Case 02「伝える」第六節
「昼過ぎに?」
眉間にしわを寄せて怪訝にそう聞き返すと浅海は軽く頷く。
「ええ、昼過ぎにいらっしゃると。今どうやら少し手が離せないようでして」
「……。」
探偵は状況を理解していない?このままでは事件として立てられないまま、時間だけが過ぎる。
それなら催促すべきか?急かすべきか?
——いや、信じよう。それに急かしたところで何か変わるとも思えない。
「警部、先日の仰ってたお金の動きについてご報告が。」
そう言って浅海は新人二人を連れてきた。
浅海は、彼らから見れば大先輩というほどでもない。
たった一年上なだけだ。
それなのにどうにも俺から見て、いや、きっと誰から見てもだ。
一年の差とは思えない隔たりを感じる。ずっしりとした貫禄があるわけではない。
成績、冷静さ、肩書。それらが彼女に自信を生み出す。その自信が差を生み出しているのだ。
「お疲れ様です!」
一方で新人は新人だとしか言えない。素直で、不慣れ。そして、認めてもらうことに必死だ。
昨日の今日でまだ朝だというのに随分と仕事が早い。しかし、それが少し気になって、二人の頭のてっぺんからつま先まで目を通すと無茶の痕跡が目立つ。
べたついた髪の毛、しわのついたシャツ、曲がったネクタイ。そのうち一人には、目の下に大きなクマがあった。
ああ、なるほど片方は徹夜したのか。当直だったからな。
もう片方も遅くまで残ってくれたから今朝は支度を急いたのだろう。
事態がそうさせたとは言え、正直、感心よりも心配が勝る。
「おう、お疲れ。どうだった。」
クマの無い新人が資料を広げながらしどろもどろになりながらも丁寧に説明を始めた。
「時間的に……すべてを調べられていませんので、その、途中経過の報告になります……が、今のところまるで不審な動きはありません。データをまとめたものがこちらに。」
資料を受け取って、数枚めくる。別に俺宛だから紙でなくとも良いし、報告書に憶測はいらない、ほかにもあれやこれ、言いたいことは沢山あったが優しく微笑んで返す。
「よくやった。当直のお前はもう時間だろ?帰ってゆっくり休めよ。」
「お先に失礼します。」
へとへととなった彼の背中に目線をやりながら、残った新人にも指示を出す。
「で、お前には引き続き調べてもらう。松田と一緒にやってくれ。それと、金に防犯カメラの進捗を報告させるように言ってくれ。」
「浅海、お前は現場確認だ。伊佐山についていけ。」
そう言うと浅海は目を丸くして一瞬固まる。何がそう意外だったのかは分からないが、意外だったらしい。
現場経験を積む良い機会だから浅海には頑張ってもらおう。
「了解しました。警部は?」
「俺はここで指揮を執る。被害者の聴取に、防犯カメラに、何より探偵を出迎えなきゃいけないからな。」
「わかりました。では、失礼します。」
彼女が一礼して去っていくのを見届けて振り返る。
「で、どうだ、進捗は。」
松田は警察学校からの同期だ。
階級は俺の方が上になったが、人目のないところでは昔のようにため口を使っている。
長い付き合いのせいで、こいつがいつの間にか背後に立っていても、もう驚かない。
冷静に考えれば気色悪いことこの上ないが……。
そんな松田からいつもの仏頂面で報告が上がる。
「ほぼ詰みだ。一週間以上たっているからだいぶ残っているカメラが少ない。」
率直に言ってくれる。尤も、重宝する理由でもある。
彼はそう言いながら、防犯カメラの一枚の写真を手渡す。
「残ってたのはこの銀行の一瞬ってことか。」
そこには銀行の外を歩く被害者と人影が写っていた。解像度と画角の問題ではっきりとは分からない。
「それも事件直前とは言えない。」
「……つまりは手掛かりなしと。」
「防犯カメラはその線で考えたほうがいい。」
「わかった。お前がそういうならそう信じよう。」
「勘弁してもらいたいね。そう言われると自信を無くす。」
俺なりの熱いエールに彼は鼻で笑って返した。こうは言っているが、そこには確かな自信を感じられる。
彼の背中を見送って、資料をホワイトボードに張る。
腕を組んで、椅子に深くもたれ、考え込む。
「さて、手詰まりだな。どうしたものか。」
もし、身代金目的でないならなんだ?
そしてなぜ被害者は口を割らない?
食事も与えていた、つまりは生きている男に価値があるということ。
防犯カメラに写っていた人影はそのフォルムや歩き方から女性のように見える。犯人はおそらく女性。……女性?
「痴情のもつれか……?」
それなら筋が通る。嫉妬、喧嘩、駆け落ち。いくらでも動機は成立するし、被害者が加害者をかばう理由も納得できる。
いや待て。落ち着け。憶測、推測で断定、確信は危険だ。
ゆっくり深呼吸をしてホワイトボードを見つめ直す。
そもそも証拠がなければ意味がない。……被害者の交友関係はまるで洗えなかった。
報告によれば会社での人付き合いは極端に悪いからだ。
……極端に?つまり制限されていた?となると出会ったのは大学以前。いや、落ち着け。これと決まったわけではない。
しかし、頭の中で勝手に点と点が線を結んでいく。
大学時代を洗うか?しかし時間がない。
せめていくつか候補がいれば……。
点と点は繋がって線となるのに、決定打に欠けていた。
項垂れて頭を抱えていると、浅海から着信が入る。
「はい。」
出た瞬間、流れる雑音にほんの僅か、聞き覚えのある声が混じっていた。探偵の声だ。
心臓が脈打つ。目を閉じる。耳を澄ませる。
ふと時計に目をやると、針は両方とも12を指していた。
『お疲れ様です、警部。浅海です。犯人が分かったかもしれません。』
手詰まりの事件が、唐突に動き出した。




