Case 02「伝える」第十二節
「合計六つだ」
主語のないその言葉を、地図に記したラインと、私が指さすカメラで補填する。
助手はノートパソコンに映し出された地図をまじまじと見つめたかと思うと、目をつむって思慮に浸る。
この廃マンションに接している道路は三つ。それぞれどこへ設置するのがよりバレず、より効果的に撮影できるかを考えているのだろう。
目をつむったまま、助手は口を開く。
「それで、そのカメラを仕掛けるのが三つのルートですね? ……それぞれ二つずつですか?」
「いや、説明が足りなかったが、屋上にもカメラを仕掛ける。そうすることで、より取りこぼしのリスクを減らせる……。一応、魚眼だから死角は少ないはずだよ」
「屋上に三方向で三つ、道路側に三つ、合計六つですね。分かりました。少し確認してきます。それで、対象はいつ来るのでしょうか?」
「正直なところ、分からない。だからあれが必要だったんだよ」
私は背もたれに寄りかかってため息をこぼしながら言った。
後部座席で、レジ袋からこぼれて無造作に転がったサンドイッチを指さして。
すると助手は大きくため息をつき、同じように背もたれに寄りかかる。
助手は眉間にしわを寄せ、目をつむった。
「ああ、徹夜ですか。朝食を取りながら張り込むのはいつぶりでしょう……。言ってくだされば、コーヒーでも買ってきましたのに」
と、愚痴をこぼす。
私は慰めるつもりで言った。
「まぁ、ここに賞味期限が昨日までのペットボトルコーヒーがあるからいいかなって」
と言ったが、あまり意味もなく。
「……そうですね」
とつぶやいて、助手は心底悲しそうにペットボトルコーヒーのラベルを見つめていた。
「じゃあ、一応スマホに送っておくから、それぞれ設置できるか見てきておくれ。私は屋上へ行くとしよう」
「分かりました。では後ほど」
助手は一足先に車を離れ、その背中を見送りながら、私もカメラを三台取り出して車を出た。警官たちになんと言おうか考える。
結局、適当なことが思いつかず、そもそも大して離れてもいなかったため、気づけばマンションの前に着いてしまった。
遠くからエンジン音が聞こえてくる。ああ、もう一組、警官が応援に来たのだろうか? そうなると色々と説明が面倒だ。
私は足早に階段を駆け上がり、三階で待機していた先ほどの警官に軽く一言。
「ちょっと、屋上を確認してきます」
「え、ああ」
確認してもいいか、と聞くと相手は考えるが、確認してきます、と言い切れば案外通るものだ。ゴリ押しといえばそれまでではある。
そして息を切らして、屋上へ続くであろう最後の階段を上りきる。いつからだろうか、こんなにも階段がしんどくなったのは。……いや、もとからだな。
ドアノブをひねると、引っかくような嫌な金属音が鼓膜を刺激する。鳥肌を立たせながら押してみるが、どうにも錆びついてびくともしない。
なんとかその錆だらけの扉を体重を乗せてこじ開けると、勢い余って向こう側へ放り出されてしまった。
よろめいて視線が落ちる。なんとか踏みとどまって視線を戻すと、そこには夜景が広がっていた。
高階層というわけでもないが、六階からでも帝都の夜景は美しかった。
それでも星空ではなく、夜景が眼前に広がるのは、どこか寂しい気持ちにさせる。
時間があれば、しばらく感傷に浸っていたい。しかし、次第に大きくなっていくエンジン音が、私を目の前の問題へと引きずり戻す。
視線を戻して辺りを見渡す。落下防止のフェンスがあり、ちょうどよく結びつけられそうだ。私は駆け寄ってなんとか取り付けてみるが。
「くそっ、この角度だと映らない」
試行錯誤しながら工作するのは楽しいものだ。もっとも、時間に追われていなければの話ではある。
焦りは思考を鈍らせ、ミスを誘発させる。力が入らず、固定具がうまく閉まらない。手汗で滑りそうになるカメラ。
深呼吸、深呼吸と自分に言い聞かせて、カメラを一つ、また一つと起動させ、それぞれフェンスに固定していく。
最後の一つを取り付けたところで、エンジン音が止まった。下を見ると、応援の警官がこの廃マンションに到着したのを確認する。
大丈夫だ。悲観視するな。前回と違ってそう面倒事にはならないはずだ。警部がしっかり部下へ連絡を行き渡らせているだろうし。
……ただ、私たちの目論見に気づかれなければいいだけだ。
急いで階段を駆け下り、廊下を走る。
が、ついに鉢合わせてしまった。
緊張と焦りで真っ白な頭は、先に言ってしまえと口を動かす。
「やあどうも! お疲れ様です!」
「おう、待て」
ダメだった。さすがに無理があった。
不自然な笑みと、何より私の服装と背格好が、より怪しく見せる。
服装が? 少しゴシックな服に、お気に入りのベレー帽。
完全に私の趣味である。なんせ事務所を立つとき、まさか警部と会うなんて考えてもいなかったものだから。
分かっていれば、幾分かフォーマルな格好をしたというのに。
そして何より身長だ。私の身長は百五十センチで、細身。つまり、警官らから見て私はどのように見えるか?
夜遊びをしている女子中学生だ。
「君、こんなところで何をしていたんだ? そもそもいくつ?」
大柄な、いや、相対的にではあるが。大柄な警官二人に囲まれて、私は縮こまってしまいそうになるのを必死で取り繕って弁明する。
「提携探偵ですよ! あー、中にいる警官二人に、もしくは山本警部にご確認いただければ……。あ、私はこう見えても二十二でして、免許証を今出しますから」
こういう時は、中学からほとんど身長を伸ばせなかったことを後悔する。
「そう。書類、ある?」
「いやぁ、ちょっと今は持ち合わせてなくて……」
いよいよまずい。補導されても、助手一人で捜査できるだろうか? 監視し続けられるだろうか?
すでに私は、失敗をどう回避するかではなく、どう補うかへ思考を巡らせていた。
しかし、もう一方の警官に入った一本の無線で、事態は急変する。
その警官が私の方をちらちらと見ながら何か話し、私を問い詰めている警官に耳打ちする。
「すみません。こちらで確認が取れました。お疲れ様です。一応、身分証の方だけ確認させてください」
そう唐突に態度を改める。さっきまでの険しい表情はどこへやら、にこやかな笑顔で私に接していた。
どういうことだ? その疑問は、後ろから肩を叩いた助手によって拭われる。
「こちらの方は?」
そう問う警官に、私はつい少し自慢げに、誇らしげに答えた。
「私の助手です。助手の不知火です」
と、紹介した。
その後、身分証やらの確認を取って、軽く色々と聞かれるが、それも当たり障りなく答えているうちに、びっくりするほど綺麗に問題は解決してしまった。
警官に背を向けて、二人で車へと戻っていく。警官らの足音が聞こえなくなったあたりで助手の方を向き、私は口を開いた。
「助かったよ。君だろう? 無線を入れるように言ったのは」
助手はいつもの顔で淡々と述べる。
「ええ、浅海さんにお願いしまして。応援が来た時のために、一応連絡しておいて正解でした」
「浅海というのもよくやってくれた。山本警部なら深掘りしてしまうかもしれないからね」
悪巧みをする子供のような笑顔で……。
いや、実際私は、好奇心の衰えない、悪巧みをする子供だ。




