得る!貴族盟約国、第一後継者ユルゲンス侯爵子息であらせられるぞ、こんな下賎のものがそのお姿、お顔を拝顔するだけでも畏れ多いのに触れるとは無礼であるぞ!」


 町に響いた。


 抑え込まれている市民は、地面に這いつくばりながら。

「いやいや、こっちはそんな事知るわけ無いでしょう。そもそもそんな位の高いお人がこんな雑踏の中に入るのがおかしいんだ。」


 それを聞いた、ユルゲンス侯爵子息はフッと笑い「こんな下賎の者の相手などしておられぬ、気まぐれで、好景気に沸いている国はどんなものかと、興味本位で見てみたが所詮下賎な者は変わりない、切り捨てて放って置け、登城するぞ、さぞ猿真似の上手な、間抜け面を見に行こうとするか。」

 と、ねじ伏せていた、市民を放させると同時に、ユルゲンス侯爵子息は市民を蹴飛ばし跳ね上げた。


 それを見たアナベルは逆上して、黒騎士の間をバックステップ、スリッピングアウェー、ヘッドスリップ、サイドステップ、ウィービング、ダッキング、スウェーバックで巧みに潜り抜け、そのユルゲンス侯爵子息の顔面に拳を放った。


 ゴッ!


 一際大きな音が町中に響いた。


「しまった。」

 アナベル。


 元の世界では、彼女は日々のブラック企業でのストレスをボクシングで発散していた。そう言えば会長が何年に一人の逸材だ、ぜひ女子プロにならないか?と誘われたのを思い出していた。


 で、そんなセミプロの拳をまともにくらわしてしまった。


 今、何をされたのか分からない、まさか、今まで生きてきた中で、殴られると言う事が自分自身に振りかかるとはおおよそ思ってみなかったのだろう。


 殴られて、初めて、痛みを知ったかのような表情のまま、目を見開き硬直して殴られた所を手で押さえながら拳を放った者を見詰めていた。


 が、殴ったことは仕方がない、アナベルは勢い怒りをそのままぶちまけた。

「大切な市民の事を下賎、下賎とバカにしやがって、私が大切に思っている者たちをバカにするな!」と啖呵を切って、ユルゲンス侯爵子息の方を見ると、知らない間に白目をむいてそのままその伸びたようだった。


 周りの市民たちは、アナベルに感化されたのだろう、一斉に帰れコールが巻き起こった。

 その渦の中、黒騎士たちはどうする事も出来ず、ユルゲンス侯爵子息を担いでその喧噪の中を駆抜けて行った。

 一行はそのまま主を担ぎ、城にも行かず義母マリアや義姉エリザベートにも合わず、宿に帰っていったという。


 残された、アナベルたちは、またもや、群衆に囲まれ、「悪役令嬢万歳」だの、「よく言ってくださいました、あの国は高慢ちきで鼻持ちならなかった」、「よくやってくれた、」だの、さっきより輪をかけてもっと大騒ぎとなっていた。

 気が付けば、メイドたちの周りにも群衆が集まり、やがてお祭り騒ぎとなっていった。



「オッそいわね。」

 義母マリア。

「私の、魅力で落として見せるわ。」

 義姉エリザベート。

 と、その頃、城では、義母と義姉が来ることのない国賓を今か今かと待っていた。



 後日、正式にユルゲンス侯爵子息が改めて彼がお供を一人しか付けず正式に視察にやって来た。


 前回の横柄な態度とは打って変わって、人が変わったように紳士的な態度だった。

 殴られた所はマスクで隠していたが、落ち着いてみてみると、メイドや侍女がざわつくぐらいの結構なイケメンだった。

 しかし、態度は若干怪しく、チラチラとアナベルの方を見るのだが目線は決して合わそうとしなかった。

 だからと言って怯えているわけでもなく、そもそも怯えていたらまたすぐには来ないだろうと、アナベルは不思議に思っていた。


 その不思議に思っていた事に輪をかけて。


 貿易協定、通商協定、経済条約、技術協定など二国間の協定条約を立て続けにかわす事となった。

 曰く「これだけの、経済発展をごく短期でなしえた事を是非、我が国の手本としたい。」との事だった。


 2ターン目にして友好国が一か国、後二か国。


 狐につままれたようだが、とにかく幸先が良い、セーブポイントで柱時計の針を見ながらアナベルはそう思った。


拙作に目を通していただき、誠に御礼を申し上げます。

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