Case 02「伝える」第十六節
私がこれまでの顛末を話し終えると、しばらく沈黙が場を支配する。秒針の音がやけに耳につく。
「三門彩。そうか、それは分かった。」
警部は俯き、目を瞑って答える。
続くであろう言葉を遮って、先に私が口を開く。
「取り調べはされたのでしょう? どうですか、私の推理と辻褄は合いますか?」
「……ああ。」
警部は顎に手を当て、物思いに耽りながらも答えた。
どう取り調べたのかは分からないが、まあ、少なくとも事件の全容を明らかにしきれていない現状を鑑みれば、想像はつく。被害者は黙秘に徹しているのだろう。
「なるほど……十分に重要参考人として扱えるし、指紋が一致すれば……。いや、だからこそ問題か。」
警部は独り言交じりに顔を上げ、私に話しかけた。
「警部。私は警部の提携探偵です。貴方の指揮下にいるわけです。つまり……」
どう説き伏せようかと、あれこれと言い訳を組み立てていたが、一瞬合った警部の目が、それを阻んだ。
「……」
特に睨んでいるわけでもないその目に、異様な意味を感じるのはなぜだろうか?
「……失礼。率直に言います。私に取り調べをさせていただけませんか?」
その言葉は思考よりも先に出た。
「取り調べを?」
警部は少し前のめりになり、不思議そうに尋ねる。
「ええ、ぜひやらせてください。」
自分では、口数は多い方だと思う。けれども今は、自分でも驚くほど言葉が少ない。
緊張から? 疲労から?
「……どうするつもりか聞いてもいいか?」
その言葉を聞いて、急に馬鹿らしくなった。あれこれ、警部にどう分かってもらおうかと考えていたことが。
聞く耳を持つ人を相手に、何をそう取り繕う必要があるのだろうか?
私は警部に計画のすべてを話した。
30分ほど経って、部屋を出る。
「ねえ、車に戻って仮眠を取っておいでよ。」
応接室を出て、扉が閉まるのを見届けると、私は振り向いて助手に話しかけた。
すると助手はワンテンポ遅れて、心底驚いた顔をしつつも答える。
「これは……。そうですね。そうさせていただきます。昔はこのくらい、何ともなかったのですが……歳でしょうかね。」
助手は頭をかいて、申し訳なさそうに笑っている。
「まだまだ20代前半じゃないか。……22だっけ。」
軽口を叩きながらも、そこにはどうしてか罪悪感が乗ってしまい、湿っぽい。
いつもなら何でもない返事を待つ沈黙が、どうにも息苦しい。
微妙に表情に出てしまったのだろうか? 助手は少し笑って、
「……では、何かあれば連絡をよこしてください。それくらいには反応できますから。」
そう疲れた笑顔で答えた。
私は頷きだけを返して、彼の背中を見送る。
ひどいだろうか? ひどいものだ。事実、助手がいなくなって気が楽になった。
何せ一人になるのは久しぶりだ。四六時中とまではいかずとも、外ではほとんど一緒にいたからだろう。それがいないというのは……寂しくも、楽である。
しばらく廊下を進んでいくと、警部に教えてもらった取調室の前へと着く。その前には浅海が待っていた。
私の足音に気づいて顔を上げ、一瞬、私の顔を見る。
「天知探偵……助手さんはご一緒じゃないのですか?」
と、辺りを見渡しながら不思議そうに言う。
「ええ。徹夜明けでしたので、休ませています。」
「ああ、道理で……」
彼女は苦笑いを浮かべ、目線を左上へ向ける。
しかし、すぐに切り替えて、抱えていたプリントの束を突き出す。
「取り調べに際して、決して聞いてはいけないことや、話してはいけないことを……まとめておきましたから、こちらを熟読なさってください。」
山本警部の手配だろう。……しかし、そう時間も経っていない。
彼女には断片的にしか伝わっていないのか……あるいは、あえて? 分からないな。分からないのなら、分からないまま進めることを想定しよう。
警部の意図を読み取れないので、私も同様に隠して伝える。
「色々と、被害者と……一応、今は公務執行妨害の加害者ですが、その彼とお話をします。おそらく内容は、浅海さんにとって非常に理解し難いかもしれません。」
「理解し難い?」
彼女は少し怪訝な顔をして言う。癪に障ってしまったか? 確かに、馬鹿にしているとも捉えられる。
「失礼。納得し難い、と言うべきですね。……とにかく、どんなことがあっても止めないでください。ご存じの通り、山本警部にはすでに話を通してありますから。」
怪訝な顔は、徐々に不安そうな顔へと変わっていった。
「ええ。山本警部からも同じことを言われました。……何をなさるのか気になるところですが、さすがに立場は弁えています。」
彼女はゆっくりと瞬きをして、私を見ている。
「そう覚悟していれば、案外大したことではありませんよ。」
私は笑顔のまま、彼女の目を見つめる。
大きく息を吐いて、扉に手をかける。自分に色々と言い聞かせて自信を膨らませ、自分自身を惑わせ、余裕を作って扉を開けた。
「はじめまして。」
第一声は、程よく取調室に響き渡った。




