第6ターン③
ゆっくり時間がその間だけ、流れていた。
ヴァルは背中にボウガンの矢を数本、まともに受け何本かは背中から胸まで貫かれていた。
それを認識できるほど、ゆっくり彼の体勢は崩れていった。
そのゆっくり流れる時間の中、ヴァルをその腕にゆっくり抱き止めながら。
アナベルは思い出した。
先輩!
彼は彼女を呼び止めた。
元いた世界での事、彼が後輩として入社した当時、先輩だった彼女が色々教えていた。
可愛いな、と正直思っていた。
何事も一生懸命で、こっちが恥ずかしくなるくらい純真で、まっすぐな彼。
歳の差が無ければ、あるいは・・・。
と、そんな妄想に、顔から火が出るくらい恥ずかしがっている自分がいた。
なに?どうしたの?
と、呼び止められた彼女が答えた。
彼の本社栄転が決まり、同僚が設けた彼の送別会の帰り道。
決してお酒のせいではない、真っ赤な顔の彼は、意を決したように彼女の手を握り。
先輩。僕は・・・・。
回想がそこで寸断された。
時間が元の早さを取り戻した。
アナベルにもたれかかった彼の重さが、アナベルを呼び戻した。
ドッと、彼を受け止めたアナベルは彼の背中を見て、絶望した。
ボウガンの矢が、数本突き刺さって、何本かは貫いているからだ。
ヴァル君、ヴァル君、ヴァルくん!
何回も叫んでいた。
抱きかかえられた彼は、息も絶え絶え彼女の腕の中で手を握っていた。
元いた世界の彼と重なって見えた。
頭の上で、ボウガンを放った方向から高らかに反乱軍大臣の声が響いていた。
バカが、そんな奴の事など身を挺して庇いおって。
ええい、やってしまえ!
その言葉にアナベルは弾かれた様に、そのボウガンを持った兵士の前に閃光の如く跳躍し立ちはだかり、その兵士のこめかみに、渾身のフックをめり込ませた。
兵士は床に回転しながら叩きつけられた。
つぎの瞬間、ボウガンの命令を下した反乱大臣の懐に、アナベルはいた。
懐の低い位置にいた瞳の光を放つアナベルに、恐怖に引きつった表情の大臣は、次の瞬間その表情を苦悶の表情に変えた。
アナベルのボディーブローが、大臣の体を貫いたのだ。
ボディーブローで弾き飛ばされた彼の体は、近くにいた他の大臣も巻き込んで吹き飛ばされ、壁に激突し痙攣を起こしながら全員折り重なっていた。
直ぐにアナベルはヴァルの傍に駆け寄った。
横たわっている彼を、抱きかかえた。
腕の中で、
ヴァルは少し笑いながら、言った。
アナベル様、男の人の憧れって何か知ってますか?
こんな時に何言ってるの、分からないわ。
と、涙声のアナベル。
憧れの貴女に膝枕してもらう事ですよ。
と、ヴァル。
何バカな事を言ってるのよ!
泣きながら、笑いながら、涙をボロボロこぼしながら、アナベル。
ギュッと握り締めた手に、もう片方の手を添えた。
ごめんなさい、最後に、アナベル様の歌声をお聞かせ願えますか?
ヴァル。
最後なんて言わないで。
アナベル。
お願いします。
ヴァル。
ギュッを抱きかかえていた手に力が入った。
分かった。
ギュッと目をつぶりそして決心したように。
涙でポロポロと、止めどなく溢れる涙もそのままに。
ほとんど涙声のまま歌い出した。
アメイジング・グレイスを。
『Amazing grace how sweet the sound・・・・・』
歌詞の通り静かにそこにいた者すべての心に、命にしみとおる歌声だった。
生きとし生けるもの、いや、生物だけでない無機質な石畳、壁、建物そのものがまるでその存在が生きているかのように、宝石は、より宝石のようにその輝きを増し、路傍の石も、その石が存在意義のあるように命溢れる。まさに輝きに包まれた歌声がこの玉座の間、それどころか、この城全体を共鳴し、周りで聞いている義母義姉、コリーナ霧島、ミーナ神楽、そして打ちのめした兵士達、壁に激突している大臣たちも余すことなくこの神々しい光る歌声に包まれ、涙を流して聞き入っていた。
やがて歌い終わり、静かにアナベルの膝の上で眠っている様に横たわっているヴァルを見た。
なぜか眼が合った。
ヴァルとアナベルが。
え?
と、お互い信じられない位驚きの声を上げた。
弾かれた様にヴァルが起き上がり、背中に刺さっていたはずの数本の矢がいつの間にか抜け落ちていて、それどころか、背中に傷一つなく、背中の鎖帷子に空いている穴だけが、貫いた後を痛々しく物語っていた。
え、なんで?
自分自身の背中や体を触り、さっきまであった痛々しい傷や、確かに自分の体を貫いた矢が地面に転がっていることに信じられない様子だった。
そしてまだ涙目の驚いた様子のアナベルを見て、
何だか、ありがとうございます。
そう言ってヴァルは思わずアナベルに抱きついた。
ギャー、ちょ、ちょ、ちょっとお!
混乱していたが、抱きつかれたアナベルはさっきまでの涙で真っ赤になっていた顔が、今度は恥ずかしさで真っ赤になっていた。
でも回復したことは素直にうれしかった。
その場にいた全員何が何だか分からずに、何が起こったのか分からないままだったが、今はヴァルの復活をみんなで喜び合っていた。
たった一人、何かを思い出そうと、ジッとアナベルを見詰めていた義母を除いて。
拙作に目を通していただいて、本当に有難うございます。




