27. 盟主の歌
雨が降り注いでいる。
まるで天上の神々が、歌姫が、精霊が、妖精が、哀しみの涙をとめどなく流しているようだ。
あの日、白亜の塔でフィオと話をした後、巫子と共に気づけば塔の外で空を見上げていた。
いつの間にか追い出されたようだった。
塔の中に入れなかったジルが駆け寄ってくるのがわかったが、茫然とただ塔を見つめていた。
『私を消してくれませんか?』
初めて俺に願ってくれたのに―――。
彼女の願いはどんなことでも叶えたい。
だがそんな願い、聞けるはずもない。
フィオが幸せに暮らせる国にする。
この十年、幾度となくそう誓ってきた。
『私の王はもういませんから』
俺では駄目なのか。
全てを奪った自分にはそう乞う資格すらないのか。
叫び出したい気持ちが体の中を渦巻いていた。
愛し子の拒絶の意志を感じ取ったように、塔の入口は跡形もなく消え去ってしまった。
―――――そこから1週間、フィオは一度も外に出ていない。
「今日も変わりなしか。」
「ああ。何度見に行っても入口はない。……くそっ。」
いつになく感情的なアルが執務室にやってくるなり、ソファに乱暴に腰を下ろす。
「どうすりゃいいんだ。このままでいいはずないんだ。」
そうだ。
この雨は彼女と精霊の御心のはずだ。
「もういっそ、塔を壊して無理矢理入るか。」
革命時のような殺気だった目をする宰相補佐と気持ちは痛いほど同じだった。
「あの塔が特別なのは分かっているだろ。戦禍にあっても傷ひとつ付かなかったんだ。」
「……わかってる。レオの馬鹿力でもマリーの剣技でも歯が立たないのは実証済みだ。」
「あの二人……。じっとしていられないのは変わらないな。」
「当たり前だろ。家族なんだ。妹なんだ。愛し子なんて知ったことじゃない。あんなところで独りにさせるくらいなら愛し子なんて辞めさせて今すぐ連れて帰る。」
あの雨の日の、宝探し。こんな風に皆で宝物を必死に探した。
庭の花々に隠されるようにして蹲っていた少女を見つけた瞬間、ようやく欠けていた何かが埋まった気がした。
「愛し子は、辞める辞めないという次元の話じゃないだろ。」
「じゃあどうすればいい……っ!この雨を見ろ!!もう1週間だぞ!中で倒れていたら!泣いていたら!一緒にいるのが俺たちのやるべきことだろ!」
立ち上がって胸倉を掴んでくるアルの目を見つめる。
おそらく今の俺も同じ目をしているのだろう。
ずっと一緒にいてほしいと泣く、まだ幼いフィオの顔が浮かぶ。
そうだ、共にいると誓ったのに、このザマだ。
「何を騒いでいる。」
宰相が巫子を連れて入ってきた。
「……っ。父上。」
慌てたように手を離し、アルは黙礼をした。
「苛立って騒いだところで状況は変わらない。そんなことは分かっているだろう?頭を冷やせ、アルベルト。」
「……申し訳ありません。」
「アルは俺の気持ちを代弁しているだけだ。俺もまだまだ貴方や父上に比べたら甘いな。」
「盟主、息子を庇う必要はない。」
いつもと変わらない様子のジルだが、その目元には隠しきれない隈が浮かび精彩を欠いているようだった。
塔に招かれなかったことで、愛し子の話を自分が聞く資格はないと察したジルは、その時のことを聞いてくることはなかった。
しかし、心中穏やかでないことは痛いほど分かっている。
エミリアと共に大切に育ててきた娘だ。政務以外は不器用で誤解されることも多いが、誰よりも将来を案じ、陰ながら、時には実力行使をしながら大切に守ってきた。
何より、エミリアから託された宝物なのだから。
おそらくジルも休みなく情報収集を行なっていることだろう。
それはここにいる巫子も同じこと。
「盟主。妖精たちも塔には入れないそうです。精霊からのお言葉もないまま。ですが、国として厄災が起こる気配はありません。」
「フィオが祈っているから、か。」
「はい。」
巫子が目を伏せる。アリアナには精霊とコンタクトが取れないか試みてもらっているが、こちらも現状は思わしくない。
泣き腫らした目元のまま、しかし毅然とした態度で巫子は報告を続ける。
「フィオは『愛し子として求められることはする』と言っていました。国の安寧を祈っているものと拝察いたします。だからこそ国そのものは安定しています。けれど、この降り続く雨は精霊の御心。ここ1週間の天候の様子を鑑みれば……っ。」
そこまで言って巫子が口を噤む。
だが最後まで言わずとも皆わかっているだろう。
フィオは今この瞬間も、良くない状況下にあるということだ。
「フィオがどこの誰かなんて……どうでもいい。」
思わず声に出していた。
誰かの息を呑む音が聞こえた。
「ジル、伝令を。」
「どうする。」
「他の精霊国に先触れを出す。王のいない愛し子という前例が本当にないのか、何かできることはないか。知恵を分けてもらえるよう頼みに行く。」
「盟主自ら祭祀以外のことで他国へ赴くのは誤解を招きかねない。私が行く。」
「父上、私に行かせてください。レオと全ての国をまわり、どんなことをしてもお知恵をいただいてきます。」
こんな時に単騎で駆け出すことができない盟主という立場が忌々しくて仕方がない。
大切なモノを守るために父上から引き継いだこの役回りを、今日ほど捨てたくなることはなかった。
「随分と荒れてるねぇ。」
焦る気持ちを持て余していると、ふいに、この場にそぐわないのんびりとした声が聞こえた。




