第4話 すれ違う想い
あれから数日後の放課後。
質問があって職員室を訪ねると、先生と二人きりになってしまった。計算したわけじゃなくて偶然だ。
先生は普段と変わらず、教科書を手に説明をしてくれる。
「ここのフレーズは、少しニュアンスが違うんだ。感情を込めて言うと……」
「ここですか?」
教科書に指を伸ばしたとき、先生の手と重なってしまった。ビリリッと電気ショックを受けたみたいに、耳の奥まで熱くなってしまう。先生は何事もなかったみたいに、すっと手を引いて「そうだ、そこだ」と言ったけれど、声が少し上ずっていた。
「先生の手……温かいですね……」
思わず呟いてしまった。先生は無かったことにしたそうだったけど、私には出来ない。
「君の方が温かいよ」
と先生が反射的に返した。二人して顔を赤らめ、しばらく黙り込む。 沈黙が続く中、先生が机の引き出しを開けて、こっそりとイチゴミルクを渡してくれた。
「これ、みんなには内緒だよ。頑張ってる君へのご褒美」
嬉しくて、体が跳ねそうになった。 先生が生徒にこんなのあげちゃダメなんじゃないの……?
「湊先生、ありがとうございます……」
先生って、私のこと特別に想ってくれてるのかな……? 心臓をぎゅっとされたみたいに痛い。窓の外から、淡いピンクの光が差し込んでいるけど、私の脳内の方がピンクだ。
◇
夢見心地でフラフラと教室に戻ると、蒼が待ちかまえていた。
「最近、湊先生と仲良いよな? 職員室行き過ぎじゃね?」
「ただ勉強を教えてもらってるだけだよ」
必死になって反論してみるけど、蒼はこういう事には敏感だから隠せないだろう。
「嘘つけ、顔を見ればわかるよ。完全に恋してるじゃん! バレバレ」
その数分後、先生が教室に入ってきた。 ちょうどそのタイミングで、蒼が駆け寄って声をかける。
「先生、イロハと俺が付き合ってるって噂あるみたいっすよ」
先生が一瞬目を見開いた。
「そうか……二人はいつも仲が良いもんね」
少し寂しげに聞こえた。気のせいかもしれないけど、先生の様子が変だ。遅れて私も会話に割り込んだ。
「違います! 蒼、何言ってるの!」
慌てて否定したけれど、先生は微笑んで「素敵な高校生活を送ってね」と言って去ってしまった。
帰り道、空を見上げながら溜息をつく。蒼の冗談のせいで、先生が誤解したままかもしれない。
後から、あれは蒼なりの計算だったと謝られた。先生の反応を確かめたかったらしい。でも、きっと失敗だ……胸が甘く疼いた。
本当の気持ちを伝えたくて、一瞬スマホに手を伸ばしたけれど――勇気が出なくて、そのままポケットにしまう。
それからだった。先生から少し距離を置かれてると感じた。特別講座への誘いもなくなって、授業中も以前のような温かい視線が減っていって……。気のせいだと思いたかったけれど、日が経つほどに確信に変わっていく。考え始めると止まらなくて、気持ちがどんどん沈んでいった。
「どうしちゃったんだろ……」
独り言みたいに呟いてたら、蒼が気づいてくれた。
「もしかして、先生は俺とお前が本当に付き合ってると思ってるんじゃね?」
「え?」
「ふざけてただけなのに、誤解してんのかな? おまえ、早く告白しろ」
愕然とした。ふざけてたのもあるけど、あれ以外にも、蒼とは幼い頃からの習慣で軽いスキンシップがあるし、兄弟みたいに仲が良い。それを見た先生が誤解するのも無理はないかも。
「どうしよう……」
「素直に言えばいいじゃん。俺はゲイだから、お前とは恋愛関係じゃないって」
「そんなこと言えないよ! 蒼のカミングアウトは、蒼自身がするべきことでしょ」
「別にいいよ。俺のことは気にするな。お前の気持ちの方が大事だろ」
「無理だよ! だって蒼は誰にも知られたくないでしょ……?」
視線が合うと、蒼の表情は不安そうに曇っている。絶対に言えないよ、そんな顔してるのに。二人でしばらく真剣に考えたけれど、結局答えは出なかった。
その夜、窓辺で日記を開いて、ペンを走らせながら今日一日を思い返す。
――先生の声、近くで聞くと胸が苦しくなる。でも、もっと聞いていたい。
書き終えて、ふと夜空を見上げたら、月がいつもより悲しそうに輝いていた。




