28. 水の王の歌
やってきたのは水の国シアーズの王、ギルバートだった。
「やあ盟主!取り込んでるみたいだから勝手に入ってきたよ。ひどい顔をしているね。」
いつもと変わらない飄々とした態度に、場が一瞬にして沈静化された。
「水の王……どうされたんだ。」
「ウチの姫君の付き添いだよ。どっか行ってろと言われたから、君とゆっくり話す良い機会かと思ってね。」
「水の愛し子が……?」
「君たちのお姫様に会いにきたんだ。」
思わずギルバートのもとに歩み寄る。
「フィオナの元に水の愛し子が?」
「うん、そうだよ。詳しくは聞いてないけど、精霊から何か言われたらしくて『ギル!今すぐ風の国に行く!』だってさ。―――あの風の祭祀といい、この国で何が起きているのか教えてくれ。」
急に王然としたギルバートの雰囲気で我に返り、ソファを勧めてここまでの出来事をかい摘んで説明した。
「なるほどねぇ。いつまで隠し切れるかと思っていたけど。やっぱり世界の理からは逃れられないか。」
思わずといった様子でこぼした内容に顔がこわばる。
「貴方がたは、フィオナが愛し子だと分かっておられたのか。」
「怒らないでくれよ。水と風は昔から特別な関係だからね。それに風の精霊の加護は特別さ。世界の歌姫が分け与えた加護。ひいては二柱の神の加護。一時的に風の力を抑えていたようだけど、初めて会った時に一目でわかったさ。」
「知らなかったのは我々だけか。」
「いや、他国の王は知らない。言っただろ?僕たち水が特別なんだ。それに彼女は正確にはまだ愛し子ではないみたいだしね。……ねえウィル、仕方がないことなんだ。愛し子のことは世界の盟約で話すことが禁じられている。愛し子自身も余程のことがない限り、他国の愛し子に干渉はできない。世界の均衡を守るためだそうだ。だからあの時も、他国の王が君たちのお姫様に言及しようとしたら他の愛し子たちが止めただろ?」
確かに、必要な盟約だと水の愛し子は言っていた。
「だが、それなら水の愛し子はなぜフィオの元へ行けるんだ……」
「うーん……それもどこまで話していいのかなぁ。難しいなぁ。」
顎に手を当て悩む素振りの水の王に、これだけはと尋ねる。
「フィオは無事なのか?この一週間雨が止まないんだ。愛し子の盟約は俺たちには分からない。知らない方がいいなら知るつもりもない。ただ、フィオが無事なのか、彼女を助けられる術があるのか、それだけでも教えてもらえないだろうか?頼む……っ!」
これ以上ないほど頭を下げる。俺も、巫子も、ジルも、アルも。
助けたい。フィオを助けたい。
そのためなら俺は……。
「ここからは、いち友人として話すけど。」
気安い声掛けに顔を上げる。
「拗れすぎ、だね。」
「は……?」
「まあ、状況とか、あの子の置かれていた立場から考えると仕方がないのかもしれないけどさ。」
水の王は立ち上がり、窓の側へと歩いていく。
彼の目に、あの白亜の塔はどう映っているのか。
「まあ、僕もヒトのことは言えないけど……ね。」
そういうと振り返り、笑顔を浮かべた。
「実はね、彼女には恩がある。一生かかっても返しきれない恩だ。だからソフィーも僕も、風の国を助けたいと思っている。それがひいては、あの子への恩返しになるからね。だから……」
冷たい水を浴びせられたような空気が場を包む。
「もし、あの子が生きていく上で邪魔になるなら、誰であろうと消すのはやぶさかではないと思っているよ?例え君でも……ね。」
ジルとアルが近くで身構えたのがわかった。
それを制して立ち上がり、ギルバートに歩み寄る。
「もちろんだ。必要があれば躊躇なくやってほしい。」
「はっ……?」
「ウィル!」
「盟主!」
「元よりこの命は惜しくない。彼女が望んでくれるならすぐにでも渡そう。それで心が晴れるなら本望だ。」
「わーお。思った以上に激重だった。……っく、あはははっ!」
お腹を抱えて一頻り笑うギルバートをなす術なく見ていると、いやぁ笑った笑った、と目元を拭いながらニヤリと口許を歪ませた。
「まぁ、僕も同じ穴の狢だからね、気持ちは分かるよ。大丈夫、ウチの姫君がいる。何より風の精霊がいるんだ。悪いようにはならない。」
「ギルバート……」
その時、執務室に突然の風が巻き起こる。
思わず目を瞑り衝撃に耐えた。
ようやく収まった頃には、水の愛し子と、その腕に抱えられたフィオが部屋の真ん中に蹲っていた。




