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光の航路 ―君がくれた空の色―  作者: tommynya


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第7話 卒業と新たな道

 卒業式の当日を迎えた。

 高校卒業後は、大学進学と同時に、CAの専門学校にも通うことが決まっているから、ここからが本番だ。本気で頑張らないとな、と桜の木の下でひとり校舎を眺めていると、後ろから声がかかる。


「卒業おめでとう、和泉さん」


 振り返ると、先生が立っている。バレンタインから疎遠だったせいか、久しぶりのその声に指先が小さく震えてしまう。気まずい空気と共に春の風に乗せられ、二人の間には桜の花びらが舞っている。


「ありがとうございます。先生のおかげで、私の夢に一歩近づけました」


 精一杯の笑顔を作った。失恋の痛みはまだ癒えていないけれど、前を向く強さは身についている。先生が少し俯いてから、口を開いた。


「あの日は……ごめん」


 すぐにわかった。バレンタインデーのことだ。首を横に振る。


「謝らないでください。先生は何も悪くありません。私の方こそ、迷惑をかけてしまって……」


 先生は息を吐いてから顔を上げた。


「いや……。これからも頑張ってね。きっとCAになれるから……」


「先生の言葉は忘れません。その、『絶対CAになれよ』って言ってくださったことが、いつも私の心の支えです」


 二人の間に流れる空気には、淡い寂しさと言葉にならない色々なものが混じっていた。


「先生……もし私がCAになったら……いつか先生の乗る飛行機でお会いできるかもしれませんね」


 先生は少し驚いた顔をして、それからやわらかく微笑んだ。


「そうだな。その日を楽しみにしているよ」


「はい。頑張りますね……」


 それが最後の言葉だった。先生は他の生徒に囲まれてしまったので、私は背を向けて、一歩踏み出した。


 ひらりと落ちてきた桜の花びらを一枚、手のひらで受け止める。

 もう一度会えたら、なんて贅沢だよね……。

 歩き始めた帰り道、見上げた空には雲ひとつない青が広がっていた。


 これからは前だけを見なきゃ。


 そう自分に言い聞かせながらも、先生の笑顔が浮かんでは視界が白に染まっていく。

 私を励ますように、ヒラヒラと風に舞う桜の花びらが、頬を優しく撫でた。


 ◇


 大学生活が始まると、朝から晩まで忙しい日々を過ごしていた。


 早朝には英語の勉強、昼間は大学の講義、放課後にはCA専門学校、夜はアルバイト。息つく暇もない日々だけれど、不思議と苦しくない。睡眠時間を削っても、夢を諦める方がずっと辛いとわかっているから。夜遅くアルバイトから帰るたびに足が重くなるのを感じながら、それでも前に進み続けた。


「イロハ、無理しすぎじゃない?」


 心配する友人たちの声も、ちゃんと励みになっている。


「大丈夫、これが私の道だから」


 CA専門学校の教室は、私にとって聖域みたいな場所だ。制服の着こなし方から緊急時の対応まで、すべて真剣に取り組む。


「和泉さんは説明が丁寧で、お客様を安心させる声の出し方ができていますね」


 講師からそう評価されたとき、胸の奥に灯りがともる。帰り道、電車の窓に映る自分の姿を見て「あと少し」と微笑む。手帳には赤ペンで英語のフレーズがびっしり書き込まれ、付箋で埋め尽くされていた。これが努力の証だ。


 同じ大学に進学した麗華さんは、相変わらず真面目とは程遠い学生に見えた。共通の知人から聞く話では、カラオケや派手なネイル、クラブで遊ぶ日々を送っていて、CAの教本は閉じたままだという。カフェテリアで「私、JNAの創業者の孫なのよ。コネで余裕で受かるわ」と豪語する声が度々耳に入ってくるけど、私はただ自分の道を進むことだけを考えた。


 ある日、大学の図書館で英語の資料を調べていると、突然麗華さんが現れた。


「あら、イロハ、久しぶりね。こんなところで勉強してるの? 相変わらず暗くて地味ね」


 いつものような意地悪な笑みを浮かべているけれど、その目の奥に何か違うものが揺れている気がした。


「英語の航空用語を勉強してるの。麗華さんは?」


「私? もちろん楽しんでるわよ。今夜もクラブに行くの。ねえ、たまには一緒に来たら? あなたも少しは華やかになれるかもよ」


 静かに首を横に振った。


「ありがとう。でも今は、自分の道を進むことに集中したいの」


 麗華さんが少し表情を曇らせ、すぐ取り繕う。でも一瞬、瞳が揺れる。私の地道な努力に苛立っているのか、「努力なんて」と小さく呟くが、すぐにいつもの顔に戻る。

 私たちは全然違う道を歩いているけれど、同じ夢を追いかけていることに変わりはない。


「そう。相変わらず真面目ね。でも、それだけじゃCAになれないわよ。華やかさや社交性も必要なの」


「そうかもしれないね。だから私、アルバイト先のカフェで色んなお客さんと話す練習してるんだ。麗華さんは自分の強みを持ってるけど、私は私なりの方法で頑張るよ」


 麗華さんがバツの悪そうな表情を浮かべた。この時には、私も上手く言い返せるようになっていた。



 夜中の二時、アルバイトから帰って机に向かう。毎日の日課の復習ノートを開くと、書き込みすぎてページがよれよれだ。そのまま机で寝落ちして、今日も夢を見た。先生の声が聞こえた気がした。努力は必ず実を結ぶ、と。


 ◇


 大学三年になり、ついにJNAのCA採用試験の当日を迎えた。


 鏡の前で何度も練習した笑顔と立ち振る舞いを確認してから、試験会場に向かう。


「いよいよだね」


 同じ専門学校の友人と励まし合いながら、面接室の前で待機した。廊下の向こうに麗華さんの姿が見えて、視線が一瞬合う。でも今日はお互い、自分のことで精一杯だった。


「和泉彩葉さん、どうぞお入りください」


 緊張の面持ちで入室する。審査員の厳しい視線を感じながらも、練習通りの立ち振る舞いを心がけた。


「なぜ客室乗務員を志望されましたか?」


「私は人と人とをつなぐ架け橋になりたいと思い、この職業を志望しました。空の上で、様々な国の方々が安心して快適に過ごせるよう、真心を込めたサービスを提供したいと考えています」


 まっすぐ審査員を見つめている。言葉には、高校時代には持っていなかった確かな自信が溢れていた。かつて引っ込み思案だった私は、今は自分の意見をはっきりと伝えられる。そのことが自分でもわかって、嬉しくなった。


 ◇


 結果発表の日になり、私は朝からソワソワしていた。

 正午にスマホにメールが届く。恐る恐るメールボックスを開くと――。


「やった……!」


 合格だった。涙ながらに画面を見つめる。これまでの苦労が一気に報われるような喜びで、心が満たされていく。



 合格の嬉しさを噛みしめながら、駅のホームで電車を待っていると、向かいのホームに見覚えのある姿を見つけた。蒼だ。隣には長身の青年が寄り添い、笑い合っている。


 ……あれが噂の彼氏かな。大学に入ってから好きな人が出来たと聞かされていたから存在はなんとなく知っている。最近は高校の時のように毎日会うことはなくなったけど、近況報告はよくしている。


 蒼には、さっき合格したとメールしたばかりだ。目を細めていると、蒼がこちらに気づいて、手を振りながら叫んだ。


「イロハ、CAおめでとう!」


「ありがとう」と口パクで返し、笑顔で手を振り返す。幸せそうな蒼を見ながら、嬉しさが倍増した。

 その時ふと、麗華さんのことが、少し頭をよぎった。あの日、廊下で試験を待つ彼女の不安そうな横顔が思い出される。結果は、共通の知人からのメールによると、不合格だったという。創業者の孫だからこそ、より高い基準で評価されたと聞いて胸が痛かった。

 実力主義の理念が、身内に一番厳しく向けられた形になったそう。同じ夢を追いかけていた彼女のことを、どこかで応援したいと思った。


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