6. 運命への備え
「お嬢様、大丈夫ですか」
「大丈夫よ。ありがとう、アニー」
どうやら、執務室に行ったことはすぐに伝わったらしい。
駆けつけてきたアニーに覗き込まれ、つい苦笑する。
表情を見る限り、まだ具合が悪いと思われているようだ。
こうなれば、大人しく寝ているふりをするしかない。
――それにしても。
お父様に確認したことで、現実と物語の違いを探すどころか、むしろ細部まで一致していることがはっきりしてしまった。
となれば、次に考えるべきはひとつ。
(これから、どうしたらいいのかしら)
物語の中の悪役令嬢は、最初から高慢で意地悪だったわけではない。
むしろ、婚約を誇りに思い、立派な王太子妃になろうと努力していた。
しかし、王太子が格下の少女に心を奪われ、次第に冷たくなっていく姿を目の当たりにする。
無視され、疎まれ、陰で嘲笑され――それでも婚約者であろうとした結果、歪んでいったのだろう。
愛情が憎しみに変わる過程は、読んでいて痛々しいほどだった。
けれど、それはいじめをしていい理由にはならない。
(なぜ、そこまでしたの……?)
今の私は、婚約にそこまで執着していない。
公爵家に生まれた以上、王太子妃にならなくても十分やっていける。
それに、物語の中の王太子は、婚約者に対して誠実とは言い難かった。
そんな相手を愛せと言われても、無理な話だ。
もちろん、現実の王太子が物語どおりとは限らない。
だが、顔が整っていて優しそうに見えても、人として信頼できるかは別問題。
イケメンは遠くから眺めて、目の保養にするくらいが丁度いい。
(まずは“婚約しない”ところから始めればいいわね)
最初は酷似した運命に怯えたけれど、冷静に考えれば破滅は決まった未来ではない。
選択次第で変えられる。
ただし、油断は禁物。
青い鳥の忠告を思い出す。
“誰を信じるかで、運命は変わる”。
信じる相手を間違えれば、真実さえねじ曲げられる。
つまり、これからは人を見る目を養わなければならない。
優しさの裏に何があるのか。
笑顔の奥に、どんな思惑が潜んでいるのか。
誰を信じ、誰から距離を取るべきか。
それを見極めることこそが、破滅を回避する鍵になる――。
◇
今後の方針が定まって安心したのか、いつの間にか眠っていた。
ふと目を覚ますと、階下が妙に騒がしい。
誰かが訪ねてきたようだ。
胸の奥に、嫌な予感が走る。
ベッドを降りかけた、その瞬間。
廊下を駆ける足音とともに、扉が激しくノックされた。
――まさか。
その音で、予感が的中したことを悟った。




