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光の航路 ―君がくれた空の色―  作者: tommynya


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第2話 嫉妬の炎

 それから数日後のことだった。

 英会話部の教室で、麗華さんに声をかけられる。


「あんた湊先生のこと好きなの?」


「え……そんなことは……」


 言葉が上手く出てこない。仲良くもないのに本心なんて言えないし……。


「私、湊先生のこと狙ってるから。邪魔しないでよね。あんたみたいな地味子に先生が振り向くわけないでしょ?」


 心臓のど真ん中に、氷剣がグサッと刺さった。麗華さんは長身でモデル体型、顔立ちも華やかな美人だ。並べて考えるまでもない。私は平均的な外見でクラスでも目立たない存在。「負けない!」なんてとても言えない。


 そのとき、教室に湊先生が入ってきた。


「今日は、将来の夢について英語で発表してもらいましょう」


 穏やかな声で話しかける先生を前に、緊張で手が震える。ノートの英文を繰り返し目で追いながら、息を整えた。基礎はわかっているつもりでも、実際に声に出すとなると自信がない。それでもCAになるための一歩だと思って、必死に練習してきた。


「では、和泉さん、お願いできますか?」


 名前を呼ばれた瞬間、鼓動が速まっていく。ゆっくりと立ち上がり、深呼吸をする。

 そこへ、麗華さんが手を軽く上げた。


「先生、私から話してもいい?」


「どうぞ」


「“My dream is to become a flight attendant. I think I’ll join JNA because my grandfather is the founder. Actually, I have to join…… Also, I’m confident in my English skills because I lived in America.”」

(訳)(私の夢はCAよ。祖父が創業者だからJNAに入ると思うわ。というか、入らなきゃいけないのよ……それに、アメリカで暮らしていたから、英語には自信があるの)


 流暢な発音、余裕の表情。聞いていて、心がどんよりと重くなってしまう。

 お爺さんが創業者といっても直接のコネはないと聞いたことがある。しかし、麗華さんはそれを信じていないみたいで、自分を特別だと思い込みたいような……その瞳はどこか現実を見ていないように見えた。


 先生が穏やかに、

「“Well done. Keep up the good work.”」

(訳)(よくできました。頑張ってください)


 と伝えて、今度は私に話すように促す。


「“I want to become a flight attendant. It’s been my dream since I was little.”」

(訳)(客室乗務員になりたいです。それは私が小さい頃からの夢でした)


 発音は完璧じゃない。でも、これが今の私にできる全力だ。


「“That’s wonderful! Why did you choose that career?”」

(訳)(それは素晴らしい!なぜその職業を選んだのですか?)


 先生の声が届いた瞬間、少しだけ緊張がほぐれる。窓の外の青空を見つめながら、答えた。


「“I want to connect with people around the world and make their journey comfortable and memorable.”」

(訳)(世界中の人々をつなぎ、彼らの旅を快適で思い出深いものにしたいです)


 そこまで言って――なぜか、止まることなく、口が動いてしまう。先生の優しい表情を見ていたら、自然に出てしまってて……自分でも驚くくらい唐突に。


「“If I become a flight attendant…… will you date me then?”」

(訳)(もし私が客室乗務員になったら……彼女にしてくれますか?)


 教室が静まり返った。


 耳まで熱くなるのがわかった。どうして言っちゃったんだろう。後悔が波みたいに押し寄せてくる。それでも先生の反応が気になって、鳴り止まない鼓動は限界を超えそうだ。後ろの席からの、麗華さんの視線が背中に突き刺さってくるのも、ちゃんと感じていた。


 英語だと、なぜか大胆になれる。たどたどしい発音で気持ちをぶつける方が日本語より楽で、日本語では絶対に言えないことが英語だとするっと出てきてしまう。Z世代の感覚なのか、それとも私だけがおかしいのか、自分でもよくわからない。


 先生は一瞬、驚いたように瞳を見開いた。でもすぐに落ち着いた表情に戻る。


「そうだなぁ……考えておくよ」


 語調は軽やかだけれど、真摯な態度だった。


「す、すみません、冗談です……!」


 慌てて謝ろうとしたら、先生が真剣な顔で言った。


「でも、絶対CAになれよ。君なら必ずなれる。その努力する姿勢が素晴らしいから」


 手が小さく震えた。単なる励ましじゃない。本気で私の夢を信じてくれているような温かな表情と、穏やかな声があったから。


 部活が終わり、教室を出たとたん麗華さんが詰め寄ってきた。廊下の窓から差し込む夕日を背に、彼女の美しい顔を冷たい影が包んでいる。


「あんた、湊先生にあんな事言うなんてずうずうしくない?」


「え……そうだよね……」


「本当、笑えるんだけど、あんたみたいな地味子が湊先生を好きになる権利ないし」


 言葉を失った。図々しいのは分かっているし、釣り合わないのも。でも希望を言葉にするくらい許して欲しい……。


「それに、CAになる事夢見てるけど、あんたに向いてないわよ~ 英語も下手だし、その平凡な見た目でよく言えるわ、私みたいな容姿端麗で英語が堪能な人がなるものでしょ?」


 耳が痛い。でも、そのとき先生の声が蘇ってくる。


 ――努力は必ず実を結ぶ。


 その言葉が胸に灯った。


「私、絶対にCAになってみせるから。そのために人の倍頑張るよ」


 小さな声だったけれど、自分でも驚くくらい揺るがなかった。


 一部始終を見ていたらしい先生が、私たちの方へ向かってきて、厳しい表情で麗華さんに言った。


「才能より大切なものがある。それは努力だ。誰もが最初から完璧じゃない。大切なのは、向上しようとする意志だ」


 麗華さんはバツが悪そうに、反論することもなく、不満げな表情で去っていく。そして、先生が私に声をかけてくれた。


「和泉さん、絶対CAになれるよ。君なら、必ずなれる。自分を信じる事を忘れないで」


「ありがとうございます……」


 少しだけ笑えた。涙が出そうなのをこらえながら、遠ざかっていく先生の背中を目で追う。「絶対CAになれるよ」という言葉は、私の記憶に深く刻まれた。


 ◇


 その後、部活を終えた生徒もほとんど帰宅した、人気のない校舎に私はまだ残っていた。


 職員室に向かいながら、なぜここに来ているのか自分に問いかける。ただ、お礼を言いたかった。それだけのはずなのに、廊下を歩くごとに緊張はピークに達していく。職員室に着いてもドア前に立ち止まり、数分間呼吸を整えている。


 なかなかノックが出来ない。いつまでここにいるつもり? と自問自答していたら、ドアが開いて先生が出てきた。


「あれ、和泉さん? まだ学校にいたの?」


「あの……今日は、ありがとうございました」


 深く頭を下げる。感謝を伝えたくて……。顔を上げると、先生が柔らかく微笑んで、言葉がなかなか出てこない私を待ってくれていた。


「私、本当にCAになりたいんです。でも、英語も不安だし、自分に自信がなくて……」


 すると、先生は優しい声で諭してくれた。


「君は一番大切な物を、もう持ってるんだ。努力を惜しまない姿勢。先生も実は昔、パイロットになりたかったんだ。でも視力の問題で、諦めなきゃいけなくて……だから、君には夢を叶えて欲しいんだ」


 先生が自分の夢を、私に託してくれてるみたいで嬉しいし、心がホカホカと満たされていく――こんな気持ち初めてだ。


 この春の木漏れ日みたいな眼差しに、溺れてもいいですか?


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