Case 02「伝える」第十五節
「……! 浅海さん?」
わざとらしく、声を軽く張って呼びかける。
偶然会った元同級生に「えー! 久しぶりじゃん!」ぐらいのテンションで。
「天知探偵。それに……不知火さん。」
が、浅海は一瞬驚きつつも、思ったよりドライに返してきた。
その目はどこか心配そうに……助手を見つめている。
不自然にならないように、けれどもゆっくりとトーンとテンションを浅海に合わせていく。
「昨日の今日でお疲れ様です。早速ですが、色々と……そちらの方は?」
浅海の隣にいた刑事は軽く会釈をすると、それに合わせて浅海が手のひらで示しながら口を開く。
「警視庁捜査一課の伊佐山警部補です。伊佐山警部補、こちらは山本警部の提携探偵である天知探偵と、助手の不知火です。」
半身になっていた体をこちらへ向け直し、刑事はにこやかに改めて名乗った。
「警視庁捜査一課の伊佐山です。どうぞよろしくお願いします。」
うちの不知火より少し低いぐらいの身長で、山本警部と同じくらいの、いや、少し年下だろうか。
スーツでははっきりしないが、その姿勢や体つきから、侮れない人物であるという印象を受ける。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。」
彼のゆっくりとした動作は、意識してのものだろうか? あるいは余裕からだろうか?
握手を交わし、私も笑みを浮かべる。
「どうされたのですか? 本日昼頃、山本警部との面会があるというのは伺っていましたが。」
不思議そうに、私と助手の顔を交互に見ながら浅海は問う。
「もう少し現場を見ておきたくて。昨晩は遅く、明かりも十分ではなかったですし、警察の現場検証が終わっていないのに荒らすわけにもいかず。」
そう言うと、横から伊佐山が口を挟んできた。
「そういうことでしたら、お任せください。必要な情報をあとでお伝えしますよ。」
どうやら私たちを現場に踏み込ませるつもりはないらしい。どうにも、助手の言った通り面白くないのだろうか?
「あー。ですが、少しお伺いしたいことがあります。こちらへ」
ところが、一瞬何かを考えて言葉を訂正する。
不思議に思って助手の顔を見てみるが、どうにも上の空。
……随分と無理が来てしまったようだ。
彼に案内され、階段を上がっていきながら下を見下ろす。
警戒線が張られ始め、警官が行ったり来たりしている。空気はぴりついていて、ぶつかろうものなら舌打ちされるのは想像に難くない。
伊佐山と浅海の後を離れないようについていくと、つい数時間前まで目の当たりにしていた部屋へとたどり着く。
指紋を採取し、証拠を押収する鑑識官らが、その部屋を「事件現場」という重々しい空気感へと押し上げる。
窓の下の庇には、鳩が何羽も止まっていた。
ゴミは思ったよりも少なく、ペットボトルが転がっている程度。菓子パンの袋や、そう、カロリーメイトの袋があったりもしない。
あの時見た三門彩の持ち物から、そういうものが残っているのではと思っていたから、見当違いだったかと不安になる。
……だが、ペットボトルの形状から、三門が持っていた飲料と同じメーカー、同じ種類だ。
もう少し考え、観察したかったが、伊佐山がそれを邪魔するように声をかける。
「天知探偵。改めてお伺いしたいですね。第一発見者として。」
その言葉は、捜査機関の一員としての信頼がないことを表しているように聞こえた。まあ、憶測や推理はいらないということかもしれないが。
「この部屋へは警部の方が先に着きましたから、そう、警部の見たものと大差ないと思います。確かに先に発見へ至ったのはドローンがあってのことですが……。特に、その時怪しい人影を見たなんてこともないですし。」
伊佐山は軽く頷くと、続けた。
「……もう一つ、何か触ったりしたものはありますか?」
「この部屋では何も触っていません。」
「ありがとうございます。『この部屋では』指紋が残っていないのは捜査しやすいです。」
間抜けにも犯してしまった失言を、彼は取りこぼしてはくれない。
わずかに含みを持たせた彼の言葉に、心臓が少し跳ねる。
この部屋では、そう、触っていない。触ったのは屋上へ続く扉だ。
決して捕まるようなことをしたわけでも、見抜かれたとも限らないが、それでも見抜かれたと感じてしまうと焦るものだ。
「それでは……浅海くん。対応をお願いしてもいいかな。」
「……はい。」
ああ、なるほど。この礼儀正しくも雑な感じは、新人への、言葉を選ばずに言うなら見学へ来ている民間人への扱いだ。
無下にはできない。が、かといって捜査に使えるわけでもない。
能力は分からないし、指揮系統にはある種の独立性があり、使いにくい。
そう考えた時、伊佐山の指示は的確だ。何せ新人二人を遠くへやって、現場を円滑に回せるのだから。
それを分かっているのは私だけではない。助手も、浅海もだ。
私たちはまた一階へと降りて、下から三階を、その部屋を見上げている。
……助手はどちらかというと、ぼーっとしているのに近い。
「捜査状況はどんな感じですか? 何か決定的なものは」
あの一瞬で得られた情報は、三門の疑いを強めるものでも、逆に晴らすものでもなかった。
だから……焦って。そう、私は焦って浅海に聞いてしまった。
それに浅海は答えた。
「いえ……。残念ながら、まだそれほど時間も経っていませんし。せいぜい指紋が二人分出たぐらいですね。おそらく被害者と犯人のものでしょう。天知探偵のものとは違うみたいですから。」
……は?
「指紋が出たんですか!?」
想定していなかったわけではないが、正直、楽観的だと切り捨てていた。
「ええ。ですが、指紋が出たからといって犯人が分かるわけではありません。怪しい人物がいなければ、そもそも照合も……」
そうだ。浅海は知らない。その指紋を確かめるに値する人間がいることを。
警察の捜査はかなり詰まっているのか? いや、今、警察は大きく動けないんだ。何せ被害者が協力を拒んでいるから。
そうなると、取り調べや尋問もうまくいっていないのか? いや、それは今じゃない。今、やるべきことは? 探偵として、私として。
「実は昨晩の張り込みで心当たりが。ぜひ、指紋を照合していただきたい。」
その一言には勇気が必要だった。推理が外れて笑われる、その羞恥もそうだが、何よりも。
「!」
この事件の顛末を警察が処理しきって、私が知れないことだ。
「三門彩という人物です。詳しくは約束通り昼頃、山本警部へ直接報告します。」
だが、最も恐ろしいのは、誰も知れないことだ。




