Case 02「伝える」第一節「3文字の手紙」
それの祖先は遥か昔にこの大地を支配していた。
それはかつて世界大戦で戦場を縦横無尽に駆け回った。
そしてそれは強靭な胸筋を持ち合わせている。
「……こんなもので、何を守れるっていうんだ!」
私はそれに問い詰める。
だがそれは何も答えずに顔色一つ変えない。
しばらく見つめ合ってそれはようやく反応を示す。
「クックー。ポッポッ。」
Case 02 「伝える」 第一節「3文字の手紙」
「ああ、鳩が巣を作ったんですね。」
そこには枝四本と卵が一つあるだけで……これが巣?
「鳩はそんなものですよ。ネットのですけど、これ、鳩の巣」
すごい。なんて雑なんだ鳩よ。色々とネットの画像を漁ってみるとどいつもこいつも誇らしげな顔を……尤も、どれも同じ表情ではあるが。
そんなこんなですっかり興味を持ってしまった私は怖がらせないように少し遠目で観察してみる。仕事そっちのけで。
そんな私を尻目に淡々と作業をこなしながら助手は言う。
「今日は山本警部がいらっしゃるので早めに閉めましょう。」
聞きなれないその人名に少し首を傾げ脳内ファイルを漁ってみる。
「ああ、例の尾行してた彼か。何の用?聴取?」
この間の鳴川圭の調査の時に母親を尾行していた連中を助手が調べ、接触してくれた。
「おそらく、仕事の話かと。……もしかしてニュース見てません?」
「御覧の通り、うちにはテレビの一つもないのだが?」
「……もともと人手不足気味であったことに加えて、昨今の世界情勢、国内治安の悪化に伴って、警察の捜査を一部民間に委任できるようになりまして。おそらくその提携かと。詳しくは警部から聞いてください。」
「へー。まぁそのあたりは君に任せるよ。ちょっとトウモロコシを買ってくる。」
「……飼う気ですか?」
「訓練すれば伝書鳩になってくれるかも……あ。」
とあることに気づいた私はとっさに窓を閉め切って鳩を閉じ込める。それに気がついたのか鳩は暴れる。暴れる。
「どうしたんですか急に!」
助手がそう叫んだのも束の間。なぜか私ではなく助手に攻撃を仕掛ける鳩。
宙を舞う羽根。
地面へ雪崩れ込む書類。
すっ転ぶ私。
「そ、その鳩を捕まえて! 足を!」
「は、はぁ!?」
――――――――――――――――――――
数分前。
俺は山本 藤四郎。警視庁刑事部の警部だ。
昨今の情勢悪化によって本来の捜査に加えてあらゆる雑務をさせられて過労死寸前の警部だ。
妻子持ちの四十代で最近娘から嫌われている警部だ。
いいや?別に恨んじゃいない。
生きる理由もある。
安定もしている。
名誉もある。
責任もある。
そんな仕事だ。恨んじゃいないさ。
せめてもう少し給与をとか。
休みをとか。人手をとか。
そんなことは思っていない。
断じて思っていない。
が、数日前そんな疲労が祟ったのか監視対象の一味に気づかれ接触されるという失態を犯してしまった。
ただ、幸か不幸か彼らは探偵で、その上監視対象は特に問題がないと結論が出たので、今日はその時に接触した探偵と、「捜査業務委託法」に基づいて契約を結ぶため、彼の事務所へ伺う。
その接触した彼、不知火君に対する第一印象は、知的で物腰穏やかな青年。
一言で言えば好印象だ。
こちらを問い詰めるでもなく、仕事を妨害するでもない。
自分たちの立場だけを淡々と説明し、名刺を一枚置いて、さっと消えた。
実に良い。うちの部下に欲しいぐらいだ。
その後、幾度かやり取りを重ね、委託先として相応しいと判断したので今に至る。
そんな彼が助手を務めている探偵事務所。きっと主人は絵に描いたような名探偵。シャーロック・ホームズのような……のはまずいか。紳士淑女。あるいはハードボイルドな風貌かもしれない。男というものは幾つになってもそういうのに憧れるもので、期待に胸を膨らませる。
――ここか。こじんまりとしているが、思い描いた通りの事務所だ。さて……。少し騒がしいな。呼び鈴……はないか。そりゃ客と立場はそう変わらないのだからそのまま入ろう。
さぁどんな事務所だろう?大正浪漫。あるいは英国風。あるいはより洗練された現代的な……。
と、期待に胸を膨らませていた私はまさにお笑いものであった。
そこに広がっていた光景はそれらとはかけ離れた?というよりそれ以前の問題であった。
書類の雪崩に加えて暴れる鳩。
それを捕まえようと必死な……少女?
いや、まさかこの人物が探偵か。
その横には不知火君がいる。
ふむ。
……探偵、間違えたかな。
――――――――――――――
「いやぁ助かりました山本警部!」
そう取り繕った笑顔で……。取り繕う余地があろうか?いやともかく取り繕った笑顔でそう言う。
「いえいえ、お役に立てて何よりで……。」
一方で警部は、引き攣った笑顔でそう言う。
すると見ていられんと言わんばかりに助手が隣から小声で口を挟んできた。
「天知さん。契約等は僕がやります」
「ですから、天知さんはその鳩を煮るなり焼くなり好きにしてください。と言うか、これ以上山本警部が誤解する前にここから離れてください」
誤解?なんの話だろう?全くわからないな。そう思い、ふと山本警部へ顔を向けるとより引き攣る様に見える。
「いや、鳥獣保護法……。」
警部が何か面倒くさそうなことを言うのを遮るように口を開く。
「いや、これは山本警部にも見てもらわないとだ。」
そう言って私は警部から引き取った鳩の足に巻かれた布切れを広げてみせた。
それに対する反応は三者三様で、助手には緊張が伺え、警部は大きくため息をつく。
そこに書かれていたのは、たった三文字。
「sos」
私は不謹慎にも、胸を高鳴らせていた。




