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光の航路 ―君がくれた空の色―  作者: tommynya


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第6話 バレンタインの告白

 冬になると、クラスは受験結果で湧いていた。喜びの声や、必死に勉強する姿。それぞれが目標に向かって進んでいる。


 私も志望校に合格して、大学と専門学校の両立が始まる。CAを目指して、英語をもっと伸ばそうと意気込んでいた。


 時期的に、学校中がもうすぐ訪れるバレンタインデーの話題で持ちきりになっていた。


「イロハ、チョコ作るの上手なの?」


 莉緒の質問に、少し照れながら答える。


「去年、練習で作ったものを蒼に食べてもらったけど、美味しいって言ってくれたよ」


「それ、お世辞で言ってるだけかもよ。田中ってイロハに甘いからね」


「違うって! イロハのチョコは本当に美味しかったんだ!」


 蒼が真っ赤な顔で反論して、みんなに笑われてる。蒼のこういう優しさが付き合ってると思われる理由なんだろうな。でも、友情なんだ、これ。


「今年は特別なレシピで作るよ。ベルギーチョコを使って……」


 友人たちは私の真剣さから、本命がいるとばれてそうだけど、何人かの「頑張ってね」の応援が励みになる。


「やっぱり、イロハは湊先生にチョコあげるの?」


 莉緒の鋭い問いに小さく頷いた。


「うん……でも、生徒だし、受け取ってもらえないよね……」


 職員室での様子を知っている友人の話では、先生が生徒からのチョコを丁寧に断っているらしい。教師としては正しい判断だと思う……。


「でも、イロハなら特別かもよ?」


 蒼の言葉に小さな希望を抱きながらも、不安の方が大きかった。


 ◇


 バレンタインデーの早朝、誰もいない職員室にこっそり忍び込んだ。


 胸が張り裂けそうなほど激しく脈打っている。人目を気にしながら、震える手で引き出しをそっと開ける。徹夜で作ったチョコと手紙を滑り込ませた瞬間、心臓がどくんと跳ねた。


 直接渡して告白することも考えたけど、受け取ってもらえないかもしれないから。私には、こうするしかなかった……。やっぱり恥ずかしいから。


「これでいいのかな……」


 職員室を出ようとした瞬間、ドアがガラッと開いた。


「わっ……!」


 湊先生と鉢合わせてしまって、これ以上の言葉が出てこない……。顔が熱くなってしまい、逃げるように走り去る。すると、廊下の角を曲がる前に麗華さんに遭遇してしまう。冷たい視線が痛い。



 それから、五限まで不安定な心情のままだったけど、なんとか一日を終えた。放課後になり、帰ろうとしていると低い声で呼びとめられた。


「和泉さん、少し話せるかな」


 湊先生だった。気まずすぎるけど、先生の後を着いて行く。きっと良い話ではないだろう。暗い表情から察した。

 人気のない教室に入り、向き合うと沈黙が流れた。一分位だろうか。


「あのチョコ、君がくれたの?」


 小さく頷くと、先生の表情が深刻なものになっていった。


「俺、実は婚約者がいるんだ。ごめんね」


 先生は申し訳なさそうに、目を伏せた。


 世界が止まった――私の初恋が終わった瞬間だった。


 ビリビリと破り捨てられる私の心臓は、切り裂くような痛みが走る。視界がぼやけて、色も音も失っていく。無彩色の部屋にただ一人閉じ込められたみたいに。


 でも、先生に負担をかけたくなくて、精一杯の笑顔を作った。


「そうですか……わかりました。お幸せに。失礼します」


 足早に教室を出て、駆け出す。廊下に出た瞬間、涙があふれ出す。人気のない場所までたどり着いたとき、足から力が抜けて壁にもたれかかった。深呼吸を繰り返して、何とか立っていられるように自分を奮い立たせる。


 先生には、大切な人がいたんだ。当たり前だよね。こんな私なんかより、素敵な人がいて――。


 拭っても拭っても、涙が止まらない。それでも、前を向こうと必死だった。壁にもたれて泣いている姿なんて、誰にも見られたくない、と思ったそのとき――背後から、冷たい声が聞こえてきた。


「残念でした~ 両想いなわけないよね。あんた走るの早いのよ」


 振り向くと、麗華さんがはぁはぁと息を切らしつつも、キツイ言葉を浴びせてくる。嫌味は止まらない。


「抜け駆けして、先生の机にチョコ入れた時はびっくりしたけど。まあ、ダメだよね。受け取らないって言ってるのに勝手に入れるなんて。で、告白は断られたんでしょ?」


 もう、耐えられなかった。「私は私の道を進む」と自分にカツを入れ、涙が溢れそうになるのを堪えながら顔を上げる。


「やめてよ! 私がどんな気持ちか、少しでもわかる? 人を見下して何が楽しいの?」


 麗華さんが言葉を失った。今まで黙って受け流してきた私が、こんなにも感情をぶつけてくるとは思わなかったのだろう。


「私だって……」


 麗華さんは一瞬言葉に詰まって、目をそらした。


「あんたのように、行動できたらって思うよ。でも、必死になるなんて私に似合わないでしょ……?」


 そう呟いた後、すぐに強がった口調に戻る。


「こそこそ抜け駆けして、英語の勉強見てもらってるの、知ってるんだから。本当、ずうずうしい」


 引く気はなかった。今日の私は今までの私ではない。震える声で、でも強く言い返す。


「私だってずっと頑張ってきたんだよ。CAになるために、湊先生に英語を教えてもらって、勇気をもらって、もっと頑張ろうって思うことがそんなにいけないの……? あなたは何が気に入らないの? 私が努力していること? それとも、私が夢を持っていること?」


 麗華さんが初めて、まっすぐ私と目を合わせた。

 そこには強い意志と、傷ついた心が混在しているみたいで、表情が一瞬だけ緩んだ気がした。羨ましいと思ってくれているのか、それとも別の感情なのか――すぐにいつもの冷たい仮面をかぶり直したから

真意は読めない。


 長い沈黙の後、「ふん、所詮あなたは地味な努力家。華やかさが足りないのよ」と言い放ち歩いて行く姿に、一瞬だけ迷いが見えた気がした。

 正面からぶつかってみて良かったと思う。このまま言われっぱなしでは壊れてしまいそうだったから。


 廊下をとぼとぼと歩き出したら、柱の角から蒼が現れた。先生に呼ばれた私を心配して待っていてくれたようだ。優しいいつもの顔で、何も言わずに抱きしめてくれたから、思い切り泣いて子供のように身を委ねる。


「お前はよくやった」と頭を撫でて慰めてくれるけど、頷く事しか出来ない。涙が枯れるまで、数分間そのままでいさせてくれて――ようやく、顔を上げられた。


「大丈夫だよ、イロハ。お前は間違ってない。努力してることは絶対に間違ってないんだから」


 蒼の言葉に心が軽くなっていく。私の気持ちを理解してくれる人がいることに救われる。


 帰り道は、まだ視界がぼやけたままだ。そんなに早く切り替えられるわけがない。ただ、蒼の後ろをついていく。涙を拭いながら空を見上げると、夕暮れがグレーと茜色でぐるぐると混ざりあっている。


 蒼の励ましのおかげで徐々に色が戻ってきているようだ。

 もう、前に進むしかない。


「CAになる夢だけは、絶対に諦めない」


 声に出したら、不思議と足取りが軽くなり、前を向けた。

 この夢だけは、絶対に叶えてみせるから。


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