Case 02「伝える」第四節
時計の上では夜とわかっていても、いざ外へ出ると空はすっかり暗くなって時間の経過を実感する。
それなのに、帝都東京は明るく、昼と大差ない。
酔っぱらったサラリーマンの喧騒。路地の奥では怒鳴り声が跳ね、繁華街の一角には、若い女たちが等間隔に立っている。
それらを横目に、車を廃墟へ向かわせる。
「あ、探偵に鑑識送るの忘れた。」
揺れる車内で、思わず独り言をつぶやいた。
そんな独り言をまたしても浅海は拾って返す。
「今回は契約外ですよね?問題ないのでは?いえ、むしろ今は部外者扱いですから探偵に漏らすほうがよろしくないかと。」
「む。まぁそうだが、約束してしまったし。うーむ、やらかしたかな。あとで詫びるとするか。」
信頼だのなんだのと言っておきながら、俺がこのざまとは皮肉なものだ。
自責の念もあるが、それ以上に、仕事を片づけるたび謝罪先が増えていくことに滅入る。
どうせ叱責されることなどない、形ばかりの謝罪だ。それでも、頭を下げずに済むならその方がいい。
ちょうど車両が廃ビルに着いたころ、携帯のバイブが鳴った。
着信は……探偵だ。
「と、噂をすればだな。」
時代にそぐわないガラケーを開いて確認する。
仕事柄、スマホより、ガラケーのほうが頑丈さと操作性で優れているから使っているが、どうにもそれがおじさんっぽさを加速させる。
「出なくていいんですか?」
浅海はハンドブレーキを掛け、周囲をしっかり確認しながらそう聞いた。
「先に目の前の仕事だ。探偵には悪いが、この仕事はさっさと……」
と、言いながら車両から降りるとそこに見覚えのある二つの影が見える。
そして、そのうちの一つがこちらに振り返って手を挙げた。
「やあこれはどうも!山本警部。」
探偵!なぜここに?鑑定結果を送り忘れたというのにどうやってここへ!?
あまりの衝撃に足が一瞬固まる。
「今ちょうど連絡したのですが、出られなかったので110番通報しようかと思っていたところです。いやーよかったよかった。」
へらへらと笑う探偵の笑顔が、本来なら親しみすら覚えるその笑顔が、今はとてつもなくゾッとする。
一番近いものでなんだろうか?お化けを見たかのようだ。
まてよ?こいつ今なんて言った?
「110番……?まさか!」
そういうと探偵は廃ビルを指さし微笑む。
「ドローンで確認しました。3階の階段を上がってすぐ左手の部屋です。そこに被害者らしき男性が拘束されています。」
なんということだ。どうやって?唯一の手掛かりの鳩はこちらに、鑑識の結果も共有せずどうやって?
そうして呆然としていると後ろから浅海が肩をたたく。
「警部?行きますよ。」
探偵たちを尻目に浅海は俺に呼びかける。
ハッとして現実に引き戻され、俺と浅海、巡査二人は廃ビルの入口へ走った。
探偵とすれ違う瞬間に「待ってろ」と手のひらで制する。
「よし。突入だ。」
俺たちは拳銃を取り出し、構え、強襲訓練と同じように4人で隊形を組み3階まで駆け上がる。犯人がどこに潜んでいるかわからないのでこれが最善手だろう。
発砲さえしなければ、面倒な報告はいくらか減る。そう信じたい。
扉は施錠されているが、古くなっていてこじ開けられそうだ。
ふと心配して浅海に目をやる。少し震えているか?だが気をしっかり持っている。
「俺は援護につく。お前ら二人で破れ」
そういって巡査二人に扉を蹴らせる。
一度の蹴りで少し歪み、また数度蹴ると扉の鍵が壊れ突入する。
「警察だ!」
怒号と共に俺含め4人の警官が流れ込む。浅海は被害者へ駆け寄る。
俺と残された二人の警官で周囲の安全を確保する。人が隠れられそうなところがいくつかあるな。
一つ、また一つとクリアしていく。
「浅海!被害者のバイタルチェック!救急車もだ!」
そう怒号が響く、緊張感の張りつめた部屋に、小さな足音が聞こえてくる。
「犯人はもういませんよ。」
そう聞こえて振り返ると探偵はにこやかにたたずんでいた。
「ばっ!お前入ってくるなって……」
「あら、制止の合図でしたか。てっきり、五つ数えてから入れという意味かと」
探偵はそうすっ呆けながら言った。
小学生のほうがもう少しマシな言い訳を言えるぞ。
何か反論しようと思ったがうまく言葉がまとまらず、結局ため息だけが口から出てきた。
そして探偵はそんな俺を無視して口を開く。
「それより、さっきも言った通りドローンで確認済みですよ。数台用意し、いくつかは監視カメラにしてあります。ほら、あそこ」
そう探偵が指し示した方向には確かに着陸したドローンがあり、カメラだけが作動している。
「あのなぁ、ドローンってのはいろいろ制約があるんだよ。」
「ここは建造物内です。航空法の問題にはなりにくいかと。問われるとすれば、建造物侵入。ですが、警部がここに居らっしゃるのなら問題ありませんよね?問題があったら申し訳ありません。」
申し訳ありませんが、上への報告はお願いしますとまで聞こえたわ。……中間管理職ってのは大変だ。狂犬が2匹……どうか不知火君はまともであってくれ。
「ここは所有者不明みたいですから、上への報告は楽になりますよ。」
と被害者のそばにしゃがんだまま、浅海がこちらを振り返った。
元凶の一人がよく言うよ。
とはいえ、これで人命を救えたことに変わりはない。
そう安堵したのも束の間、扉をたたく大きな音がしたかと思えば、浅海から悲鳴に近い声が聞こえる。
「被害者が!逃走しました!」




