Case 02「伝える」第八節
——かかった!
支えの無くなった籠はカコンと音を立てて餌をつつく鳩2匹をとらえる。
「よし、二羽。」
籠の中にいると気づいた鳩は一瞬慌てたが、その後大きく暴れるでもなく、また餌をつついていた。
助手の作った罠は実に古典的だ。
パックご飯を餌に、反転させた洗濯カゴを木の棒で持ち上げて支え、鳩が餌を食べに来たタイミングで紐を引っ張るとカゴが落ち、捕獲できる落とし罠。
正直、十分に機能するとは思っていなかったので驚く。古典的、月並みな仕掛けというのは、それだけ信頼性があるという事か……。
近寄って見てみると、遠めから見ていた通りその鳩らにもSOSの書かれた布切れが巻き付いている。
「これは……。」
助手はSOSの布切れを見て目を見開いて呟いた。
「大体おかしな話じゃないか。たった一羽の鳩が偶々迷い込んできて、しかもその一匹にSOSのメッセージがある。偶然にさらに偶然。でも、これなら必然になる。」
その布切れは二羽ともに足に巻き付いており、一方は黒ずんで、一見して血とは気付かない。しかしもう一方は、あきらかに血とわかるような色合いだ。
「なるほど、複数羽にメッセージを残していたんですね。……血の色の違いからかなり長い期間」
「そうだな……。」
長期間の監禁拘束状態。それでどう鳩に布を巻き付ける?餌付け、はあまりに悠長か?それなら鳩の捕獲が現実的だが、捕獲するなら罠だ。
とても追いかけて捕まえるのは無理だと思う。
そして捕まえた鳩を食ってしまうほどの余裕の無さではない。SOSを巻き付けて逃がすだけの余裕がある。
待て、鳩の餌、生命の維持のための食料はどうしているんだ?
「つまり、餌を与えられる状況にいるという事か?少なくとも食料にありつけるか、与えられ生かされていると考えられる。
だから監禁として考えたほうが自然。さらにいろいろと推理すれば、鳩の行動範囲を限定でき、かつ、鳩の生息域として妥当なのは人のいない建造物であったり……」
脳は遂に思考に耐えきれず口から溢れてしまい、ブツブツと独り言をつぶやく。
と、そこまで言って助手は私の言葉を遮った。
「ある程度は目星がついているのでしたら、考えるのも結構ですが、もう動きましょう。」
深く思慮に浸る私を助手は容赦なく引っ張り上げる。
「……そうだね。」
少し残念そうに笑ってそう言う私を、助手は申し訳なさそうに見つめていた。
それで、思考を仮説の乱立から行動計画へと切り替えて、さて、具体的にどうしたものかとまた少し考え込む。
状況を消去法的に考えれば、ある程度は絞れているから総当たりでもいいが……。
ああ、そう言えばあれが使えるかなと引き出しを漁り、取り出したのは。
「それは小型のGPSですね。どう使うつもりですか?」
GPS。位置情報はいつも想像以上に役に立つ。
しかし、ITの発達によって、人相手にはスマホにウイルスを入れて位置情報を共有させる方が何かと楽になったので、長らく埃をかぶっていた。
まさか最初に使う相手が人ではなく鳩とはこいつらも思うまい。
「鳩はある程度決まった場所に生息する。さらには群生だ。この子らがある程度固まって移動しているとしたら?同じ場所に行くとしたら?」
「この鳩たちを追えば、必然的にSOSへたどり着ける……という事ですね?」
「まぁ雑に言えばそういうことだよ。」
ただ、これには問題がある。それは時間と母数に比例して行動範囲が絞れていく。
つまり、足りないのはどちらにせよ時間だ。これに至っては行動でカバーしていくしかないか。
「それにしても随分と鳩の習性について詳しいですね。今朝は巣におどろいていらしたのに。」
助手は私の顔を覗き込みながら問う。
「Wikipediaっていうのが素晴らしくてね。」
そう答えると助手はまた呆れた顔をして、GPSを取って仕事へ戻っていった。
その後、助手がまた数度罠を仕掛けてくれるが、結局捕らえられたのはさっきの二匹に加えてもう二匹。そのうち布切れが巻き付いていたのは一匹。合計三匹だった。
その鳩達にGPSをつけて放つ。果報は寝て待てと言うように、書類仕事もかたついた(助手に任せきりで済む量を残して)私は、後は机に突っ伏して寝ていた。
それからしばらくして、ふと起きて外を見ると、夕焼けが美しかった。もう5時あたりかと思って、時計を見て見るとすでに7時前を指している。
クーラー利いた部屋に引きこもりがちな私にとって、その差は夏というものを身近に感じ始める大事な変化の一つだ。
そろそろ結果が出るころだろうと思いパソコンを立ち上げて、鳩達に付けた位置情報を確認する。
おお。随分と移動しているな。
私は寝ぼけた声で一言。
「なるべく絞りたいな。」
三羽の経路は、遠目にはただの落書きだった。
地図を拡大し、一定時間以上動いていない地点だけを拾い出す。繁華街は餌場。国道沿いは移動経路。公園は休息地点。候補らしい場所を見つけても、一羽が一度通過しただけだったりする。
一時間ほどかけて、ようやく候補らしいものが残り始めた。
廃工場、古い立体駐車場、そして五階建ての廃マンション。
鳩が出入りできること。人目が少ないこと。人間一人を長期間生かしておけること。
三つの条件を重ね、周辺の写真と鳩の滞在時間を見比べていく。
滞在時間だけを見れば廃工場。人を隠す場所として自然なのは廃マンション。だが、鳩の現在地を重視すれば——。
廃工場の航空写真を閉じ、廃マンションを開く。
しばらくして、また廃工場へ戻る。
それを何度か繰り返した。
確証には程遠い。だが、可能性の高い場所から潰すしかない。
三羽のうち二羽が長く滞在し、そのうち一羽が今も動いていない廃マンションを最初の候補に決めた。
五階建ての中層マンション。一階に六部屋あるとすれば、合計三十部屋。
すべてを内側から確認するのは現実的じゃない。それより、人がいるかどうかも分からない建物へ侵入するわけにはいかない。
ならば、まず外から確認する。
鳩が接触できた以上、少なくとも完全に閉ざされた部屋ではない。窓かベランダ、あるいは崩れた外壁から出入りしている可能性が高い。
望遠鏡で見る?だが、地上からでは死角が多すぎる。
ならドローンがいいだろう。航空法は...まぁ大丈夫だ。
周辺の建物を確認する。飛ばせる高度、敷地との距離、夜間飛行。面倒な条件を一つずつ確認していると時刻はもう9時を過ぎていた。
正直、計画が計画どおりにいくことなど、ほとんどない。だから必要なものと、必要になるかもしれないものを鞄へ放り込む。
「助手。車を出しておくれ」
私の声に、助手はCtrl+Sを押して振り返った。
「はい。準備は?」
「私がやる。車で待っていて。」
パソコン、ドローン、暗視カメラ、予備のバッテリー。迷った末にいくつか余計なものまで詰め込み、車へ乗り込めたのは22時だった。
目的地へ辿り着いたのは22時40分。
鳩はまだ、そこから動いていない。
「さて、答え合わせだ」




