第5ターン④
アナベルは元いた世界でのあの同僚の涙、そして今目の前にいるターニャの涙で濡れた、思いつめた瞳。
それが重なって。
刹那。
アナベルは正面を見据え、深く腰を落とし、両手拳を顎の下に構え、瞬時に体を左右に揺らしながら前進してステップを踏み、体を水の流れのように、そのヨハネスと言う男の真下に潜り込んだ。
次の瞬間、その青年の顎下に右手拳がめり込ませ、そのまま上に拳を打ち上げた。
綺麗なアッパーカットだった。
ものの見事に青年は、縦に一回転して、ドウと倒れ動かなくなった。
右手拳を高く上げたままのアナベルも暫く動かなかった。
心の中で「やってしまった」と何度もリピートしていた。
ベッドの傍で、謝っているアナベルがいた。
そして、それを非難する事も無く、己の不甲斐なさと、疑われる行動を取った自分にこそ非があると、ベッドに横になっている腫れた顔を冷やしながら、ヨハネス青年は言った。
「私が、早とちりして愛する人を疑ったりして、本当にごめんなさい。」
と、ターニャはヨハネスに抱き着くが、首に付けた固定器具に当り、思わずうめいてしまっていた。
結局は、ターニャの言う通り彼女の早とちりだったようで、サプライズを画策していたヨハネス青年は、年格好の同じ女性を呼びつけ、ドレス、装飾品をオーダーしていたと言う。
綺麗な女性なのはターニャの様に美しい女性だからだと言う事らしい。
アナベルは「ごちそうさま。」と半分呆れていた。
結果、何ごとも無くこのまま結婚話は進むよう。
そして、アナベルとターニャはより親密な関係となった。
そんな中、ターニャが、ぽつりと話し出した。
「ある朝、朝食をとっていて、大好きなお父様や、お母様、そして愛してやまないお兄さまと楽しくおしゃべりしながらお茶を飲んでいると急に涙が溢れてきて、悲しくないのに、止めどなく涙が溢れてきて、その時気付いたの。
今までずっと側にいてくれたお兄様や、お母様御父上がある日突然、わたしの生活から居なくなるの。
朝いつものようにおはようと言う人が居なくなるの。
そう考えると、急に苦しくなって、悲しくなって、涙を押しとどめることは出来なかったの。楽しいのに、寂しく、悲しいの。」
そう言うとポロポロ涙が溢れてきた。
それを見てアナベルも自然と涙が溢れてきた。
「でも彼の事は愛しているんでしょ。」
「当然、心より愛しているわ。」
ターニャは力強く答えた。
「でも、なぜかわからないけど寂しくって悲しいの。
そのとき、小国なのに、一際輝いていて、国を一人で切り盛りしているアナベルお姉様の噂を聞いて、一度合会ってみて、見たかった。
どうしたらいいか、自分の何かが分かるかもと思って。この国に来たのも、そんな理由。」
「なにか分かった?」
アナベル。
「ええ、ありがとう。」
ターニャ。
「何か私でよければ力になるわ。もし、彼が。」
と言ってアナベルが拳を握ってファイティングポーズをとった。
「ありがとう、ここの国人たちが皆アナベルお姉様の事を噂しているのを聞いてとても元気が出た。」
ターニャ。
「何て言ってたの。」
アナベル。
ターニャは悪戯っぽく笑って「内緒。」
と言って笑顔を向けた。
暫く他愛もない話でお互いが心を温かくしていった。
心ゆくまで二人は語り合い。
「友達になってくださいます?」
とターニャは最後に言い。
「いえ、お姉さまとお呼びしても、よろしいでしょうか、お姉さま。」と付け加えた。
結局マリッジブルー、が引き金となって、彼の事が重なり不安になったのだろう。
言葉で言うのは容易いだろうが、生活の激変で不安になるのも仕方の無いことかもしれない。
「彼を愛しているのね。」
アナベル
「はい。」と言った彼女の笑顔。
瞳はひときわ眩しかった。
保養所から城に戻ると、無事戻った国賓に上を下に、の大騒ぎとなり、ここぞとばかり義母や義姉がしゃしゃり出てあたかも自分御手柄だと言わんばかりだった。
それを横目で見てターニャはアナベルにウインクで合図した。
あくる日、兄である、諸侯連合国、親王クルト・フォン・ルードリッヒ令息が迎えに来た。
義母や、義姉はその令息のお眼鏡にかなうよう令息にべったりだったが、そんなことは気にも留めず妹の無事を全身で受け止め、それを見たアナベルは、彼女はとっても愛されて育ってこられたのだなと理解した。
多分、一番最初に会った時の奇行はわざとキャラづくりか何かなんだろう。
そう、あたたかく、ターニャを見届けるアナベル。
その時アナベルは気付かなかった、令息の熱い眼差しを。
その眼差しに気付くことなくアナベルは。
「そりゃこんなむちゃくちゃな設定だったら、委任、オートじゃあクリアなんてできっこないわ。」
と、しみじみ思っていた。
ありがとうございます拙作に目を通していただき、感謝申し上げます。




