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Case 02「伝える」第七節

 

 扉が開いた。そこには見覚えのある女性の姿があった。

 それまで指示と雑音が入り混じっていた慌ただしい空間が、彼女が一歩踏み込んだ瞬間、ふっと静まった。

 入るなり彼女はこちらに目線を向けて微笑む。

 探偵だ。そう気づけたのは探偵の後ろに不知火君の影が見えたからだ。

 俺は軽く手を挙げると立ち上がってゆっくりと探偵へと近づく。


「お待たせしました警部。」


 探偵はベレー帽を両手で持って、ゆっくりと礼をしてそう言った。

 その背丈に似合わない振る舞いは、周囲の探偵への印象を、淑女へと押し上げる。

 

「ああ、応接室へ案内しよう。」


 人目がなくなると、さっきまでの淑女的な探偵像はなく、不知火君を保護者にした子供のように見えた。

 それが、彼女なりに俺への信頼を示す振る舞いなのだろうと、この業界に長くいれば分かった。

 しかしそれは異様な光景ではあった。

 身長150cmほどの女性が煙草をくわえて、身長180cmはあろう不知火君に火をねだる光景は、異様と評する他ない。

 一口吸って、シャボン玉のように煙を宙へ巻くと、ようやく探偵は口を開く。


「被害者は、事件性を否定しているんですよね?」


 浅海から聞いたのだろうか?


「ああ」


「検察にはなんと?」


「まだ上げられない。だが、このまま黙秘を続ければ不起訴もありうる。そんな危機的状況だ。」


「でしたら、このまま放っておきましょう。」



 ——は?

 一瞬頭が追い付かなかった。

 探偵はおそらく犯人を絞り込めている。

 それなのに事件を放棄する?彼を釈放する?犯罪を見逃す?


「何を言っているんだ!」


 思わず声を荒げて問う。

 同時に俺が冷静でないことに自分の怒号で気付く。思わず立ち上がった足をゆっくりとまげて座り直す。

 いや、何か意図があるはずだ。まだその突拍子の無い結論しか聞いていない。過程を聞かねばならない。

 そして探偵は俺が問うよりも先に口を開いた。

 

 「浅海さんから事件の進捗は聞いています。恐らく、色恋沙汰でしょう。まぁ放っておくのはその場合に限りの話ではあります。」


「どんな理由だろうが立派な犯罪だ。」


 探偵の語尾にかぶせるように言う。

 そんな冷静になれない俺を探偵は見透かした目で優しく見つめていた。それがどうにも不気味だった。

 すると、探偵は一息置いてゆっくりとまた話し始める。


「動機が恋愛だと、仮定して話をしますが」


 彼女はその前提が仮定であることを強く繰り返している。


「例えば、犯人を拘束したとして、起訴。ここが問題です。不可能ではないでしょうが、容易くもありません。」


「SOSの鑑識結果がある。その証拠があれば、しらばっくれるのは無理だろう。」


「それで証明できるのは、彼が助けを求めたことだけです。誰が、どのように彼を監禁したのかまでは証明できません。」


「では被害者はどうするつもりだ?彼ら二人とも野放しにすれば再犯は確実だぞ。」


「しばらくは接触禁止にしましょう。その間、被害者には見張りを……、監視ではなく護衛という名目なら通せるでしょう?」

 

「それだけ?」

 

「くどいようですが、前提として、色恋沙汰であることです。そうでなければこれは徹底的に確固たる姿勢で臨まねばなりません。ですから徹底的に捜査は継続すべきです。」


 探偵のその強い語気には何故か鎮静作用があった。


「……お前はそれでいいのか?」


「私は探偵です。残念ながら犯人の反省だとか、公正だとか、償いだとか、そういったことに興味はありません。」


「ならなぜ探偵をやっている?」


「誰よりも真実を知りたい。そして知ってほしいだけです。」


 探偵は煙草の灰を落としながら、続けて問う。


「あなたはどうですか?なぜ警察に?」


 正直なところを言えば、ガキの頃に見た刑事ドラマがどうしようもなくかっこよかったんだ。

 俺はそんな刑事にあこがれてなった。

 つまり、言ってしまえばガキの頃の夢の延長線。

 それが安定した公務員であって、たまたまその適性もあったから未だその夢を見続けている。

 今持っている責任感や正義感も、最初から抱いていたわけじゃない。仕事をしているうちに、後からついてきた。

 この仕事に命を懸ける覚悟も、家族ができてから生まれた。

 国のために命を懸ける使命だって、そのおまけのようなものだ。

 探偵は俺のわずかな時間の葛藤を見て、伝わったかのように述べ続けた。


「ロミオとジュリエット効果ってやつですよ警部。普通に言っても無理でしょう。ですが、私ならどうにか納得のいく形に収めましょう。なんてったって探偵ですからね?」


 探偵はベレー帽をぽん、と膝の上においてそう言った。


「だが、それでも彼が彼女のもとへ戻ろうとするなら?」


「放っておきましょう。煙草然り、お酒然りですよ。自由意思ってやつです。しかし大抵は距離を置くことで冷静に至れますから。」


 その言葉を聞いてすさまじい葛藤が頭をめぐる。感情的に到底許容できない。

 ……感情的に?誰の感情だ?俺の?

 そうして気付く。被害者、二者間の感情を無視して自分の感情を優先しようとしている。

 そこに言い訳の様に法への使命感が付きまとっている。

 奥の歯を強く噛みしめて、また口を開く。


「その前に、聞きたい。好奇心と不安から聞きたい。どうやって君はたどり着いたんだ?」


 すると、探偵は今までにない笑顔を浮かべて意気揚々と語りだした。


 ——————————————————————————————————————————



 窓の外にはさっきと同じような鳩が数羽電線にとまっていた。

 腕を組み深く考えこむようにしながら助手は問う。


「しかし、鳩を警部が持っていったせいでこちらにはほぼ情報がありませんね。警部からの連絡が来るまで待機しましょうか。」


 そう言う助手を尻目に、その電線に目をやる。そして確信する。


 「いいや?私の推理が正しければ明日までにはSOSの発信源を見つけられるさ。」


 助手は目を丸くして勢いよく顔を向ける。

 驚きと感心。が、少し出てすぐに呆れ顔でこちらを睨む。

 警察にその推理を言わなかった事が当然問題らしい。

 私もゆっくり顔を助手へ向けてはにかんで言う。

 

「まぁ、正しければだけどね?」

 

 『だから、私の推理は不確かな仮説なので、これを警察に言って動いてもらうわけにはいかないよ。』

 と、そういう言い訳を込めたつもりで。

 

 しばらく気まずい空気が流れたので、私は苦笑いで茶を濁した。


「さて、うちに何かあったかな。」


 と独り言をわざとらしく言いながらキッチンへ向かう。

 道中の心境は穏やかでない。なにせ、反省会の議題が増えたわけだから。

 

 キッチンを少し漁っていると、助手が後ろから声をかけてきた。


「何をお探しで?」


「米、トウモロコシ、いや、穀物類だよ。」


「正直やりたいことはある程度分かりました。遵法と倫理……って言っても無駄ですね。」


 ため息をつきながらそう言った助手に振り返ることなくキッチンを漁り続ける。

 カップ麺、携帯食、チョコ、茶葉。どれも使えなさそうなものばかりだ。

 

 「そう人を犯罪者のように言わないでおくれよ。……正直、ここが一番の鬼門なんだよねぇ。」


 ようやく見つけたパックご飯を助手に突き付けてそう言った。


「わかりました。任せてください。」



 

 

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