17.5 酔っ払いの戯言(ある酔っ払い視点)
それは偶然だった。
賑やかな街の喧騒から離れて、一人静かに酒を飲んでいた。
夜空を薄く雲が覆い、月も霞んでいる。
わずかに酔い、空になった酒瓶を片手に立ち上がろうとして、ふと暗闇の奥に目を凝らした。
赤みを帯びたものが街を取り囲む高い城壁に沿って移動していれば誰だって興味を引かれるだろう。
遠見の魔法を使い焦点を合わせれば、それは昼間のガキだった。
ギルドの別館にある第一会議室に入って、ざっと見回して持った感想は、おー結構有名どころが揃ってんなぁ。だった。
どこに座ろうか眺めた中に、まるで空席のように空いた空間に座る小さな人影があった。
よく見れば、何も持ってないのに頻りに何かを撫でているような手つきの妙なガキだった。
戦闘向きではないシンプルな赤いワンピースに黒い靴。
14、5に見えるが16、7と言われても、まぁ納得はできそうだった。
ちょうど空いていた隣に腰掛けてじっと見下ろしても無反応。
武器を持っているわけでも熟練した魔法の使い手でもなさそうな様子に、今からやることわかってんのか?って聞いてやりたかった。
あのガキがこんな時間にふらふら出歩いてることなど俺には全く関係ないことだが、向かう方向には関係がある。
興味本位か手柄独り占めを狙ってんのかは知らんが、今あれを刺激して街まで来たらどうするんだよ。
ちっと舌打ちして止めようと後を追うが、街を出たとたんガキの歩く速度が急に上がった。まじかよ。
ここからでは魔法を使った素振りは見えなかったが、きっと巷で噂のあれでも使ったんだろ。
封じ込めた魔法をキーとなる言葉を口にすることで発動させる代物らしいからな。
だが便利な反面、結構値が張るマジックアイテムだと聞いていたが、あんな田舎くさそうなガキが持っているとは驚きだった。
自分に速歩の魔法を掛けるのに少しばかり時間を食って、あのガキを見逃したかと思ったがなんてことはなかった。
やはり目指したものはドラゴンだったようで、遮るもののない夜の平原にすぐにその背中を見つけることができた。
しかし同時に、赤く立ち昇るフレイムドラゴンの魔力も視界の端に捉えてわずかに焦る。
あの距離じゃもうすぐフレイムドラゴンの意識範囲にあのガキが入っちまう。
何とかしてあのガキを、そう思った瞬間、ありえないことが起こった。
「もしもーし!こっちの声って聞こえますかー!」
お前はアホか!
首根っこを掴んでがくがく揺らし拳骨を食らわせてやりたい。
しかし俺が追いつく前に、あのガキに一本のフレイムランスが襲いかかった。
最悪だ。
いきなり中級魔法をぶっ放してきたフレイムドラゴンに足が止まる。
しかしもっと最悪なのはそれを反射の魔法で完全に弾き返したガキだった。
一般的な反射の魔法はある程度の魔法なら完全に跳ね返せるが、中級以上になってくると完全とはいかなくなる。
それをやってのけたということは、あのガキが使っているのが一般的な魔法を封じ込めただけの例のマジックアイテムなどではなく、自分の魔力を使った自分の才能による魔法ということになる。
俺も王宮筆頭などと呼ばれてはいるが、ガキがこんなに完全な形で中級魔法を跳ね返す場面なんぞ見たことがない。
目を見張る俺の視界で、さらにもう一発フレイムランスが放たれた。
今までの中であのガキが何かした様子は無かったが、それも完全に弾き返したガキの前に今度はフレイムランスが20近く出現する。
もはやさすがドラゴンとしか言えなかった。
詠唱なしのうえ、制御の難しい中級魔法を20近くも同時に操れるなど。
格が違いすぎる。
終わったな・・・
あれを連続で受けるには反射の魔法では意味がない。
あのガキがさっきからバカの一つ覚えみたいに使ってる反射の魔法で防げるのは最初の一発だけ。
弾くという性質から反射の魔法に重ね掛けはできない、ゆえに必要なときは効果が切れる度に掛け直すのが暗黙の了解になっているが当然そこに隙ができる。
その隙を狙って、まさかフレイムドラゴンがあんな手を使ってくるとは・・・
前段階として火の耐性を上げ、対魔法防壁をかけていたとしてもあの数じゃあ無理だろうな。
俺は・・・夢を見ているのか?
それとも、まだ酔っているのか?
諦めの視線を向けていた先で、全てのフレイムランスが完全に弾き返されていた。
ありえない。それすらどこか呆然とした頭ではよくわからなかったが、弾き返されたそれらを順次掻き消したフレイムドラゴンが突然ブチ切れたような咆哮を上げたことで、はっと我に返る。
首だけで後ろを向いたあれが何をしようとしているのか瞬時に察した。
来る。
ドラゴンブレスと呼ばれる、防御魔法無視のタチの悪い一息が。
フレイムドラゴンの意識範囲外の距離から遠見の魔法で見ていても寒気がする。
間近でその恐怖に身が竦んだのか、あのガキは微動だにしていない。
そして、一筋の白い閃光が見えた直後、直視できないくらいの光が微動だにしなかったあのガキを呑み込んだ。
しばらくして眩しさに顔を背け手を翳していた肌にも、呼吸するのが嫌になるほどの熱が襲い掛かる。
骨も残ってねぇだろうな・・・そう思い、ある程度治まってからゆっくりと目を開けた先には、どろどろに溶けた大地とその上にぽつんと立ったガキがいた。
どうやったのかは全く想像もできなかったが、あのガキは確かにドラゴンブレスを食らったはずだ。
それも真正面から正々堂々と。
それからしばらく似たようなことを繰り返しているのを観察していたが、やはり種はわからなかった。
そのうちフレイムドラゴンが地に倒れ伏したことで、この戦いの決着は着いたようだった。
立ち昇る魔力も感じない。
はっと気づいて、こんな好機見逃せるわけもないと急いで街に戻って杖を手にとり仲間を集めたが、再び平原に来てみればフレイムドラゴンもあのガキもいなくなっていた。
仲間には酔っ払いと罵られたが、ただ溶けた大地だけはその存在を証明していた。