4−8ロムダーオ
ダーオは柄にもなく語ってしまった気恥ずかしさを埋める為、ししし、と笑いながら、哀れで寂しい人生で一番辛かったあの日の自分を思い返す。
父との連絡が途絶えた翌日の海は、前日の時化が嘘の様に穏やかだった。
今なら父はこのミラーがかった美しい海からふらっと船を滑らせて帰って来るのではないか。そんな淡い期待を持ちたくなる程にヘブン島はいつもの様に美しかった。
ざわつく島内では皆が心配し、大人は慌ただしく方々を遁走していた。男達は沖に船を出し、沖に出ぬものは灯台で海を見守った。
女達は食事を作り、皆が事故を起こした男の妻である母を慮った。
誰もが自分に出来る事に必死に取り掛かり、ダーオがその場にいない事を誰もが気付けなかった。
幼かったダーオはこの秘密の砂浜で、エメラルドブルーの海に向かって筏を出そうと思いつく。
ナイフとロープの結び方は父から既に教わっていた。父の補助さえあれば何でも切れる自慢のナイフの刃先がきらりと光る。けれど筏の材料となる丸太は生憎近辺には無かった。
手に持つサバイバルナイフをパームツリーの並木の一つに宛がうと、何度も往復させて筏の材料を切り出そうと試みる。しかし汗でナイフの柄は滑り、額の汗がダーオの瞳を濡らして鬱陶しかった。
父が補助に入ってくれないのなら切れるはずもない。そもそもサバイバルナイフは木を切るには荷が重い。
泣きながら幹に刃を擦るダーオの手は擦り剝け、血が滲んでいた。
この世に仏はいない。ダーオはこの時ばかりは幼心にそう思えた。柄を握る拳が汗と血に塗れて滑り、ナイフを引いた瞬間に手の内に刃先が滑り込む。切り裂かれた掌が鮮血に塗れる。
「…ッ!!」
痛くはなかった。ただ一瞬で出来てしまった小さくない傷に、ダーオは言葉を発するのを忘れる。
「…ダーオ!」
後ろから駆け寄ってきたのはロムだった。
慌ただしい大人達の中にダーオが居ない事を不審に思ったロムがやっと見つけ出したダーオは、血濡れの掌を前に呆然とした様子だった。
「………ぁ……………ロム……」
ダーオに駆け寄るロムはダーオの手を見るなり慌ててナイフを奪う。ダーオが何かを言う間もなく今度はロムがパームツリーにナイフを擦った。
「…ロム!?」
ただ必死に、ロムは健気なダーオの代わりにこの木を切ってやりたいと思った。
ダーオの血塗れな掌に手当を施してやらなければいけないけれど、きっとダーオは掌の手当てをする時間も惜しいくらいに、父を探しに海へ出たいだろうとロムは思ったのだ。
徐々に滲むロムの血はナイフを握る手を滑らし、手首から肘にかけて縦に十センチ程の傷を作ってしまった。
木を切る為の用途には使われない、ロムに握られたそのナイフは既に刃こぼれが起きていた。
鈍らになっていたから助かったものの、この傷はロムにとって一生消えない傷となる事を幼いロムは知らない。
「ロム…!もう良い!もういい…‼血が!」
「お前もだろ!…のこぎり持ってくる!」
「良いんだ‼もう良いんだ‼ここで待ってろ!」
ダーオは走って家に戻ると、応急手当の箱を持って急いでロムの元に戻った。ダーオの血塗れの姿に大人達がどう言う反応を示したかは覚えていない。もしかすると皆が桟橋に出払って、ダーオの家には誰もいなかったのかもしれない。そこらへんの記憶は定かではない。何せダーオは必死に救急箱を抱えて砂浜に戻った。
相変わらずの太陽は容赦なくダーオを照射する。
汗だくで涙だらけのダーオが自身の傷も忘れてロムを岩場トンネルに場所を移す。嗚咽と血だらけの手でロムの手当てをしているダーオとは対照的に、ロムは困った様な笑みを浮かべながらダーオを眺めていた。
「…木を切らなきゃな」
こんな傷を負っても尚ロムはまだそんな事を言う。岩場トンネルに抜ける潮風が二人の湿った髪の毛に涼しかった。
「…っ………はは…」
少なからずダーオはロムの言葉に毒気を抜かれた。
子供が出来る事は限られている。子供は無力だ。父の助け無しでは木すら切れない。全くの無力だ。
ではせめて自分はこの砂浜で父の帰りを待とう。そう思わせてくれたのは、自身の負傷も厭わないロムだったのだ。
手当てが完了したロムの腕に巻かれた不格好な包帯姿。滲む互いの血液。
けれど不思議とロムは痛みを感じていなかった。鼻でふっと笑ったロムはダーオの掌を強引に引っ張ると、ナイフ痕に優しく消毒液を振り掛けた。
「…お前の手当てもしてやるよ」
「…あぁ…ありがと…でも優しくしてくれよ…痛いのは嫌だ」
軽口を叩き合う二人は子供の領分を知る。
あの日負った傷の手当てをしたのは紛れも無い二人同士だったのだ。
★
そんな過去を逡巡したダーオは、スカイの事を理解できないと怒るロムを前に苦笑いをする。寄り添い合えば辛さは半分になる事を身を以て教えてくれたのは紛れもないロムだったのに。
容赦ない時間が降り注ぎ、父を待つ事をいつしか諦め始めた大人達に理不尽さを覚えながら、それでも否定的な言葉を一つも言わずロムはダーオに寄り添った。
大地を潤す容赦ない雨の日を経て、緑立ち込める中に虫達の声を聴き、互いの身体がその心の悲しみを収められるくらいに成長するまで、ロムはダーオに寄り添った。小さな体に収めきれない悲しみも、ロムが居たからダーオは耐えられた。
ロムの両親が離婚した時、ダーオはロムがしてくれた事をお返しした。寄り添い合えば寂しさも半分になる。悲しみも半分になる。一つの悲しみに浸らなくて良い手段。
全て、ロムが教えてくれた事だ。
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