4−9ロムダーオ
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フルムーンパーティの当日は見た事も無い様な数の客達がヘブン島に襲来した。桟橋には人が溢れ、ホントンの雇った警備員は目を白黒させながら観光客を西海岸のビーチに誘導した。
まるでバンコクの様な人いきれに、どこからか沸いた沿道の屋台が肉を焼く香ばしい煙を飛ばす。
ジョジョもガンも興奮気味に豚串を持ち、食べ歩きながら人の波に乗って海岸の会場へと入った。
ロムは終始ぶすくれた表情だったが、普段が無表情なので誰もロムを窘めなかった。
細長い砂浜に、全部で十箇所ある円形のお立ち台に上れる人数はせいぜい十人程度である。集客を分散させる為に敢えてお立ち台は小さくした。エリアごとに流す曲のテイストを変え、本場サムイのフルムーンパーティとは随所で差別化を図る。
各所には施設警備員を設けて麻薬取締を強化し、あくまでクリーンなパーティである事を証明したい。そうすれば話題が話題を呼んでヘブン島のクリーンなフルムーンパーティは南部の一大イベントとして定着するだろう。
スカイは小型トランシーバーを耳に嵌め、常に各会場と連絡を取り合っていた。
「よっ、スカイ!どう?」
忙しい最中に視界に突然入り込んだダーオの姿に、スカイは思わず感嘆の溜息を漏らす。トランシーバーの電波傍受すら無視してしまう有様だ。ダーオの褐色の肢体が惜しげもなく大衆に晒される日がついに来た。
「…あぁ、ダーオ…今すぐここで君をどうにかしてしまいたいよ…僕の一番星!」
すぐ近くの木に咲いていたプルメリアの花をダーオの耳元に挿したスカイは、露出度の極端に高いダーオの衣装に目が離せない。きっと来場客も真っ先にこの妖艶な踊り子を見つめるだろう。
褐色の肌にブーメランパンツのエナメルブラックが艶めいて、きゅっと引き締まった小尻に客達は手を這わせたい。けれどそれを許されるのはこの世でただ一人、スカイだけがその権利を有するのだ。
上半身には両の突起を隠すつもりの無いハーネスが胸筋の上に飾られていた。ダーオの均整の取れた筋肉は余計に際立つ。
スカイが美しいダーオを見せびらかしたい心理、それは公にカップルだと公表できぬジレンマがそうさせるのかもしれない。
「あ、いたいた!あそこだ!」
ジョジョがスカイとダーオを見つけ、やっと皆が合流する。
「…ッ⁉」
ロムはダーオの霰もない衣装を前に絶句する他無い。
恋人を見せびらかすだなんて正気ではないと思っていたが、前言撤回だ。
(…スカイは狂ってやがる…)
どこの世界に恋人の素肌を晒したい男が居ようか。密室に閉じ込めて自分以外をその瞳に映したくないとすら思うロムの恋愛観とスカイの恋愛観はまるで水と油である。
「すげぇ格好だな、ダーオ!給料はかなり弾むらしいな!俺もゴーゴーボーイしようかな」
ガンがそんな事を言うが、ジョジョは即座に否定する。
「ダメダメ、お前みたいなムサいヤツがやっても見栄えが無いってーの!」
「そんな事ないって!なぁ、ロム!俺のボンテージ、お前なら見たいだろ?」
ガンがロムに話を振るが、ロムはあまりの感情の乱降下に声が発せられない。スカイは正気ではないと思えば思うほどロムの眉間には皺が寄り、その眼光が鋭くなる。
「…おいロム!お前だってホントンの恩恵にあやかるんだから少しは盛り上げろっての!いいか?こんなに大勢の客が来たら、絶対今日のHotel Heavenlyは満室だ!スカイ様様だぞ!」
ジョジョはスカイに媚びた視線を向けながらそんな事を言う。ガンも頷いて続ける。
「そうそう、この島は天国の島だ。この島で起きた事は外の世界には持ち帰らない!後腐れの無い一晩って訳だ!麻薬はご法度かもしれないけど、男女の出会いは腐るほど!お前の家の稼業にもやっと光が差したんだぞ!」
ガンの追随に気を良くしたジョジョはグラスを高らかに掲げ、二人は酒を乾杯し合った。
ホントンとこの島はもう二度と切り離せない。何もホントンばかりが悪い訳ではない。島の若者の選択にホントンはもう除外できないというだけの話なのだ。甘い蜜の味を知ってしまった者はそれ以前の生活には戻れない。
★
フラッシュライトとスモークが焚かれた会場に爆音が流れる。
海岸線の光の洪水に怯えた動物たちは島の奥へと避難を余儀なくされ、海の生き物達は浅瀬に近寄る事をしなかった。
迸る汗を滴らせながら踊るダーオのその褐色の肢体を照らす照明は妖艶だった。他のゴーゴーボーイがバックダンサーに霞んでしまう程、
ダーオはお立ち台の中でもとりわけ目を惹く存在となる。
円形のお立ち台を囲んで煽る白人達の指笛に、ダーオはにこっと人たらしの笑顔を向けるのだ。皆がダーオに恋をする。その腰の動きを実践で試したいと願い出る。
振り向いてもらう為、瓶に入った酒を渡す者にダーオは優しい。一口だけ飲むと瓶をお返しする、それを繰り返せば酒量はあっという間にコップ数杯分に及んでしまう。
爆音の中で踊るダーオはご機嫌だ。
様々な色のバーツ札がダーオのハーネスに捻じ込まれ、悪戯者は捻じ込む拍子にダーオの身体を触ってゆく。ハーネスは程無くお札でいっぱいとなり、今度はエナメルパンツにお札が捻じ込まれて行った。
そんなダーオの姿を満足げに眺めるスカイは、ちょっとしたトラブルに発展しそうな別会場の報告を受けてその場を後にする。ダーオにばかり注視していられないのが責任者の歯痒いところだ。
踊り疲れて一旦バックヤードに引こうとしたダーオは思いのほか酔っている自分に気付けなかった。
ふら付く足取りのダーオをさも親切ぶって介抱するスタッフがダーオを木蔭に連れて行く。激しい運動とアルコールに人々の熱気で朦朧とするダーオは、その優しさを与えてくれる人間をスカイだと勘違いしてしまった。
「…スカイ?」
「若頭は別会場に…。ダーオさん、こちらです…」
スタッフは生唾を抑えきれない。極上の魅力を有するダーオの肢体は男女を共に惹き付ける。人生で一度ありつけるかどうかのご馳走を前に、自己を律する人間など居ないだろう。ダーオの人たらしは天性のものだ。
「…はぁ…そ。…水、ある?」
酔ったダーオの仕草はどれ一つを取っても誘う響きを有していた。漏れ出る吐息が見る者の劣情を煽るのだ。
「…あッ、はいっ…ここに…」
スタッフは水を口に含むとダーオに口移しで水を飲ませようとする。ダーオは激しい運動で喉が渇き、酔いによる酩酊で正常な判断力を失っている。
与えられるままに水を得ようとするその瞬間、殴り飛ばされたスタッフは咄嗟の事に踏ん張れず、遠くに飛ばされてしまった。
「ッおい!!」
怒り心頭のロムが髪を逆立てダーオの腕を掴むとその場を後にする。
こんな乱痴気騒ぎはヘブン島らしくない。こんなヘブン島をロムは知らない。スカイは一体どこへ行ったのだろう。恋人一人守り切れずに、麻薬撲滅なんて理想は果たして遂行できるのか。そもそも恋人に裸同然の格好をさせて喜ぶスカイの気が知れない。ダーオは見世物では無い。
ロムは何に対しての怒りか判然とせぬまま、ダーオをバイクの後ろに乗せてフルムーンパーティ会場を後にした。
「絶対腕を離すな」
酔っているダーオが途中で転げ落ちてしまっては大変だ。腹部で組まれたダーオの腕をロムはがっちりと握ると、原付バイクを急発進させる。普段はそんな危険な運転などしないけれど、今日ばかりはロムの怒りが前面に出てしまう。
唐突な怒りを向けられたダーオは混乱するばかりだ。勝手に帰ってしまってはスカイに迷惑がかかってしまう。
「はっ…何?Nong…どこ行くの??」
「黙って。怒鳴りそう」
こんなに剣幕なロムも初めてだ。ダーオの素肌がロムのTシャツに擦れる。満月が照らすダーオの肩甲骨を見る者は居ない。
ビーチの重低音が鼓膜を震わす。けれどけたたましい騒音を抜けると、二人だけの夜道を走り抜く原付バイクの音だけが環状道路に響いていた。
爆発寸前の感情を持て余す、怒りの滲むこの想いをどこにぶつけたらいいだろう。
幾夜となくダーオを恋しく想った。幾夜となく独り寝の寂しさが身に沁みた。
けれど心の真ん中にダーオを据えると寂しさの中に安堵が芽生えた。絶対に叶わぬ想いダーオに抱き、独り恋い焦がれる気持ちすらもロムには愛しかった。
けれど今夜はその限りではない。ロムにとってこんなに胸糞悪い夜もない。
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