Case 02「伝える」第十一節
時刻は23時を過ぎたころ。付近はすっかり寝静まってしまい、時計の針がやけに耳につく。
それでも何とか目の前の地図に集中して見つめている。
「……3、4、5。」
数え終わると、ミスがないか、また同じように見つめて、また数える。
「……3、4、5。……6?」
するとコンコンとドアガラスが鳴った。振り向くと、助手がコンビニ袋を片手に車の扉を開ける。
「どうしたって……いつこんなに詰め込んでいたんです?」
と、開口一番、助手は運転席に山積みの小型カメラを見つめてため息をこぼす。
「いやぁ。万が一、万が一とね。つい、いつも余分なものを持ってきては車に置き忘れるものだから。」
と、私はミスをした子供のように愛想笑いを浮かべて理由を……言い訳を述べるが、助手の小言は止まらない。
「一歩間違えればゴミ屋敷になりそうな考え方ですね?」
正直そこまで言われるほどではないと思って振り向く。小型カメラのほかにも、手帳、万年筆、と色々と混ざっている。さらに振り返ってトランクを見てみると……なるほど、これはそう言われるのも無理ないと納得する。
「でも、君が来てからは今のところ大丈夫だよ。」
そう言うと助手はあきれ果てて、しかし、その実1%ほどはどこかうれしそうに見えた。
「それで、朝食を買ってきました。サンドイッチとコーヒー。それに、一応夜食におにぎりも。また、タンパク質とビタミンが不足しているのでサンドイッチは……」
助手の買ってきた食事への説明はまるで上京したてのわが子に健気に仕送りする母親のようで、そしてそれに有無を言わさない空気を作る。
つまりは、私はトマトが苦手だからそのサンドイッチは要らないと、助手はそのわがままを言わせない。
なので私は少し嫌な顔をして「ああ、ありがとう。」とそう言った。
助手はそれを軽く流して問う。
「……随分と真剣に地図を見て、数えていたようですが、何を?」
「経路を数えていたんだ。この廃墟へ至る経路を。」
「経路?」
ノートパソコンを持ち上げて、画面の地図を助手へ向ける。
「監禁されていたとすれば誰かがここへ食事なりなんなりを運んでくるわけだからそこを抑えればと思っていたのだけど。」
「……。」
「……うん、見せながら説明しよう。」
助手からもらった食事を後部座席へ放り投げて、パソコンを閉じ、車から出る。
「見せるって、何をです?」
「まぁついてきて。」
そう首を上げて助手に一瞥する。
階段を上がって、被害者がとらわれていた部屋に着くと、警官が2人いた。警部に同行していた警官らだ。そのうちの一人がこっちへ寄ってきて声をかけてきた。
「おい、何の用だ?」
警官は問う。気だるそうに、しかしその目線はしっかりと警戒している。
「ああ、これは失礼。私は山本警部の提携探偵、天知凪と申します。これは助手の不知火です。今回の事件の協力を山本警部より求められまして……。」
にこやかにゆっくりとお辞儀をして、頭のてっぺんからつま先に至るまでの所作を意識して話す。
警官は少し怪しんで、ジロジロと数秒見ると肩の力を抜いた。
「……提携探偵。そうか。現場、荒らすなよ。」
と、そう言ってさっとどこかへ行ってしまった。
私のことを警部から聞いていたのだろうか。
「なんか、嫌われてないか?私達」
小声で部屋を周りながら助手につぶやく。
「警官と違っていろいろと自由に捜査できる私たちが面白くないのでしょう。隣の芝生は青く見えるものです。」
「全く、個人事業主だっていろいろと大変なんだけどね。こっちの気苦労も知らないくせに。」
そう口をとがらせて愚痴ったが、助手はいつだって私の愚痴に乗ることはない。
「天知さんはもう少し社会人、公僕の気苦労を知ってください。」
と、いつも通り小言、説教を挟んでポンと肩を叩いた。
この調子ではきっと、助手に恋人ができてもすぐ逃げられるんじゃないだろうか。
「……知っているつもりだよ。だから個人事業主なんだ。」
拗ねた子供の様にそう言う私に助手はそれ以上何も言わなかった。
そして、一通り部屋を写真に収めていく。あらゆるものを撮って、持ち帰りたい衝動を写真で撮って代行する。
撮り終わると待機している警官へ先ほどと同じように声をかけた。
「では、一旦失礼しますね。」
そう言って部屋を後にした。
「それで理由というのはあれですか?」
助手は歩きながら先ほどまでいた部屋を見つめながら言った。
部屋の窓からは警官が一人こちらをチラッと覗き込んでいたが、目が一瞬合うとすぐにその姿を消した。
「ああ、警官がうろついている。おそらくもう数分もすればもう少し人が来て、現場を閉鎖しきるだろう。明日朝には鑑識が本格的に動くかもしれない、そうすれば」
「なぜ、なぜそれを警部に言わないのです!明確な見落としではありませんか!」
「……いやぁあんまりでしゃばるのもと思ってね。」
真意ではない。5分の1くらいの本音だ。
「……今からでも警部に連絡を。」
「まてまて、これはチャンスだ。警察のミスをプライドを傷つけずにカバーしつつその恩を売れる。探偵は商売なんだから、多少の操作は必要だろう?」
これも詭弁だ。助手を納得させるための。
「それが知られれば逆効果ですよ。リスクと利益を――」
「それに、そもそもどこかから監視しているかもしれない。隠しカメラがあるかもしれないし、遠くから望遠鏡やカメラで見ているかもしれない。つまりは不確実だ。不確実な要素で警部を動かして、信頼を落とすよりこっちの方がいいだろう?」
詭弁。詭弁。詭弁。
適当を言い進めていくと、心臓がゆっくりと締め付けられる感覚になる。
最近、似たような感覚を感じたな。いつだったか、鳴川の時か……。
「もう少し人を信頼してくださいよ。ゲーム理論的に考えてみれば……」
「ああもう!本音を言えば警察が先に捕まえてしまえば私たちに知らされるか分からない。私が、私達だけがわからないまま事件が解決することだってあるんだ。そんなのは……」
しまった。感情的に言い過ぎた。これではまるで駄々をこねる子供ではないか。
合理性の欠けた主張。そして感情的な言い方がその傷口を広げて、後悔する。
こんなことを言ってしまえば納得できるわけがない。
一瞬の沈黙があって、私は助手の顔を横目に見る。
しかし、助手は思いのほか優しい表情だった。
「わかりました。大丈夫です。僕もそれは嫌ですから。それじゃあ計画を教えてくれますか?」
本当に私は信頼が苦手だ。警部はおろか、助手すら信頼できずに……。
いや、今少し成長できたかな。
私は落とした目線を助手へ戻して微笑んで答える。
「もちろん。」




