Case 02「伝える」第三節
湯気の立っていたコーヒーはいつの間にか冷め切って砂糖が溶けにくくて困る。
仕方なくブラックで飲みながらノートパソコンを見つめる。
鑑識を待つ間、行方不明者のリストを照合しているが、いるのは老人、家出歴のある少女に精神疾患患者。また、いかにも東京湾に沈められてそうなやつ。
そんなやつらで合計35人。
これでも周辺4区。どれが怪しいかってのはなかなか難しい。
かき集めた刑事らにパソコンをたたかせて確認を取らせたり、防犯カメラの確認に当たらせているが今のところめぼしい成果はない。
しばらくその行方不明者リストとにらめっこして、ため息をついて、独り言を言う。
「最近はなんてったってこんなに行方不明者が多いんだ。あとから自殺ってわかる場合が多いが……困ったもんだ。」
「それも今後調べていきましょう。このご時世ですからね、増えても不思議ではありません。とにかく今は目の前の事件に。」
そんな独り言を浅海は拾って答える。
顔を上げると、浅海が書類を抱えてデスクの脇に立っていた。
彼女は鳩の鑑識結果をまとめたファイルを、俺のデスクに置いた。
「鑑識から上がった暫定報告です。それと、こちらは鳩の行動範囲についてまとめたものです。不審な点があるとすればこの二つでしょう。そのうの内容物と、赤さび。」
「赤さび?」
眉をひそめて聞き返す。
「赤さびについてですが、鳩の爪から検出されました。それと、羽の隙間からコンクリート粉のようなものが出ています。新しい建材ではなく、かなり古いもので……。」
説明が長くなったのを気にして一瞬浅海は顔色をうかがう。
「なるほど。つづけろ」
「赤さびの量が多すぎます。単に鉄柵に止まった程度ではなく、錆びた金属の上を歩き回った可能性があります」
「なるほど、廃墟などを中心に生息していたかもしれんな。血液の結果は?」
「DNA等はかなり時間がかかりますね。少なくとも人の血であることは確かです。」
俺は椅子に大きくもたれかかって考え込む。
「あと、そのうについてはパンらしきものが」
「……あまり参考にならないな。この都会のど真ん中じゃ。」
「もしかすると参考になるかもしれません。」
そういって浅海は、カルテを読み上げる医者のように資料を指さした。
「あまりにもパンの割合が多いです。……誰かが餌付けしていた、と考えることもできます。」
「それだ。それなら気がかりな点が一つ消える。」
そういうと浅海は眉をひそめてこちらの顔を覗き込む。
「気がかり?」
「少なくとも、そいつにパンを与えられる人間が近くにいたってことだ。遭難よりは、誰かの管理下にある線が濃い。まあ、こんな都会で遭難する方が難しいが……。俺は今でも東京駅の地下なら遭難するがな。」
と、軽口をたたいてみるがクスリとも笑わず冷たい目線を向けられる。
……いや悪かった。冗談を言っている場合ではないのはその通りだ。
「とにかく、誘拐監禁事件として考えるべきだろう。」
そう答えて、硬くて仕方ないオフィスチェアから立ち上がり背伸びをする。
まぁ最悪ではない。
少なくとも、山で迷って三日目という話ではなくて、誰かが生かしているなら、まだ間に合う。
「しかし、そうなると問題は犯人からの接触がないということです。少なくとも、把握している限り身代金の要求はありません。」
「犯人が警察に言うなと脅しているとか、そのあたりで十二分に説明はつく。……となると調べるべきは金の動きだな。おい、そこの新人2人。それがかたついたらすぐに来い。」
奥で雑用をこなしている新人二人へ呼びかける。「はい!」と元気のよい返事をしたと思ったら焦って雑用に手間取り始めてしまった。
少し呆れながらも、組織の未来を担う彼らを蔑ろにはできない。
「お金の動きを?」
そんな新人たちを横目に浅海は質問する。
「身代金を要求するとして何で要求する?」
「それは……現金ですね。電子マネーは記録が残りますから。」
「その通りだ。まぁもっとも大企業のご子息とかならいざってときのために現金はあるだろうが。普通は銀行に預けている。つまりここ直近で大金を下ろしている、あるいは借りている記録があればそれが怪しい。」
浅海は手を顎に当てて、「なるほど」とそういわんばかりに頷く。だが、すぐに眉をひそめて何かを考え込むと。
「しかし、警察に言うなと脅されそれに従うとして、失踪届を出すでしょうか?」
と、尤もな質問をする。
「ああ、家族なら出さねぇだろうさ。だが会社はどうだ?」
本当によく気付く。
俺は行方不明者リストを表示したノートパソコンの画面を浅海へ向けながら説明を始める。
「直近一週間での失踪者は35名。そのうち認知症や家出の可能性が高いやつを除いて、さらに会社や学校からの届け出で絞ると2名。」
「……なるほど、偶然にしては。」
「どこまで関係してるかわからんが、調べる価値はある。」
「わかりました。では早速……」
浅海が何かを言おうとした矢先、ちょうどかたついた新人二人が駆け寄ってきた。
「おー。来たな。こいつらにやらせる。」
と、来た新人二人を親指で指す。
「なっ。なぜです?」
ちらっと新人二人を見つめて焦ったように聞き返してくる。
まぁ気持ちはわかる。俺だってお前らくらいの頃は手柄を焦ってたものだからな。
「それで犯人にはたどり着くかもしれねぇが、被害者にたどり着くかはわからねぇ。最優先は被害者の命だ。だからこれは新人の教育にうってつけってわけだ。」
「では私も彼らとともにつけてください。必ずお金の動きを洗い出します。」
「いいや、お前には別の教育が必要だ。お前には現場って奴を知ってもらう。」
別に俺はこいつから手柄を取りたいってわけじゃない。
こいつに必要なのは知識といったもんじゃない。それは十二分に備わっているし、頭も回る。
きっと俺よりも早く出世できるだろう。
だからこそ、こいつには現場というものを知ってもらう必要がある。
……新人二人はもう少し後だな。
「もう被害者の居場所が?」
「絞り込めた。鳩の行動範囲を半径5kmとして半円を描く。まぁ4つの区が該当するな。その中にある廃ビルは4件だ。」
「なるほど。あとは動員して調べられるということですね。」
「外れるかもしれないが、捜査はいくら技術が発達しようとも結局最後は足だ。」
と、おっさん臭いことを言うようになって少し滅入るものがある。
「伊佐山!松田!金!お前らは巡査を連れて廃ビルを捜索しろ。」
そう言って、四つの赤丸をつけた地図のコピーを三人に投げる。
赤丸は、黒い川と高架線に挟まれるように散っていた。どれも夜に入りたい場所ではない。
廃墟の探索なんて小学生の肝試し以来だ。
……こういう時、俺はワクワクよりも恐怖が勝つ。いくつになってもお化けは怖いんだよ。いないってわかってもな。
「よし、俺らも行くぞ。巡査二人を確保しておけ、22:00には出発だ。」
俺はそんな弱さを隠すようにジャケットを羽織った。




