Case 02「伝える」第九節
101号室、102号室……と、一階から順番に見ていく。
助手と私の二人でモニターを見つめて、些細な違和感があれば戻って、詳しく確認して……その繰り返し。
3階を調べていた時。
「天知さん、303号室、もう一度映してくれませんか?」
「ん?何かあったかな?」
そう言ってドローンを303号室の窓の前へ移動させる。
他の部屋と同じように、室内はひどく荒れていた。ただ、この部屋だけは窓ガラスが割れていない。閉まっているわけでもなく、人一人が通れるほど開け放たれている。
そして窓際には、鳩が三羽いた。そのうち二羽は見覚えがある。今朝、GPSを取り付けた鳩だ。
そしてその鳩の奥、床の上に何かが見えた。あれは、脚……?
人は不思議なもので、動くまでそれが生き物であるとすら思えない。あれはなにか?とじっと見つめていると、それはゴソゴソと動いて、それでようやく脚だとわかる。
ズボンは所々が裂け、露出した足首には縄のようなものが巻きついている。裂けた生地は、おそらくSOSと書かれていた布切れと同じもの。
ドローンを窓から室内へ進入させる。慎重に高度を下げ、物陰を回り込むと、壁にもたれるように座り込んだ男の姿が画面に映った。
両手と両足を拘束されている。服は異常なほど破れ、原形をとどめていなかった。
「……天知さん!」
助手は私の肩をつかみ、小声で叫んだ。
彼はドローンに気付くと見開くわけでもなく、ぼんやりと見つめて、口をパクパクと動かす。
動かすが、何も発さない。発そうとして発せないといった具合ではなく、まるで言うか言わぬかを葛藤しているような状態だった。
どういうことだ?まるでさっぱり分からない。そう呆けていると。
「警部に連絡を。」
助手がポンと肩を叩いて、呟くように言って私の意識を眼前の対応へと戻す。
「あ、ああそうだね。」
その一言で我に返り、急ぎ携帯を取り出す。
そして警部に電話をかけてみるが。
「——困ったな。繋がらない。」
助手に画面を見せながら嘆く。
「警部も捜索でお忙しいところでしょう。」
「そうだね、しかたない。……じゃあ、一市民として110でもしようかな。」
苦笑いを助手へ向ける。助手も仕方ないといった表情を浮かべて軽く頷く。
するとエンジン音がどこからともなく聞こえてきた。
まずい、犯人が巡回に来たか?いや、まて。音は二台分。そしてこの聞き覚えのあるエンジン音は……。
「さあ、賭けようどっちだと思う?」
私は目をつぶって耳に神経を集中させながらも助手へそう問いかける。
「今朝聞いたばかりの車種で賭けになるもんですか。」
助手はそう返した。
そして二台の車から出てくる彼らを出迎える。
そして、私も振り返って手を挙げた。
「やあこれはどうも!山本警部。」
そう久しぶりに笑顔で声を張る。
一方で警部は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
しかし、同様に私とて内心驚いているのだ。よくこの短時間で見つけたなと。
……血液検査、鳩の花粉、内容物、防犯カメラ。まぁそのあたりだろうか?
そしてなるほど。彼は運転の最中だったから電話に出られなかったというわけか。
「今ちょうど連絡したのですが、出られなかったので110番通報しようかと思っていたところです。いやーよかったよかった。」
少し引いているような、そんな態度だった警部がハッとして聞き直す。
「110番……?まさか!」
その反応から、ある程度絞り込めてはいたが、ここであると確定できてはいなかったのだろう。
不謹慎にも私は自信たっぷりの笑顔で廃マンションを指さす。
「ドローンで確認しました。3階の階段を上がってすぐ左手の部屋です。そこに被害者らしき男性が拘束されています。」
しかし、警部の反応というのは私の期待していたそれではなかった。
警部は呆然と私を不気味そうに見つめていた。
そんな警部に一人声をかける刑事がいる。
「警部?行きますよ。」
そう言った女刑事は警部の相棒だろうか?部下……いや、教育中の新人と言ったところかな。
彼女は一見冷静で場慣れしているように見え、服装も細部までこだわっているが、その実やや実用的ではない。
年齢もそうだが、所々見える浅さっぽさはベテランのそれではない。もっとも直感的な所だけれど。
山本警部はその声に反応してその新人と、警官二人を連れて廃マンションの入口へ走っていった。
直前、警部は私とすれ違う瞬間に「待ってろ」と手のひらで制したのだが……。適当に屁理屈をこねてついていこう。
私だって行きたいのだ。
一方で助手は私の方を見て無言で力なさげに首を横に振っていた。
もちろん無視して彼らの後を進んでいく。
部屋の前に着くともう扉は破られていた。
「犯人はもういませんよ。」
そうゆっくりと後ろからわかりやすく足音を鳴らして歩み寄る。
演出……というわけではなく、単に保身だ。誤射されたらたまったものではない。
「ばっ!お前入ってくるなって……」
気付いて振り返った警部は呆れ交じりにそう制止した。
「あら、制止の合図でしたか。てっきり、五つ数えてから入れという意味かと」
申し訳ないとは思うよ警部。しかし、私はどうしても気になるもので、到底その誘惑にあらがえないのだ。まあ、あらがう意思などなかったが。
「それより、さっきも言った通りドローンで確認済みですよ。数台用意し、いくつかは監視カメラにしてあります。ほら、あそこ」
着陸したドローンを示す。それに応えるように、機体の小さな緑色のランプが点滅する。
警部はドローンを一瞥すると私の目を見て、子供を叱るように、諭し始めた。
「あのなぁ、ドローンってのはいろいろ制約があるんだよ。」
「ここは建造物内です。航空法の問題にはなりにくいかと。」
それに警部は何も言わず私の目を呆れた目で見ている。
「問われるとすれば、建造物侵入。ですが、警部がここに居らっしゃるのなら問題ありませんよね?問題があったら申し訳ありません。」
申し訳ありませんが、上への報告はお願いします。と、そう含みを込めて言ったのを警部はしっかり受け取ったらしい。
なにせ警部のため息は随分と長かったものだから。
「ここは所有者不明みたいですから、上への報告は楽になりますよ。」
と被害者のそばにしゃがんだままの新人が警部に振り返りそう助言する。
いい共犯者だ。
こういう人がいればこそ、真実へ近づける。
ただ、こういう人ばかりでは、組織は成り立たないが。
事件はこれにて終了。あとは退屈な事後処理。
そう安堵とも落胆とも言えないため息をこぼしてドローンを回収しようと奥へ足を進めていったその時だった。
扉をたたく大きな音がした。
かと思えば、新人から悲鳴に近い声が聞こえる。
「被害者が!逃走しました!」
空気の読めない表情筋は吊り上がっていた。




